一、

1-1、

「うぉーい、ウドさあっ。ヤバい物が出た。急いでオレんに来てくれっ!」


 スマートフォンのスピーカーから響いたのは、悪友の声だった。


 悲鳴とも驚愕ともつかない、それでいて微かに喜び浮かれたニュアンス混じりの、何とも状況を測りかねる大声。


「とにかく、早く来てくれ。電話でグダグダ説明するより、こっちで見て貰った方が早いっちゃ」


 どうしようもないデタラメ人間――玉澄たますみ金作――からの緊急エマージェンシーコールである。


(おいおい。何事なンごっか?)


 よくわからないが、とにかくアイツの手に負えない緊急事態が発生したのは間違いないらしい。


(やれやれ……)


 西条倫輔みちすけは、手掛けていた作業を放り投げ、愛車に飛び乗った。


 行く手には田んぼや畑が広がり、そのあいだ々に、昭和四~五〇年代の古い木造民家が点在する。


 日本中どこにでもある、ごくごく普通の農村である。とはいえ、道路はそれなりに整備されており走り易い。信号に引っかかることなく、倫輔はRV車のアクセルを踏む。


 たまに、畑の中で作業中の年寄りを見かける。


(のどかなもんじゃ)


 とは、思わない。いや思えない。


 なにしろ、確かに見た目こそのどかな田園風景なのだが、その実態は全く違うのだ。


(あン時ぁ、大変じゃった……)


 ハンドルを捌きつつ、苦笑交じりに思い出すのは、倫輔らがこの村へ越してきた時の事である。


 西条倫輔、それに電話の主である玉澄金作と、さらに金井彰善あきよしという悪友三人組がこの村に越してきたのは、昨年の春の事だった。


 なにかと世知辛く息の詰まる都会暮らしをやめ、田舎に移住しスローライフをおくろう……というライフプランが、昨今、ちょっとしたブームになっている。


「俺達も田舎に移住しようぜ」


 金作の音頭に、倫輔と彰善が呼応した。


 三人共、高校時代以来の付き合いで、二〇代半ばである。


「あ、いや別に、農業をやろうってわけじゃねえっちゃ」

「そりゃそうだわー」


 ちなみにこのような、突拍子もない話をいきなりぶち上げるのは、いつも決まって金作だ。それは昔から変わらない。


 三人はそれぞれ異なる田舎で生まれたが、とある地方都市で一緒に育った。大学時代こそ別々の地に散ったが、奇しくも卒業後、再び都心部に集まった。そうして暫くは便利な都会生活を堪能したものの、やはりどうも肌に合わない。


「オイはこの地の古代史を探りてえから、ここにするぞすっど


 倫輔が、移住の地を選定した。某県の草深い農村――すなわち当地――である。


「おうおう。そこでいい」


 金作も彰善も同意した。二人は特に、引越し先に拘りはない。田舎でありさえすればいい。


 玉澄金作。――


 彼をその本名で呼ぶ人間は、誰もいない。近しい者は“キンの字”と呼んでいる。ただし本人は日頃自ら、“タマキン”を名乗って憚らない。


 西条倫輔は、そのデカい身体から“ウドさあ”と呼ばれている。そして“ガトリング”こと金井彰善。三人は意気揚々と、当地に乗り込んだ。


 倫輔と金作は、それぞれ広い旧家を格安で購入し、フルリフォームして住み始めた。


 彰善はお手頃サイズの土地家屋を購入し、家屋は完全に壊してこぢんまりした一軒家を新築。いや、ぱっと見こそこぢんまりだが、実態はハイテク要塞の如き壮麗なる建物なのだが。


 で、引っ越し早々から大変な目に遭った。


 倫輔が愛車のハンドルを握りつつ、


 ――大変じゃった。


 と回顧するのは、まさにその時のことである。


 意外と知られていないが、昨今のブームに乗って田舎に移住すると、村の住人からハブられる――盛大に嫌がらせをされる――のである。全てがそうではないが、閉鎖的な村落ほど、そういった先住者と新入りとの軋轢が多い。


