1-4、

 翌朝。――


 倫輔が金作宅に着くのと前後して、ガトリングこと金井彰善も愛車ポルシェでやって来た。


「……ちゅうわけで、縄文土器からこイが出た」


 彰善に、裏庭のビニールシートを剥いで石槨を見せ、内部の縄文土器を見せ、そして母屋の玄関に戻ると昨晩取り出したブツを見せる。


「こイは“土簡はにふだ”っちゅうんじゃ。粘土板を作っせ文字を刻んで、焼く」

「なるほど。紙が無い時代の、記録文書的な物か?」

「じゃっどじゃっど。土簡は古代からある。じゃっどんさすがに、縄文時代には無え」

「ははあ……。縄文土器、土簡、石槨の石組み。全部、時代がバラバラわやだもんで、大発見だ……と」


 鋭い男である。倫輔がきちんと説明する前から、彰善はたちまち事情を理解してしまった。その鋭い頭脳と速射砲の如き理路整然たる口撃ゝゝ能力を、誰かが、


 ――ガトリング


 と表現し、以来それが彼のあだ名となっている。


「わかった。ほいだら、こうしてウドさあが勝手に開封したのは、マズかったんじゃねえの?」

「ああ。マズいらしい」


 と、金作。


「ウドさあが言うには、これはこりゃあれっきとした犯罪らしいぜ」

「じゃっど。遺跡やら遺物やらを発見したら、直ちに教育委員会なり埋蔵文化財センターなりに届け出にゃならん。勝手に扱うのは法律違反になる。ややこしい法律の適用を受くっとよ」


 彰善はそれだけ聞くと、頷いた。


「わかったわかった。ほいで、キンの字が言い出しただいたわけか。『オレ達で掘り出して調査しよう』、と。縄文時代には文字は無かった、と言われとる。でも、実際に縄文土器から、文字らしきものの刻まれた土簡が出てきた。古墳時代後期っぽい石槨から出てきたってのも妙だ。ひょっとするととんでもない大発見だ。下手すりゃあせりゃあ、アカデミズムに隠蔽される」

「うわ。そこまで読めたっちゃ。さすがガトリングじゃ」

「じゃっどじゃっど。実際には神代文字っちゅうて、漢字伝来以前の文字があっとじゃけどな。物証も山程あるが、アカデミズムは一切認めちょらん。こイがオイの推測通り、縄文時代の遺物やとすりゃあ、アカデミズムに隠蔽されたり捻じ曲げらるっ可能性があっとよ」


 神代文字だけではない。例えば有名な吉野ケ里遺跡において、大型建造物の柱穴が発見され、


 ――弥生時代にも巨木を使用した大型建物が存在した!


 と大々的に報道されたが、実はそれが最初ではない。もっと前から多くの縄文、弥生遺跡にて大型建造物の痕跡――太い丸太による柱穴――が見つかっていたのに、半ば隠蔽されてきた。他にも例は色々ある。


「ほいで、キンの字が『じゃあ、こいつをオレ達で……』と」


 そうだ、と倫輔と金作が頷く。


 わかった、と即答する彰善。


 彰善も倫輔も知っている。金作の決断に従っておけば、それが如何にデタラメなものであっても、何故か大抵上手くいくし、そして何より面白いことを。……


「つまりオレの役割は、この土器を全部引っ張り出す加勢か。着替えを持って来い、と言われたでな。ほいで、あとは土簡の文字を効率よく解析する……と」

「うわ。マジでガトリングと喋ると、話が早いわ。そこまで先読み出来るっちゃ。スゲえ」


 わかったさっさちゃっと取り掛かるぞ、と言うなり彰善はもう、裏庭へ向かって歩き始めた。まんぷく丸がその行き先を察し、


「わんっ」


 とひと鳴きすると、尻尾を振って走り出し彰善の前へ飛び出す。倫輔と金作は顔を見合わせ、ふう、と大きく溜め息をついて、それから彰善の後を追った。


 四時間後。――


 無事、石槨から全ての縄文土器を引き上げ、金作宅の一室に運び込んだ。


 三人いると、さすがに作業が早い。金作がバールでわずかに土器を浮かすと、彰善がそこに台車を突っ込み、二人がかりで土器を台車に乗せる。それを開口部の真下まで移動し、吊り上げるためのロープを巻く。ロープは昨晩ホームセンターで調達した、吊り上げ作業専用の物である。


