1-2、

 そんな三年前の出来事を思い返しつつ、車を飛ばす倫輔。――


 一〇分程で金作宅へと辿り着いた。


 隣の空き地に愛車を駐める。おそらく他人の土地だろうが、持ち主は長年放ったらかしで、荒れ放題になっている。勝手に何時間、車を駐めようが、どこからも苦情は出ない。


「おう、着いたか。こっちじゃ」


 エンジン音を聞きつけたのだろう。塀の向こう側、つまり金作宅の庭の方から声が飛んできた。


「着いたど。で、どうどげんした?」

はよう来い、早う来い」


 倫輔は空き地の草むらを歩き、金作宅の正面へ回る。


 門をくぐったところで、暖色のもふもふが猛スピードで飛んできた。


「わふっ」


 ひと声上げ、くうくうと甘え声を発しつつ倫輔の足下に駆け寄り、尻尾をパタパタと全力で振る。


「おお、まんぷく丸。元気か?」


 金作の愛犬である。あ、いや、金作自身は、


 ――コイツは災害時の備蓄食糧やぞ。


 などとうそぶいているが。……


 しばらく倫輔が、ギョロ目を細めつつその柴犬まんぷく丸のアタマを撫でていると、


「こっちっちゃ。こっち」


 金作が向こうで声を上げた。


 まんぷく丸は、わんっ、とひと鳴きし、金作の方へ駆け出す。倫輔もその後に続く。


 金作宅は、門をくぐるとすぐに母屋がある。


 その左脇を抜けると、母屋を挟んで門とは反対側に、広い庭がある。ちょっとした日本庭園的な体裁ではあるが、金作が手入れせず放ったらかしなので荒れ始めており、そろそろヤバい。


 その奥に、家庭菜園的なスペースがある。勿論そちらも金作が放置しているため、雑草しか生えていない。


 金作は、そのさらに先、つまり敷地の一番左奥に立っていた。


 巨漢たる倫輔の姿が見えるなり、


「ウドさあ、こっちっちゃ」


 と倫輔を手招く。既にまんぷく丸は金作の傍らにいて、尻尾をパタパタと振っている。


 金作の立つ場所から、塀まで、なぜかちょっとした丘のようになっている。その高さは一メートル程だろうか。


真にまこち、円墳のようだごたる


 歴史に明るい倫輔は、以前から何となくそう思っていた。


 驚いたことに、金作の傍らにはユンボとクレーンがあった。そして直径一〇m程のその丘が、半分ばかし崩されているのである。


「おう、どうどげんした? それそィを崩しょるんか」

「うん。車を買うけぇ、こっちにガレージを作ろうと思ったっちゃ。……それでそんで業者を呼んで、この辺を整地しちょったら」

「ん? 何か出てきたか」

「そうじゃ。まず、これを見ろ。土ン中からこいつが出てきたっちゃ。まんぷく丸が掘り当てた」


 そう言って金作が倫輔に差し出したのは、縦横三〇センチ程の鳥居だった。いや、鳥居を模した木切れである。


「おわっ、鳥居じゃらせんか。……っちゅうことは、やっぱこれこィは古墳か」


 昔の人々も、古墳をちゃんと“ご先祖様の墓”だと認識していて、敬意をもって祀ることがある。神社の御神体が古墳であることも珍しくない。そこまでせずとも、古墳の前に小さな鳥居がしつらえられることはよくある。


「前から、お前はこれを古墳じゃねーかち言うちょったな。それが当たっちょったかもしれん」


 見ろ、と金作が指差す。


 一〇メートル程の、なだらかな土盛り。


 その、片側が既にゴッソリ削られていた。


「業者に頼んでユンボでこいつを削ったらな、なんかデカい石板みたいなもんにぶち当たったっちゃ」


 そいつが何枚かキレイに並べられちょった、と金作は倫輔にそう説明する。


だからじゃけえ、業者に追加料金を払うて、このクレーンを持ち込ませたっちゃ。んでもって、そいつで石板を退けてみたら……」


 ヤバいモンが出たっちゃ、というのである。


「どれどれ。ちょっとちと見せてみろンみろ


 倫輔は小型のクレーンの傍らから、古墳の開口部付近へと移動した。金作もその後に続く。


 覆われていたブルーシートを少しめくり、倫輔は中を覗き込む。


「暗い。全然見えんど」

「そのシート、全部捲れ」

「おう」


 倫輔はブルーシートを全部取っ払うと、スマートフォンのライトを点灯させ、あらためて開口部を覗き込んだ。


「なんじゃこりゃ。石かくじゃっごたる」

「石槨?」

ひつぎを格納する、部屋みたいなもんじゃ。古墳の中にある」

「はあ、なるほど」


 倫輔はライトで仔細に石組を確認する。


「かなり綺麗に加工されちょるな。……こイは古墳時代ン石槨っちゅうより、南米クスコやら、オリャンタイタンボやらの石組みン如くあるごたる。スゲえ」


 スマートフォンで何枚も写真を撮る。


「いつ頃の古墳じゃ?」

「わからん。まあ、こんなにこげん綺麗な石組みじゃったら、古墳時代後期じゃろか」

「わははは。そう思うじゃろ?」


 笑いつつ、いきなり妙な事を言い出す金作。何事なんごっか、と金作を振り返る、倫輔。


「奥の方をよく見ろ」

「ん?」


 倫輔は再び中を覗き込む。そして、おわっ、と大声を上げた。


「なんじゃこりゃ。壷じゃ。……うわっ。全部、縄文土器か」


 そこには大量の縄文土器が、所狭しとぎっしり並べられていたのである。


 それらは一m弱位の高さだろうか。縄文土器としては比較的大きい。形も概ね揃っている。ざっと一〇個ばかし見えているが、もう少し奥まで整然と並べられているようだ。


「こりゃスゲえ!」

「わはははは。スゲえじゃろ」

「ああ。後期の古墳じゃろち思うたが、こりゃ古墳じゃねえかもしれん。壷ン貯蔵庫やろか。いや、だけどじゃっどん壷じゃねえ。縄文土器かよ。なんじゃこりゃ!?」

「そうじゃろそうじゃろ。オレは歴史なんぞ詳しくないが、何かおかしいっちゅうのはピンときた」

「そうか。お前さんワイどんは相変わらず、そのようなそげな直感力はスゲえわ。こいつは大発見かンしれん。外側ガワと中身の時代が一致せんわ。古墳の石槨っちゅうより、石蔵じゃろか」

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