3-7、
「縄文文書を、ガトリングの作成したツールによって自動変換したら、オールひらがなの文書が出来上がィもした。ざっと目を通したところ、スッゲェ事が書かれちょるとです」
「そうなんです。ウドさあの言うように、おそろしく科学的な文書……いわゆる百科事典じみた文書だと判明しました」
「じゃっとですよ。縄文時代に科学的な文書っちゅうのも驚きじゃが、内容もまたぶっ飛んじょる」
「そうそう。歴史が一変するどころか、現代科学さえも吹っ飛びかねない」
倫輔の説明に、彰善もそう補足する。
「内容が天文学、易学、地形学、気象学、医学、哲学、心理学、はたまた超心理学……と、多岐にわたっているようです」
途端に怒涛のコメントが画面上を流れる。
前回のライブ配信で、チャンネル登録者数が一気に増えた。もはや三ケタ万人が視野に入らんばかりの勢いである。
そうなると、ライブ配信時のリアルタイム視聴者数も万人超えだ。いきおい、画面を流れる視聴者コメントも凄い数となる。もはやライブ配信自体が成り立たなくなる程、画面中がコメントだらけとなる。
配信者たる四人も、これにはビックリである。
四人の目の前、カメラの脇に、モニターを一枚設置してある。配信中の映像確認用だ。何か驚愕の発言をしたり、ツッコミどころがある
その度に、
――コメントやめろ! 美女のご尊顔を拝めん!
といった書き込みが続き、怒涛のコメントがピタリと止む、という状況が繰り返されるのである。つまり笙歌が出演しているお陰で、ライブ配信のコメント統制がとれている。
「……まあ、そういうわけでして。ひとまず笙歌に一文書を渡し、解析作業が始まったわけですが」
これがまあ、スゴい!……と金作が力説する。
笙歌もそれに頷く。
「そうなんです。そちら、ウドさあのチョイスで一連の文書テキストファイルを渡され、解析作業に着手しました。その内容がまあ、ぶっ飛んでいるんですよ」
笙歌は古典文法を、近代から古代に
興味深いことに、文法はさほど変化していないと判明し、たやすく読みこなすことが出来た。
比較的変化が大きいのは、表現の変化の方である。とはいえそちらも、文意からの類推が十分に可能で、大して悩まされることなく解析作業が進んだ。
「我が国は他国と異なり、縄文以来、民族が入れ替わっちょらんのです。だから日本語の変化が少ない。そもそも学者どんは、『弥生時代に大量の渡来人がやって来て、淘汰やら混血が進んだ……新たに弥生人が誕生した』ち解説するが、そげな根拠はどこにも
倫輔が補足する。
渡来人がやって来ると、必ずその痕跡が残るのだ。異文化の痕跡、である。
縄文時代の遺跡に多少、それが散見されるものの、大概は二代目三代目と時間が経過するにつれ、周囲と同化し痕跡が無くなる。
大量の渡来人が到来したのであれば、当然ながら文化、風習の変化が痕跡として残る筈なのだが、弥生時代頃になってもそれがほとんど見られない。加えて近年の遺伝子学的研究からも、縄文人、弥生人という区別が見当たらない。
つまり、縄文と弥生はひと続きの歴史であり、民族的変化が存在しないのである。
今回の発見により、言語もほとんど変化していないことが判明。ということは、学者先生方の言う、
――縄文晩期弥生初期に、大量の渡来人が半島や大陸から流入し、淘汰や混血が進んで新たな“弥生人”が誕生。
という従来の歴史観は、完全に誤りだと言える。
「そう。そういうことなんです。仮に古墳時代までに、縄文人が完全に異なる人種に変容したというのであれば、数学的分析を行うと、弥生時代にざっと百万人規模の渡来人がやってきたという計算になる。ですがウドさあが言うに、そんな大量の渡来人が来たという痕跡は全く見当たらないそうです」
いかにも理系脳といった、前額部の広い彰善が言うと、実に説得力がある。
逆側に座る、巫女装束の笙歌も大きく頷く。
「縄文人が完全に変容し、新たな弥生人が誕生したのであれば、当然ながら言語も大きく変化する筈ですよね。ですが今回の七五〇〇年前の文書、そしてあたし達が学校で教わっていた平安以降の古典を見比べると、大して変化していないんです。根本的な変化がない。ちょちょっと言い回しなんかが変化しているだけ」