「ほう。これは便利だな」


 一部がベルトになっていて、金具で簡単に脱着出来る。パチンと金具を止めると、すぐさま倫輔がクレーンを操作し、土器を引き上げる。


 土器は二〇個あった。全てを引き上げた後、倫輔はカンテラ片手に石槨奥を念入りに確認したが、他には何も無かった。石槨の外側に何か存在する、という様子も見当たらない。


 つまりこれは古墳の石槨などではなく、倉庫だ、と倫輔は結論を下した。


 棺や遺骨らしきものは何もない。だから古墳ではなく、勿論この石組みも石槨ではない。“石蔵”だ、と。


 三人は金作宅で、埃まみれ汗まみれの服を脱ぎ捨てると順番にシャワーを浴び、それから倫輔の車に便乗し隣町まで移動。ファミレスで昼飯を済ませた。


 人心地がついたところで、次は彰善宅へ移動である。


「落とすなよ。丁寧に運べ」


 彰善宅からPCやモニターといった機材を幾つも運び出し、倫輔の車に積み込むと、あらためて金作宅へ戻った。


 そして座敷で作業再開。


 倫輔は手袋をはめると、壷を一つずつ開封し始めた。


「キンの字。お前ワイどんさん、オイが取り出した土簡に付箋を付けていけ。ナンバリングじゃ。例えば一個目の土器から取り出した一枚目の土簡、っちゅう具合にな。あ、ワイどんも手袋はめろ」

「わかった」


 二人が作業に取り掛かる。


 その間、彰善はPCの配線を済ませ、モニターを睨みつつ何やらゴソゴソとやっている。


「ふははは。あったに。これで全部揃った」

「どうした?」

「いや、フリーのツール類だ」

「?」

「世の中には、天才プログラマーやら腕利きプログラマーがたくさんるだら? 便利なツールを色々とタダで提供していて、ソースコードまで公開しとる。だもんで、そいつを幾つか組み合わせりゃあ、その土簡の解析作業が一気に進められる」

「ほう」

「よっしゃ! そっちはそっちで作業を進めてろ。その間オレは、ちょろっとプログラムを組み直て、自動解析ツールを作成するだもんで、よろしく」

「うわ。よう分からんけど、スゲえ……」


 三人でガヤガヤ騒ぎつつ、二時間。――


 全ての土器が開封され、収められていた土簡全てにタグ付けが済んだ。


 土器一つに、土簡が概ね二〇枚ずつ入っていた。なので、全部でざっと四〇〇枚である。


 座敷一面に所狭しと土簡が順番に並べられた。元が農家ゆえ、部屋数は多い。隣の空き部屋にも並べる。が、それでも収まりきらず、結局廊下にまでズラリと並べた。


「ふふふふ。秘密兵器、投入っ!」


 沈着冷静な彰善にしては珍しく、ニマニマと笑みを浮かべながら、少々大型の機材の電源をオンにした。


「なんじゃそれ?」

「テレレレッテレーッ♪ すきゃなぁ!」

「おいおい。スキャナーかよ」

「ふふふ。普通のスキャナーじゃねえぞ。その土簡みたいな立体、曲面の物でも上手く読み取れる。オレが今組み上げたツールで、スキャン画像の自動補正をして、曲面を平面にする」


 何やらよくわからないが、便利なシロモノらしい。


「よし。土簡を順番に持って来い。ほいで、そこのスキャンテーブルにセットしろ」


 わかった、と倫輔と金作が土簡を移動し始めた。彰善の操作で、次々と土簡表面の文字のスキャンが進む。


「ウドさあ。スキャンが終わった土簡は、オレに渡せ」


 倫輔が土簡を拾い上げて、スキャンテーブルにセット。終わったらそれを金作が受け取り、玄関側から廊下に並べ直す。


 陽が傾き始めた頃、漸く四〇〇枚のスキャンが完了した。


 自動補正されたスキャン画像を、一つ一つ目視で確認し、不鮮明な物は再スキャンする。


「よし、準備まわし完了。こっからが見どころだら~」

「どゆこと?」

「まあ、見てろって。……倫輔。この神代文字とやらは、何て文字だ?」

「ああ。そイは昨晩のうちに調べちょる。豊国トヨクニ文字じゃ」

「ほんだら、大分付近の古代文字か」

「じゃっど。大分、宮崎北部をまたいで、よう見つかっちょる」

「なるほど」


 彰善はキーボードを叩き“豊国文字”と入力すると、画像検索を行った。たちまちモニター上に、画像がズラリと並ぶ。


「これだら~?」

「じゃっどじゃっど」

「鮮明なヤツを三つばかし、選んでくれ。ひらがな対応表形式のヤツを」

「じゃったら……こイと、こイと……こイじゃろか」


 倫輔が彰善の横からモニターを覗き込み、指差す。彰善はそれをデスクトップにコピーし、さらに自作ツールのウィンドウにドラッグする。

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