強く、気高き者⑤
「まったく、グルグルぐるぐる、よく走ったな。」
倒れ込んだ如月の息が整う頃合いを見て、ラビとフィオはおやつタイムを切り上げて如月の元へやってきた。
「淳ちゃん、平気?」
「おう、問題ない。ほら、財布だ。」
この階層は円形になっていて、そこを2人はグルグル追いかけっこしていた。盗賊の方はいつの間にか逃げてしまったようだ。
「じゃ、行くか。そこの扉に入ればボス戦だろう。ずっと呻き声がうるさいからな。」
ラビは本当に頼れる大魔導士に成長していた。盗賊を簡単に転ばせたとか、ボスの居場所を把握していたということではない。ボス戦を前に、フィオをしっかりと休ませた。さっさとぶっ倒しに行くぞと、づかづか扉を開けて進んで行ってしまうというのが、以前のラビであれば関の山だった。
「え、え?え~っ!ボスか~・・・ドキドキするな~。」
フィオ初の中ボス戦。ギガントベア戦が始まった。
「それじゃあ打合せ通り、フィオとラビは後ろに下がって攻撃だけしてくれればいいからな。敵の攻撃は俺が引き受ける。」
見るからに力の強そうなボスに危険を察したのか、如月が指揮をとった。
「大丈夫なのか?お前だって接近戦は得意じゃないだろう。無理しない方が身の為じゃないのか。」
「中ボスって言っても最序盤だからな。力が強いと言ってもたかが知れているさ。心配ご無用。」
如月のこの発言は決して慢心ではなかった。仮にもラスボス戦を経験した者が、最初期の中ボスを相手にする。普通に考えればリスクはゼロと言っても過言ではない。苦戦するはずはない。そんな中ボス戦が始まるはずだった。
行動順トップは如月。『好戦花(こうせんか)』という道具を使用した。これは敵の攻撃を使用者に集中させるというもの。本来であれば戦士の様な耐久力の高い者が壁役となる際に用いるアイテムなのだが、今回は如月がその役割を担う。続いてラビの番だが、何やらゴニョゴニョ言ってターン終了、フィオにバトンパスした。フィオは通常攻撃を繰り出し20のダメージ。さすがは中ボスといった所で、勇者とは言え適正レベルの魔道タイプではほとんどダメージが通らなかった。そして1ターン目ラスト、最も素早さの遅いギガントベアの行動順。意図した通り如月にパンチが飛んできた。筋肉馬鹿の行動は読み易くて助かる。来ると分かっていた攻撃。決して油断していたわけではない。しっかりと備え、警戒していた。そんな如月が吹き飛んだ。
「淳ちゃん!」
思わず声を張り上げるフィオ。視線だけで如月の行方を追うラビ。そして、空中でくるりと一回転して着地する如月。すぐに親指を立てて、フィオに大丈夫だと合図した。大事に至らなかった理由は2つ。1つは好戦花を使っていたために攻撃が自分に来ることが分かっていた。もう1つは、本当に油断していなかったこと。最序盤のダンジョンだとか、最初の中ボス戦だとか、ステータスがまるで違うだという先入観を排除してギガントベアの攻撃に備えた如月。結果ダメージを最小限に抑えることに繋がったのだが、それでもダメージ55.決して小さくはないダメージだった。ありえない。
如月が違和感を覚え始めたのは、海洋モンスターが凶暴化して船が止まっていると訊いた時からだった。モンスターが一般の船を襲った所で両者に何の経済的利益ももたらさない。モンスターが滅多に町屋城を襲撃しない理由、魔王がさせない意味を、如月は自身の経験から悟っていた。一言で済ませれば、モンスターが勇者達と戦う理由はルナを回す為。海洋モンスターが一般の船に被害を出すということは、陸上モンスターが町や村を滅ぼそうとすることと同義である。
さらに3人で旅を始めると疑念が確信に変わった。雑魚敵が異常に強い、強すぎた。馬鹿でお茶目な魔王の気まぐれという範疇を明らかに超えていた。魔王の知らない所、手の届かない所で何かが起きている。もしくは、何者かが魔王に反旗を翻し、裏切った。そう考えることが最も素直な思考回路であると、如月には思われた。
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