「めがね?」: 霊媒師ミユキの事件簿より

@AKIRA54

第1話 「めがね?」

「めがね?」


「ミユキさん、似合ってますよ!」

と、クロウが言った。

「何故?わたしが、こんな『だて眼鏡』をかけて、カツラまでかぶって、変装しなくちゃならないの?これじゃあ!『霊媒師』というより、『探偵』じゃないの……!」

わたしの名は、ミユキ。世間では『霊媒師』と呼ばれている。わたしがいる場所は、喫茶店。その窓際の席で、向かい合っているのは、同業者のクロウという、二歳年下の男。その喫茶店の目の前の雑居ビルにある『心霊等研究所』の所員だ。

わたしは、フリーな活動をしていて、彼から、『助(すけ)』を頼まれることがある──最近は、そっちのほうがメインになっている──。今回も、その『助』の話なのに、事務所でなく、喫茶店で待ち合わせをすることになった。そして、いきなり、紙袋を差し出され、トイレで着替えてきたのだ。

「そうです!まさに『探偵』ですよ!『名探偵ミユキの冒険』です!」

「はあ?いつから、あんたの事務所、探偵事務所になったの?」

「いえ、うちは、心霊等研究所ですよ!まあ、説明します!座ってください!あっ!ダメだ!ミユキさん、名探偵の冒険を開始しますよ!」

窓から外に視線を向けていたクロウが、急に立ち上がり、レシートを掴んだ。

「はあ?説明抜きなの……?」


「どうやら、前を行く、あの娘をつけているのね?歩きながらでいいから、説明しなさいよ!」

喫茶店を出て、メインストリートをわたしとクロウは歩いている。わたしの衣装は、誰が見ても、OLだ。黒のビジネススーツに白いブラウス。スカートはヒップがキツめのタイトスカートで、ひざ上のミニだ。

クロウは、黒のスーツ上下。シャツが白なら、ビジネスマンだが、シャツまで黒で、赤い柄のネクタイをして、黒いソフト帽をかぶっている。おまけに、似合わないサングラスをしている。どうやら、テレビドラマの誰かの真似らしい。

ふたりとも、普段と正反対の格好だから、相当近くで顔を合わせなければ、気づかないだろうが、組み合わせは、不自然だった。

「彼女は、うちの事務員です!カナさんといいます!」

「へえ~?その身内を尾行する理由は?彼女が浮気、または不倫をしている、その現場を写真にでも収めるの?」

「まさか!彼女は、独身ですよ!美人ではありますが、男の影はないですね……」

「美人?まさか!あんた、彼女に惚れて、私生活まで調べようと、いうんじゃないでしょうね……?」

そういえば、クロウの霊魂の色が最近変化していた……。しかも、彼女は、帰宅時間なのだ!

「違いますよ!実は、我が社で盗難事件があったのです!彼女が容疑者なんですよ!」

「盗難事件?あんたの事務所に盗まれて困るようなものがあるの?現金なんて置いてないし……」

「確かに、金目のものはありませんよ!でも、ファイルがあるんです!」

「ああ、事件簿というか、霊媒師としての顛末を記録したものね?でも、そんなもの盗んだって、金にはならないでしょう?テレビ局に、『実録恐怖体験談』って売り込むくらいしかないわよ……」

「いえ!同業者には、売れるんです!」

「同業者?」

「ええ、うちは、正当な『陰陽道』に基く霊媒をしています。顛末ファイルには、そんな陰陽道の『実例集』の価値があるのです!」

「でも、一件や二件の事例では、奥義どころか、施術もわからないわよ!」

「そうなんです!だから、ファイルが見当たらなくても、あまり気にしてなかったのです!しかし、その奥義書を物色した痕跡があって、それで逆にファイルの盗難に気づいたんです!」

「あらあら、じゃあ、つい最近の始まりではないのね……?でも、犯人が彼女とわかっているなら、彼女に訊けばいいじゃない?訊きだす方法は、いくらでもあるはずでしょう?」

「やってみましたよ!催眠術で、ね……。どうも、かなりの術師が背後にいるようで、彼女から、直接情報は得られなかったのです!それで、罠を仕掛けて、彼女を尾行して、真犯人を突き止めよう、ということになったんです……」


「ここは、『ラブホ』よ!彼女が入って行ったってことは、相手との待ち合わせ場所ってことよ!」

「仕方ない!我々も、男女のカップルだから、ちょうどいいですよ!」

「ちょうどいいです?イヤよ!なんで、あんたと『ラブホ』に入らないといけないの?」

「し、仕事です!」

「わたしの仕事じゃないわ!わたしは『霊媒師』よ!探偵の看板は揚げていないし、仕事って、あんたの事務所の内輪のことじゃないの!わたしは、部外者よ!」

「でも、僕が頼りにできるのは、ミユキさんだけです!相手は、かなりの実力者かもしれません!僕ひとりでは、対抗できないかも……。それに、こんな場所に一緒に入ってくれる人なんて、ミユキさんだけだし、他の女性に頼めませんよ!」

「まったく!この貸しは大きいよ!」

「ありがとうございます!はい!一生、ミユキさんの下僕になってもかまいません!」

「はあ?あんた本当に『M』なの……?」


「いつ、乗り込むのよ!受付の婆さん騙して、隣の部屋に入って、しかも、マスターキーまで、黙って、頂戴してきたのよ!お隣は、もう始めているわよ!」

わたしは、受付で

「隣のカップルの『喘ぎ声』が聞こえないと、この男(ひと)役に立たないのよ!今入った女(ひと)の隣の部屋をお願いするわ……!」

と、言って鍵を預かる隙に、クロウにマスターキーを盗ませた。

天井にまで、鏡のある丸い回転ベッドのある部屋で、我々は、隣との境の薄い壁に、聴診器のようなものを当てて、隣の会話を聴いている。

隣では、シャワーも浴びずに、カナが抱擁を求めて、いきなり、始めてしまった。

「どういう状況なんですか?」

男女の経験のないクロウには、カナの声が、どういう状況なのか、理解できないらしい。

(かなり、イキ掛けだ!と思う……)

と、言ってやりたいが……、

「わたしは、経験ないから、わからないわよ!」

と、言ってしまった。

「そうですよね……、ミユキさんも経験ないですよね……。僕はもし、経験するなら、ミユキさんにお願いします……」

「はあ?あんたなんて、お断りよ!わたしは、永遠の処女で人生を終えるつもりなんだから……!あっ!イッちゃったみたいよ!乗り込むよ!」

「待ってください!相手が、盗みの黒幕とは、限らないんですよ!ただの恋人かもしれないし、一夜限りの遊びの相手かもしれませんよ!罠が発動するまで、もう少し待ってみましょう!」

「はあ?あんた、さっき、カナには、恋人どころか、男の影もない!って言わなかった?罠の発動って、何よ!」

「たぶん、隣の部屋の男が黒幕ですよ!でも、まだ、重要書類は渡っていないんです。しらばっくれられたら、窃盗の証拠はないんです!書類には、ある封印を施していて、封を切ると、発火するんです!いや、そう見えるだけですが……」

クロウがそう言った時、隣の部屋から、

「わあっ!火事だ!」

という声がした。

「封印を解いたようよ!行くわよ!」

わたしは、マスターキーを使って、隣の部屋の鍵を開け、部屋に飛び込んだ。

回転ベッドの上で、裸の男が、巻物を手にして、盛んに、熱そうに手を動かしている。ヤケドをしたみたいだった。

「誰だ!近寄るな!この女がどうなってもしらないぞ!」

(こいつは、霊媒師じゃない!逆に、誰かに操られている……?)

わたしは、一瞬、迷ったが、男が刃物を取り出したため、両手で印を結び、真言を唱えた。

「ギャア!」

と、男が悲鳴を上げる。刃物はベッドに刺さった。

クロウが男に飛びかかり、両手を後ろにネジ上げ、手錠を掛けた。

(やっぱり、刑事ドラマね……)

と、わたしが思った時、

「それまでじゃ!見事!合格じゃ!」

という声が、ドアの側から聞こえてきた。

「えっ!これって、茶番劇……?」

現れた数人の中に、わたしとクロウの師匠がいたのだ。ベッドの上に眼をやると、カナという女が微笑んでいた。

「ミユキお姉さんですね?母と、ばあちゃんから、その素質の高さは、訊いていましたけど、ばあちゃんから渡された、白猫の式を見事に操れるまでになったのですね……?」

カナは裸ではない!尾行してきた時のままの、事務員の格好だった。つまり、アノ声は、芝居だったのだ!しかし、手錠をはめられた男は、精を放った臭いがするのだ!

(接することなく、『淫夢』を見せたか……?いや、それよりも、ばあちゃん?式の白猫?まさか、この、『鼈甲眼鏡』の少女?あっ!まだ、高校生くらいの歳の女じゃないの……)


「ワシの名は、土御門柳斎……」

わたしたちに『合格じゃ!』と言った白髪白髭の老人が自己紹介をした。

「土御門?つまり、安倍晴明の末裔?」

とクロウが尋ね、老人が無言で頷いた。

「わたしは、賀茂保昭という。賀茂家、陰陽道の末裔です」

と、老人の隣の中年の男が言った。

「ワテは、播磨流の陰陽道の伝承者で、マコモ、いいます!よろしゅう……」

受付にいた婆さんが微笑みながら言った。

「わたしは、高野山から来ました、浄空と申します。若輩者ですが、どうぞよろしく!」

僧衣を纏った若いイケメンの坊主が頭を下げた。

「裏高野の……?」

「ははは、ミユキ殿、高野山に裏はございませんよ!それは、単なる、噂でございます……!」

妖怪退治や、悪霊退治の専門の僧が高野山にいて、その集団を『裏高野』と呼んでいるのだが、浄空は、笑って否定した。

「わたしは、土佐から来ました、カナと申します」

と、最後に事務服の少女が自己紹介をした。

「土佐?つまり、トミ太夫の関係者、ってことよね……?太夫は、ご健勝かしら……?」

「はい!ばあちゃんは、百歳を超えているはずなんですけど、昔のままです!母はそれなりに歳をとっていますけど、時々、わたしと姉妹に間違えられます」

「母?つまり、あなたは、スエさんの娘さん?」

「はい!養女です!みなし児になったわたしを、トミばあちゃんが、才能があるからと言って、スエさんの養女になりました。いつも、ミユキのほうが、才能がある!と、わたしとミユキさんを比べるんです!」

