3-4、
「そげなわけで、戦前は神代文字がフェイク扱いされちょった。じゃっどん戦後も、同じくフェイク扱いされちょる」
「学者連中は、何と言って否定している?」
「大陸から漢字が入ってきたお陰で、古代の日本語は、母音が八つじゃと判明しちょる。じゃっどん神代文字は全て表音文字で、現代日本語と同じく五母音じゃ。あいうえお、の五母音」
「はあ。古代は八母音が正しい筈だから、五母音の神代文字は、全部フェイク……と」
「じゃっど。そげな論法じゃ」
首を捻る、彰善。それを見て、倫輔は頷く。
「うん。漢字伝来以前も、
「実際は五母音だったけど、それを大陸の連中が勘違いして、八母音で区別した……か。あり得るな」
「おう。昔は当然、語学テキストはおろか、辞書すら
「
「さすがに最近は、日本は昔から五母音じゃったち主張する学者も、ちらほら見かける」
「つまり、五母音だから神代文字はフェイク、と見做すのは無理があるわけね……」
笙歌が言うと、倫輔は首肯した。漢文にも和文古典にも明るい笙歌だからこそ、素直になるほどと頷ける理屈である。
「まぢで学者っちゅうのは、何から何までズズズイーっとインチキばっかじゃのお。信用ならんちゃ」
金作がソファの背もたれにドンと背を投げ出し、天井を見上げて嘆息する。
「そもそも、文字無しで、技術や文化が発展するわけがねえ……」
「
彰善が一瞬にして反応し、金作の顔を眺め、それに続くように倫輔が感嘆の声を上げた。
「キンの字の言う通りじゃっどー。実は縄文前期頃――丁度今回の発見より後の、六〇〇〇年前頃やな――縄文人は太平洋を横断しっせ、中南米に行っちょる」
「はあ!?」
笙歌は思わず、間抜けな声を発した。
「ああ、
「縄文人らしき人骨……って、それDNA鑑定やってるんか?」
「ああ。日本人特有の遺伝病を引き起こす因子が、見つかっちょっごたる」
「なるほど。おまけに縄文土器が出土してるなら、まあ、縄文人で間違いないっちゃろうな」
「じゃっど。土器の模様も、縄文前期頃の熊本やら宮崎やらの出土品と一致しちょる。そイを日本の学者共は、何だかんだと屁理屈つけっせ無視しちょるが、欧米じゃ縄文人じゃち完全に受け入れられて、定説化しちょる」
「はあ!? ちょっと待て!」
と、彰善。目の色が変わっている。
「太平洋横断って、簡単な話じゃねえぞ。ちょろっと漁に出たら、嵐に遭って流されて、太平洋の反対側に漂着しました……では済まんだらー?」
「おう。幕末に咸臨丸が、太平洋を横断しっせサンフランシスコに行った時も、片道一ヶ月半ばかしかかっちょるからな。漂着はあり得ん。向こうに辿り着く前に、海の真ん中で餓死すっじゃろな」
「幕末の咸臨丸で一ヶ月半ってこたぁ、縄文人なら数ヶ月か。……ハナっから計画的に、食糧やら水やら
「
指折り数える、彰善。黙って頷く、倫輔。
「当時は丸木舟しか
「最低限の天文知識も必要だな。沿岸を見ながらの航行とは
「それよ、それ。オレたちは学校で、北極星ってのを教わるけぇ簡単に考えちょるけど、それってのも結構高度な技術の裏打ちがあっての話じゃないそ? オレ、前から不思議じゃったけど、縄文人ってどねーして星の動きを観測したんじゃ? 精密な観測機器なんて無いじゃろ? そもそも時計だって無いそじゃろ」
金作の言葉に、彰善と倫輔がハッと表情を変える。
「そうじゃ! 昔は日時計ぐらいしか無え。夜間にどげんして、星の動きを観測したんか?」
「それだけじゃねえ。例えばこの星は、一時間でどう動きました……ってデータを、どうやって記録したじゃんね? 文字も無いのに」
「わはははは。そうじゃな、長年天体観測をやりゃあ、膨大なデータが残る筈じゃな。ウドさあ、そういったデータって、見つかっちょるんか?」
「いやいや、無え。日本はおろか、世界でも見つかっちょらん筈じゃ」
「なんだよそれ……」
(どういうこと?)
笙歌は一人、思案する。
星の動きなんて、ビミョーじゃん。ちゃんと定点に立ち、きちんとした観測機器を使わないと、観測なんて無理でしょ。どうやって視点を固定すんの?
おまけにライト付き腕時計なんて、便利なモノもないわけで。あ、勿論カメラもないし。
笙歌は大学の卒業直前に行った、ハワイの星空を思い出した。満天の星を。
この農村から見る夜空とは、別モノである。だが日本の縄文時代の夜空とは、まさにハワイで見た満天の星空だった筈だ。
タマキンが言うように、あの膨大な星の中から、
――あの星だけ、全然動かない。
と、北極星の存在に気付くだけでも、相当に難しい筈だよね。
ちょろっと数日、観測しただけで、
――あの星は動かんっぽいから、あれを目印にして方角を割り出せばイケるやろ。
って、いい加減な感じで太平洋に乗り出すのは、自殺行為だよね。
まあ、そういう連中もいたんだろうけどさ。絶対、何年も何十年も天体観測を続け、
――全然動かない北極星
に気付いた筈だよ。
ってことは長年、観測データを残さなきゃいけない。そりゃ当然、文字も必要だよね。漢字伝来以前の日本には、文字が無かった……ってのは、全然説得力がないじゃん。
つまり、日本には昔から文字が在ったんだよ。縄文人が太平洋を横断したってのが、まさにその状況証拠でしょ。
現に今回、七五〇〇年前の神代文字が見つかったわけだし。――
(あっ。そういえば……)
ふと、気付いた。
「あたしさあ、随分前に魏志倭人伝を読んだんだけど」
「おう」
「アレに書いてあったよね。『女王国の東、海を渡って一年の距離に、国がある』って。うろ憶えだけど、何かそんな記述があったよね」
「
「一年もかけて海を渡った先に、国があると知っているわけでしょ? ってことは、六〇〇〇年前~卑弥呼の時代までに、誰かが中南米へ“往って
「ああ。おはんの言う通りじゃろなあ」
「ほらみろ。気象学やら海洋学やらの理解も、相当高かった筈だに。それが無えと帰って来れん」
力説する、彰善。
暫く沈黙していた金作が、口を開く。
「縄文時代、おもしれえな。……学校では
「ん?」
「写真、石器と土器だけじゃろ。灰色と茶色」
「わはははは。……実情は全然
「まぢかよ!」
「酒を作る技術も世界最古級。酒造り専用の土器まで作っちょった。世界の遺跡ンごつ、派手な石造建造物は無えごたるが、かなり高度な木材建築技術があった。太平洋を横断
「ふ~ん。理由はつまり……」
「じゃっど。さっき言った通りじゃな」
四人はしばし互いの顔を見合わせ、そして大きな溜め息をついた。
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