第8話 キーワード

「念のためにキーワードを決めておこう。過去の俺がタイムリープしたお前を確認出来るようにな。そうだな“のばら“にしよう」

 ……ちょっと晋也の言ってる意味がわからなかった。

「それを伝えれば、タイムリープした事を過去のお前は信じてくれると?」

「なんか変か?」

「もしかしてFFオタクなのか?」

 そういえば小さい時そんな話していたような気がしたな。えーとあれは、いつだったか……

「つーかそこに興味もつなってーの!!」

 ……ふと

 耳まで真っ赤にした晋也に脛を蹴られながら、俺は気づく。

 自分がぎこちなく笑っている事に。

 胸の奥のどこか、晋也の言葉と一緒にじわりと暖かい物が流れ込んで来る。

 晋也はまだこのループが不可避だという現実を本当に理解出来たわけではないだろう。この状況がどれだけ絶望的なのかは、何度も何度もループを繰り返さないと理解出来はしないだろう。

 晋也は、俺の突拍子の無い話を聞いて、馬鹿にもせず、相手になってくれた。こんなやりとりいつ以来だろう。

「もう木曜日になるぞ行ってこい」

 というかこれからタイムリープしようとするやつになんだその送り出し方は。

「でも本当に気をつけるんだぞ直也」

 晋也は気遣いと優しさに満ちていた。

「俺はいつだってお前の味方だからな」

 木曜日になり激しい頭痛がした瞬間、晋也は離れて俺はタイムリープする……


 だが、水曜に戻った晋也はというと。

「なんの冗談だよ?」

「ほ、本当だ!俺はタイムリープしてきたんだ!」

 戻ってくる前の晋也に言われた通りに、俺がタイムリープしてきた事を伝えているわけだが……

「いい加減にしろよ。SF漫画の読みすぎじゃねーのか?」

 教室の椅子に座った晋也は、睨み殺すかのような剣呑さで目を細める。

 ぜ、ぜんぜん話が違うじゃねーか!というか言ってる事が違うじゃねーか!

 なにが“タイムリープしたと伝えれば信じる“だ!?

「なんだそのセリフ。捏造するならもうちょい考えろよなー。俺がタイムリープとか信じるわけねーだろ」

 泣きたくなってきた。あんなに親身になってくれていたのに、全部“無かったこと“になっているなんて。いや、それは時間を遡ったのだから仕方ない。でもひどい。晋也ひどい。

 だいたい、過去の自分に話せと言ったのは晋也、お前なのに。

「“お前は俺の味方だからな“とも言った!バッチリ聞いたあれも覚えが無いと!?」

「おおおお俺はそんな事は言わない!」

 とりつく島もない。という晋也の視線がうぐぐぐ、と刺さってくる。悲しいのを取り越して腹が立ってきた。

 いいだろう。もうこのさい、晋也から聞いた事全部ぶつけてやる。自分の言ったこと責任を持てないこいつに俺がタイムリープしてきた事を証明してやらなければ。

 そういえば何か言っていたな……そうそう、確か。


「俺は、知っているぞ。合言葉は“のばら“だそうだな……」

「ちょお前¥♪×÷-7〒¥」

 なぜかは知らんがその瞬間、晋也の顔が真っ赤になった。よくはわからんが語尾はかみかみで変な顔文字まで見えた気もする。

 ものすごい反応だ。それほど重要な意味が“のばら“に隠されているとは思えないのだが……

「そんな合言葉でよければいくらでも言ってやるが、それでは信じてもらえないのか?」

「“のばら“の事まで話したのか、恨むぞ未来の俺……」

 晋也は本気で頭を抱えている。な、なんなんだ?

「心の中を覗き見された気分だ……」

 こいつは俺の事をなんだと思っているのだ。どうやら信じてくれたらしいが、本当にこの反応はなんだろうか。たかが合言葉一つだろうに。

 ふーっと、一息ついて晋也は元通り、まるで何もなかったような表情に戻った。

「それで?お前の言うこと信じても良さそうだな。詳しく聞かせろよ」

 言われてようやく神妙な面持ちで、俺は再度、晋也に全てを説明する。

 二度目の説明は大変だった。整理するので精一杯の最初とは違い、ほう?それで?と晋也の澄ました顔で訊いてくるたびにさっきのリアクションが思い出されて、気合いを入れておかないと吹き出してしまいそうだったからだ。ループから抜け出さないといけないという切実な話をしているのに俺は、どこかおかしくなってしまったんだろうか。


 二度目なので、最初よりも整理して話す事が出来た。

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