第9話 検閲官仮説と多世界解釈
「お前のタイムリープについて、未来の俺は因果率や時の結び目について話してたらしいが、それはちょっと違うな。あの仮説は"いかなる事象も時間的に過去に起こった事を原因として起こる"という物だからな。もしこの世界が時間的順序が保護されているとすると、ある種の決定的な仕組みがこの世界に存在する事になる」
晋也はペンをくるくると回しながら俺を見やった。
「でもタイムリープの場合、こうしたタイムパラドックスは起きないはずだ。時間順序仮説を持ち出すのは、最初から不適切と言えるだろうな」
タイムリープでは、同じ時間に俺という人間が二人存在する事はない。未来から過去へと何かを持ってくる事は出来ない。変化したのは俺の記憶だけ。
このタイムリープでは少なくとも、自分の親を類のタイムパラドックスは起きないと言う事だ。
では、このループ現象はやはり世界の意思なのだろうか?
宇宙そのものが全ての出来事を見張っているかの様に、水曜日に戻った俺が歪ませている因果関係を、その都度修正している何者かが存在すると?
「検閲官仮説ってやつだな。この宇宙に大まかなレベルで起こりうる出来事が決まっていて、それに合わせて世界は修正される。この世界は検閲官に睨まれてループから抜け出せなくなったって事だな。だとしたらタイムリープを使ってではループから抜け出せない」
「そんなのは認めない……」
「俺だってそう思う。検閲官仮説や世界の意思説は非現実すぎる。俺は支持しない」
「多世界解釈ならどうだ?ループから抜け出せない可能性があるとしても、抜け出せる可能性も同時に出てくる。幸いにして俺はタイムリープ出来る。俺がループから抜け出す可能性を見つければ解決……と言う事にはならないのか?」
俺はその可能性を信じたかったのだ。
……だが同時にその可能性を期待するのも難しいこともわかっている。俺自身の経験上、不可解なまでに俺は同じ時間帯にタイムリープしている。
先に至る過程がいつも同じなら、その結果“揺れ“る事も期待できる。だが過程そのものが決まっていなくて結果だけがいつも同じでは、結果では過程と結果と過程の順序が疑われる。
つまり、俺の見て来た事を総合すれば、ループ現象こそが固定されていて、過程こそに向かって好き放題な経路で収束する。と考えた方が自然なのだ。
「多世界解釈か……どうかな。でも確かに毎回違う水曜日を過ごしてるっていうのは唯一の希望だな。ループ現象を抜け出す可能性がある。だが、そういった可能性世界は相互観測が不可能なはずだ。斜めに立ったサイコロは同時に1や6だった事を認識する事は出来ない。お前はなんで複数の世界を観測できるんだ?」
「それは『次元神』ユキに与えられた俺の特殊な能力が……」
「ダメだこいつ、早くなんとかしないと……」
呆れたように言う晋也。だがそんな事言われても、俺には他に説明のしようがない。
「特殊能力って、お前本気で言ってんのか?特殊能力だかなんだか知らんが、そんな不確定な物に頼る気にはなれない。大体制御が出来ないなら意味ないぞ」
ぐっ……と押し黙る俺を、晋也はあくまで冷静な瞳で見据える。
「つまり総合すると、結論は同じだ。どうやら今の所ループを抜け出す可能性に期待するのは難しい。これは多世界解釈だろうが定性解釈だろうが同じ事。タイムリープで結果が変えられないとなると、今現在、ループから抜け出せなくなってる結果が確定している可能性は高い。実際はタイムリープでなんとかしようとしたらサイコロが立つどころの確率じゃないかもしれない。壁にミルクが伝い出すとか、落として割れたコップが勝手に戻るぐらいかもしれない」
「じゃあどうするんだ!」
「落ち着け。感情に身を任せても何も解決しない」
そうだ。晋也の言う通り、俺は見ていることしか出来なかった。タイムリープなんてなんの役にも立たなかった。俺は目の前でどうする事も出来ずに幼馴染達を置き去りにしてまでタイムリープして来たんだ。
怒鳴り散らしたくなる衝動を抑えつけ、奥歯を食いしばり、俺はようやく声を漏らした。
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