「ミユキとカナは、又従姉妹になるからノウ……」

と、わたしの師匠が言った。

「又従姉妹?わたしと血縁関係があるんですか?さっきから、わたしに良く似ているな?と思っていたんです!じゃあ、母の従妹の娘さんなんですね!わたしにも、親戚がいたんだ!でも、その眼鏡は何?本物の亀の甲羅?しかも、その亀が、あなたの式なの?」

「さすが、動物霊に強い、と評判の方ですね!そう、わたしの式は、青海亀なのです!」

「そう、変わっているわね!ところで、この茶番劇の結末をお訊きしたいのですけど……?クロウも知らなかったようだし、まさか、ドッキリではないでしょうけど……?」

「ふぉっふぉっふぉっ!もちろん、ミユキさんとクロウ君の腕前を試したのじゃよ!陰陽道の伝承者が必要でな!しかも、かなりの腕前がなければ、使えないのじゃ!命がけじゃからノウ……」

「何の仕事なのです?こんなにも多くの術師が必要な案件なのですか?」

「そうじゃよ!何せ、天皇陛下からのご依頼じゃからな……」

「天皇陛下?」

「そうじゃよ!我が『土御門家』は、代々、天皇家にお仕えしている陰陽道の家柄じゃ!だが、我が一門には、術師が居らん!そこで、陰陽道の各流派から、ワシの『めがね』に叶う術師を集めておるのじゃよ!」

「わたしとクロウが『めがね』に叶ったわけですね……?」

「詳しいミッションについては、宮内庁の担当者から後日話がある!ミユキとクロウには、先入観を持たれては、困るので、話は、ここまでじゃ!」

と、わたしの師匠が言った。

「どうぞ隣の部屋を利用してモロウてもかまいまヘンでぇ……」

と、マコモという老女がニヤリと笑って言った。

「ご遠慮しますわ!わたし、こんなケバケバしい部屋では、燃えませんの!」

わたしのジョークは、誰にもウケなかった。老人たちは、「では、また……」と言って、部屋を出て行った。

「この男は、わたしが預かります。記憶を消して、少し、遠い場所で暮らしてもらいます」

浄空が、気を失っている男の手錠を外し、術を掛けて、部屋から出て行った。

「ミユキお姉さん、これ、母から渡して、と言われたものです!」

カナが、事務服のポケットから、紫色の御守り袋を取り出して、わたしに差し出した。五芒星の模様が刺繍されている。

「伝言は、ありませんよ!では、クロウさん!明日は遅刻しないでくださいね!」

そう言って、カナも部屋をあとにした。

「クロウ、あんた、遅刻の常習犯?」

と、残ったクロウにわたしが訊いた。

「そうなんです!いえ、寝坊しているんじゃないんですよ!何ガシラの邪魔が入るのです……」

ブルーバードが、故障したり、電車が遅れたり、困っている老人がいたり、と理由は、様々らしい。

「一種の霊障ね!まさか、これからのミッションに関わっていないでしょうね?」

わたしは、カナから渡された『御守り』を握りしめながら、クロウでなく、空間に向かって言った。すると、頭の中に懐かしい声が聞こえてきたのだ。

「やっと、繋がったわね!いつも、バリアが張られているから、その『御守り』を通信機にしたのよ!」

「あっ!スエさん!」

「ミユキさん、お久しぶり!ずいぶん、才能が開花したみたいね?でも、まだ七分咲きね!」

「はい!まだまだ、未熟です!やっと、太夫から預かった、シロの魂を式神に成長することができました!」

「ミユキさん!土御門柳斎師の『めがねに叶う』ってことは、大変なことよ!そして、戦う相手も、今までの『動物霊』とは、比べものにならない、悪意と妖力を持ったモノたちになるわ!カナは未熟だけど、防御能力はズバ抜けているわ!足手まといにならないように、太夫からの護符を身に着けているから、こき使ってね!そうそう、カナの鼈甲の『めがね』がそれよ!あの娘、青海亀って言ってるけど、タイマイって海亀が妖力を持ったモノなのよ!それと、もうひとつ、太夫からの伝言よ!あなたの敵になる妖(あやかし)は、『メガネカイマン』っていう、アリゲーターの化身のようよ!気をつけて!牙と尻尾に、ね……」

そう言って、通信は切れた。

(メガネカイマン?何?それ……)

   了

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