4-5、

「ふう。重かった。土器ってのは重いもんじゃなあ……」


 金作はそう言いながら、質の良い椅子を少し後ろに傾けつつ、体重を背もたれに預けた。


「うん。ホント疲れたよ」


 笙歌も両腕を軽く上げ、伸びをしながら大きく息を吐いた。


 三人の住む農村から三〇分ばかし離れた、太平洋を一望できるリゾートホテルの一室である。


 この地は年間降水量こそ多いが、秋の終わりから冬の間中、ほとんど雨が降らない。快晴の太平洋は絶景だが、今はあいにく夕闇の深まりつつある時間帯である。海は真っ暗だ。


 とはいえ海岸端の町並みの灯りや、遠く洋上を往き来する船舶の灯火が映えて、窓から見える景色はなかなかのものである。


 笙歌含む四人は、この二日がかりで土器二〇個の梱包作業を行った。いつでも持ち出して隠せるように……という準備である。これが想像以上に大変な作業で、大いに疲労した。


「どこかで三日ばかし、温泉にでも浸かりながら美味いモノでも食べようぜ」


 誰かがそう言い出し、急遽このホテルに予約を入れて、倫輔のポルシェ・カイエンに便乗し移動してきたのである。


 ホテルの上層階にレストランがある。四人はその個室を抑えた。


「疲れたから、あんまし重いモノは食べたくないかなあ」


 と言う、笙歌と彰善。


「力仕事の後だからなあ。やっぱステーキだろう」


 と言う、金作と倫輔。


 両極端の希望の真ん中を採って、地鶏鍋をオーダーすることになった。


 テーブルの中央には、どっかと盛られた地元特産の地鶏、一〇人前。そしてその横に、大量の野菜。


 鍋に具材を投入し、煮込む。程なく良い香りが漂い室内を満たし、頃合いよしとみて四人は鍋をつつき始める。


 くだんの、謎の石蔵に収められていた土器は、高さが九〇センチ程。おまけにそこそこの重量がある土簡はにふだが二〇枚ずつ入っていたため、物凄く重かった。


 石蔵から母屋の座敷へと運び込んだ時は、小型のクレーンで引き上げ台車で移動した。だから大して重いとは感じなかった。が、その梱包となるとそうもいかない。


 ビニールを被せテープを貼り、人力で持ち上げて箱詰めする。さらに彰善が調達した米軍開発の緩衝材を、箱の中に充填。


 ひと梱包あたり、合計百キロ程だろうか。それが二〇個である。四人でうんうん唸りながら、運んだり持ち上げたりまた移動したり……と大変な作業だった。


「縄文時代ってのは、つくづく大変じゃのお」


 暫く無言で鍋をつついていた金作が、ふと思いついたように口を開く。


「今ならダンボール箱だとか、プラスチックケースだとかタッパーだとか、色々便利な容器があるじゃろ? 水を入れるならペットボトルやら。用途に応じていろんな容器が作れる。素材も色々あって、軽うて便利な容器が幾らでもある。だけど縄文時代は違うよな。むっちゃ重い、土器しかなかった……っちゅうことじゃなあ」

「まあ、他にもあるこたぁ、ある」


 倫輔が、取皿にポン酢を注ぎながら言った。


「東北ン方の遺跡では、ズタ袋っちゅうか、巾着袋じみたモンが見つかっちょる」

「ほーっ。そんなそねーなモノもあったのか。……まあ、でもじゃけど食料やら水やらは、土器に保存するしかないのか」

「そいつを船に大量に積んで、例えば中南米に渡るとなると、大変だらー。土器やったら縦積み出来んし」

「そうじゃろなあ」

「今回見つかったのはさあ、土簡だけど、これもきちんと保管しようと思ったら、土器に収めるしかないのか……」

「じゃろなあ。土器に入れっせ石蔵で保管すっとが一番安全、っちゅう結論やったっぢゃろな」


 そんな三人の会話をよそに、ひたすら鶏肉をつつく、笙歌。


 ちなみに笙歌はここまで、他の三人の三倍ペースで食べ続けている。細い見た目に反比例するかのように、大量に食べる。


 彰善も結構食べるが、笙歌にはまるで敵わない。金作は酒量こそ凄いが、食べる方は人並み。意外にも倫輔が、デカい体をしている割に一人前がやっと、といったところである。こと食べる量に関しては、全くの見掛け倒しだ。


(ステーキが食べたい、なんて言ってたのはどこの誰よ……)


 そんなことを笙歌は考えつつ、地鶏をひたすら口に運ぶ。


 疲れたから軽いモノがいい……とはどの口が言ったか。自身の自己矛盾には気付いていない。いざ食べ始めたら、そんなセリフなぞ完全に忘れている。


 ひたすら食べ続け、地鶏の皿も野菜の皿もあらかた片付いたところで、ふと気付いた。


「ねえ。こうやってホテルでダベってても、いいの? 教育委員会の人間が留守中にやってきても、大丈夫なの?」

「ああ、それは構わん。むしろわざと、隙を見せてるよる。作戦のうちだ」


 笙歌の疑問に、金作は事もなげに応える。


「家はちゃんと鍵をかけちょるけえ、中にゃあ入れん。まあ、連中は公務員じゃけえ、強引に不法侵入するとも思えんがな。でもじゃけど庭には、ここぞとばかり勝手に侵入して調査するじゃろう」

「でしょ!?」

「構わん。むしろ好都合じゃ。彰善に頼んで、ちゃんと仕掛けをしてある」


 不敵な笑みを浮かべる、金作。傍らで黙々と鍋をつつく、彰善。


「まあ、オレ達はここで、予定通りブラブラしてりゃぁええ。明日は海でも眺めながら、マッサージでも頼むか」

「やったぁ。……ねえねえガトリング、エステもいい?」

「まあ、いいぞ」


 彰善は日頃、自作の自動売買ツールでデイトレードを行い、鼻ホジホジしながら年間ン十億円稼いでいる。既に、一生贅沢に遊んで暮らせる程の金がある。


 初っ端の軍資金として、ン百万円ずつ彰善に出資した金作と倫輔も、配当名目でそのおこぼれを貰っている。その額、今や年に億単位である。


 お陰で金作はブラブラと怠惰な日々を過ごせるし、倫輔も自らの研究に専念出来ている。今回の件でも既に少なからぬ出費があるものの、三人のハラが痛む程ではない。なのでここぞとばかり、笙歌は三人にタカる気満々である。


(そのくらい、良いよね)


 とさえ、思っている。何しろ縄文文書もんじょの解析作業には、笙歌の協力が不可欠なのだ。多少のおこぼれにあずかる権利はあるだろう。


 翌日、キラキラと輝く太平洋を眺めつつ、オイルマッサージ九〇分コースを受けていた四人。――


 その、金作のスマートフォンが、突然コール音を発し始めた。


「ほらほら。やっぱ、来なすったぞ。ワナに引っかかりやがった!」


 金作はニヤリと笑った。

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