 三人の場合、家を大っぴらにリフォームしたり豪邸を新築したのもマズかったもしれない。充分、村人達の反感を買う要因になったのだろう。


 まあ、倫輔自身はさほど問題はなかった。古代史研究をやっちょりもす、と自己紹介し、


「戦後の左派歴史家達によって歪められた歴史を正すのが、オレオイどんのライフワークごあす」


 と語ると、


「そいつはエラい。若いのに立派なもんじゃ。見どころがある」


 戦前生まれの村の古老達の琴線に触れたらしく、あっさり彼らに受け入れられた。最近では時折、同好者を集めて座学を開催するなど、無事、村人達に溶け込んでいる。


 一方、彰善はひどい目に遭った。


 その理由がまた、何とも下らない。


「で、でいとれーだぁ!? なんぞやそれ?」


 村の年寄り達――そもそも村人は全員年寄りなのだが――は、眉をひそめた。


 ――よう分からんカタカナの、妙ちきりんな職業が気に食わん鼻持ちならん。


 というのである。


 ――田んぼ畑を耕さん、昼間っから家に籠っちょるようなグータラ男は、我が村には要らんぞな。

 と。


 いや、農業をやりたいという新入りであっても、経験のえ若けぇモンに出来る筈がねえべ、とケチつけて村から追い出すのが常なのだが。


 というわけで妙ちきりんカタカナ職業の彰善は、村に一軒しかない商店に買い物に出かけるも、


「他所モンに売る商品はえぞな!」


 と追い払われた。


「たぁけめ。ンなもん、嫌がらせのうちに入るか! 徹底抗戦だ」


 彰善は食料品や日用品の調達を、ことごとくネット通販に切り替えた。多少面倒ではあるが、今時ケチ臭い兵糧攻めなど通用するものではない。


 すると村人達は、さらなる強硬手段に出た。路地の電柱から彰善の家へと延びている電線を一本、チェンソーでバッサリ切ったのである。


 幸か不幸か、切断したのは通信回線だった。


 限界集落にリストアップされる程のド田舎なので、もとより光回線など開通していない。彰善は大手通信会社に依頼し、専用線をわざわざ敷設させていた。それを村人連中に切られたのである。


 そのせいで、折から運用中の金融商品ン十億円に多額の損失が発生した。


「やりゃあがったな!」


 彰善は即座に刑事、民事両方で訴えを起こし損害賠償請求を行った。はたして下手人たる村の住民数名は高額な借金を抱え、家族親族まで巻き込み尻の毛まで抜かれた。村人連中は震え上がり、ようやく彰善への嫌がらせを諦めたらしい。


 その彰善以上に厄介な目に遭ったのは、今から倫輔がまさに訪れようとしている、金作かもしれない。飄々とした性格で、ちゃらんぽらんに見える上少々物言いがストレート過ぎるせいか、村人達に相当嫌われたようである。


 ある時、酒を奢られ、酔い潰された上寒空に放置された。金作は危うく凍死しかけた。


 それでも平然としていたのが、村人達にしてみれば気に食わなかったようで、今度は金作宅の玄関前に汚物を積み上げた。酷い嫌がらせである。


「野郎っ! 許せん!」


 さすがに金作もブチ切れ、役場からこっそり、屎尿処理用のバキュームカーを持ち出した。


「わはははは! これでも食らえーっ♪」


 下手人とおぼしき連中の家、一軒一軒に、大量の汚物をぶちまけたのだ。


「ぬははは。どうどねーじゃ。正義は勝つっちゃ!」


 村のあちこちに強烈な臭気がひろがった。


 これには連中も一発で懲りたらしく、以来、金作に嫌がらせをする者は居なくなった。


 ちなみにもう一人、


「あたしも行く!」


 と、やはり幼馴染の女が三人を追いかけてきたが、三人の様子を見てヤバいと悟ったらしい。村ではなく隣町に居を構え、事無きを得た。


 まあ隣町と言っても、村に入れば渋滞知らずの農道を突っ切るだけなので、三人それぞれの家まで一五分そこらで辿り着く……といった距離感でしかないのだが。

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