「はい。そういうわけで、学者先生方の言う“縄文人”“弥生人”という概念が崩れました。それを土台とした、縄文時代観、弥生時代観といった歴史観も崩れたわけですねえ」
MC金作がそうまとめる。
たちまち画面上にコメントが流れ出す。が、今回はさほどの数ではない。内容が難し過ぎるのか。
「というわけで、解析作業に着手したドキュメントですが……」
金作が笙歌に目配せする。
「はい。これがまた、皆さん既に想像がつくと思いますけど、まあ驚愕の内容でした。ひとことで言うと“超心理学入門”的な記述なのです。超心理学、わかりますか? 一般的に“超能力”と言われるジャンルですよ」
いやもう、ビックリですよねえ、と笙歌は苦笑。画面にはたちまち、なんじゃそりゃ、といったコメントが大量に流れる。
「そのうちのひとつを、成果としてこれからお見せしたいと思います。……まんぷく丸、おいで」
笙歌が手招きしつつ呼びかけると、
「わふわふっ」
と鼻息荒く、暖色のもふもふが画面に飛び込んできた。まんぷく丸はさほど大きくないが、カメラのど真ん前に来たので、その横っ腹がどアップで映し出される。
すかさず端に座っていた彰善が立ち上がり、カメラを1m程後ろに下げた。
笙歌はその、カメラ調整の間、まんぷく丸のアタマを撫でる。
まんぷく丸は誰に似たのか、節操なく誰にでもすんなり懐く。まあ笙歌の場合、まんぷく丸を餌付けして手懐けしているから、当然といえば当然なのだが。
撫でられてうっとり表情の、まんぷく丸。
「ちょっと座ってね」
笙歌が声をかけ、伏せ、のジェスチャーをすると、まんぷく丸は大人しくその場にぺったりと伏せた。
すかさず笙歌が、目を瞑り印を結び、呪文だか祝詞らしきものを唱えると……。
「ワホ~~っ!」
突如、まんぷく丸が1mばかし、宙に浮いたのである。
足をジタバタさせつつ、フガフガと鼻息を荒くするまんぷく丸。
「クウクウっ」
宙でもがいている。
「サイコキネシスですね。……とまあ、こういう芸当が出来るようになりました。今回発見した縄文文書に、こういった技術が書かれているんです」
可哀想なんで、すぐ下ろしますね、と言いつつ再び呪文だか祝詞だかを唱える笙歌。ほどなく、まんぷく丸はゆっくり降下し始め、足から床に着地した。
ドドンっ、という効果音と共に、
――これは特撮などではありません。
という字幕が、彰善のPC操作により、画面にデカデカと表示される。
――なんじゃこりゃ~っ。
――いや特撮やろ、特撮。
――天井映せ! 絶対、クレーンか何かある筈や。
たちまちそういった視聴者コメントで溢れ返る。
それら怒涛のコメントが一段落したところで、再び彰善が立ち上がり、カメラで笙歌の頭上、天井付近をゆっくりと映す。勿論、クレーンなど無い。
「とまあ、今回の縄文文書、まだまだ色々と恐るべき内容に満ちています」
「じゃっとです。天文学ンごたるドキュメントも、ちょろっと読んでみたとですが、宇宙創造に関する記述まであった。宇宙っちゅうもンは、いわゆる生命体みたいなもんで、細胞が分裂しっせ、それがジワジワと成長する……そげな生命の仕組みと同じじゃち書かれちょったとです」
「まあ確かに、生命体フラクタルを、宇宙にも当てはめて論じるべきではないか、と主張する学者も居るんです。そこに一石を投じる、きっかけとなりそうです」
今後もっと解析が進めば、色々と情報をシェアします……と彰善が付け加える。そして手元のPCを素早く操作すると、画面上に字幕が表示された。
――今回の発見は、タマキン個人宅の庭から発見され、専門知識を持つウドさあの監修のもと、正当な学術的手順に基づき調査研究を実施しています。
――一般の方々は、個人で同じことをやらないよう、ご注意願います。決して真似しないで下さい。
――今回の場合、発見内容があまりにも衝撃的で、行政やアカデミズムによる事実隠蔽が懸念されるため、敢えて我々の手で調査研究を行い、その成果を世に知らしめるという意図があります。その点、ご理解願います。
一〇秒ほどで、いつも通りのエンディング効果音が流れ、ライブ配信終了となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます