強く、気高き者②

 「おい如月・・・この階段はどこまで続くんだ。全然頂上が見えないぞ。」

「確か百段ちょっと―」

「ふざけるな、お前・・・おいしいうどんがあるって言うから・・・・・・」

「そう、この上に絶品のうどん屋さんがあるんだ。もう少しだ、頑張るぞ、オー!」

「くそ・・・ここまで来たら降りるにも降りられないし。覚えとけよ。」

こんな感じで、クゴート名物のうどん屋を目指してひたすら階段を昇る如月とラビ。是が非でも食べなくてはならない、どうしても我慢できないということではなかったが、味は間違いない。ただひたすらに懐かしい。そして次はいつ食べられるか分からない。食べに行く理由としては十分な気がする如月だった。


 うどんを一口すすると、斜めだったラビのご機嫌が真っ直ぐに居直った。店に着いてから一言も喋ってくれなかったラビ。注文する際にも、メニューを指差す始末。ラビの性格を一言で表せば、善くも悪くも正直者。素直であり残酷という、見た目通り子供を子供以上に具現化した存在だ。知識と経験と実力を獲得した子供がラビ。子供以上に打算で動けないラビ。如月の変わることのないラビ像だった。

 「ぷふぅ~~。うまかったぞー。」

「そいつはよかった。」

満足気なラビを見て如月も嬉しく、ほっとした。この数日、ラビには焼き魚くらいしか食べさせてやれなかったから。それに関して文句は言われなかったが、今みたいな「ぷふぅ~」という満足を提供することもできなかった。

「これでまずかったら暴れてやるつもりだったが、命拾いしたな。」

「ハハハ・・・助かってよかったですね、うどん屋さん。」

「何言っている、お前のことだぞ如月。旨くなかったら許さなかったぞ。うどん屋さんに感謝するんだな。」

「はい・・・感謝します。」

どうやらゲームオーバーは回避できたようだ。

 

 会計を済ませ、今度こそフィオの家へ向かう2人。長い長い階段を降りながら、万が一に備えて如月が前方を歩く(手を繋ごうという如月の提案は如月がちょっと傷付くくらい一蹴された)。その際、顔を合わせていないからだろうか、珍しく今後に関する話が展開された。そんな中、ラビからひとつの質問が上がる。

「もう一人はどうするんだ?近藤は店番だし、酒場で使えそうな奴を探すのか?」

「一応クォーダに手紙は出したんだけれど―」

ラビには言わなかったが、ちょっと臭い文言も記した如月。『旧き友人を迎えにいきます』みたいな。

「読まずに捨てたな。」

「可能性がゼロじゃないのが怖いな。」

「蓑口はどうしてるんだ?」

「まだ子供が小さくて―」

「元気にしているんだな。」

「すごく。」

「ならよし。」

「なんか、ラビ―」

「なんだ?」

「年とったな。」

「燃やすぞ。」

「ごめんなさい。」

そんなこんなで、目的の場所に到着した。


 コンコン、コン・・・・・・

如月が扉をノックすると、誰某を確かめることなくすぐに鍵が外された。ためらいなく顔を出したのは茶色がかった髪を後ろで束ねた色の白い女性。一重の大きな瞳。小さな耳。変わらない。フィオの母親だ。

「お待ちしておりました、如月様。」

「勘弁して下さい、お母さん。お久しぶりです。」

「フフフ・・・久し振りね、淳ちゃん。あら、少し背が伸びたんじゃない。さ、どうぞ中へ。フィオも待っていますので。可愛らしいお連れの方もどうぞ。」

 如月がクゴートで道具屋を営んでいた頃、何度か夕食に誘ってくれたし、道具屋を遊び何していたフィオと、一人分も二人分も一緒と如月にまで弁当の差し入れをしてくれた。もちろん「如月様」何て呼ばれたことはない。

「あー、淳ちゃん!久し振りっ。」

椅子に座っていたフィオが如月に駆け寄り、膝にしがみついた。母と別れる幼い娘。大なり小なり悲壮感を伴うと予想していラビだったが、それは好都合にも裏切られた。涙、涙のお別れは苦手だったが、そこに悲しみはなく、再会を喜ぶ微笑ましい光景が広がった。

 短く儚い時間ではあったが、思い出話に華が咲いた。フィオがよく店の手伝いをしてくれたとか、お昼ご飯におにぎりを一緒に食べたとか、発注を失敗して店から薬草が無くなったとか、暇潰しにカードゲームをしたとか。ラビが感心したことは、如月よりもフィオの方がよく覚えていたということ。話の主導権というか、よく喋るフィオと訊き役のその他。きっとフィオにとって大好きなお兄ちゃんのような存在なのだろう。そしてその如月に絶対の信頼を寄せている母親。フィオも母親も笑顔で会話を楽しんでいた。その様子を理解しかねるラビ。別れを間近に控えた母娘の表情ではなかった。ましてや成人した娘ではない。ようやっと10才というではないか。しかも返ってこられるかも定かではない。どこに行くかも分からない。この世界、このクゴートでは至極当たり前のことなのだろうか。それでも―


 「じゃ、お母さん。行ってきます。」

「行ってらっしゃい。それでは淳ちゃん、ラビちゃん、娘が面倒をおかけしますが、宜しくお願いします。」

別れの挨拶も簡単なものだった。手を握るでも抱擁するでも涙を見せるでもなく、数時間後に何事もなく帰ってくることが約束されているかのような遣り取りだった。

 見送られる3人が振り返ることはなく、フィオがそう云うのですぐに如月が転送魔法を唱えて里を出た。栄えある勇者に選ばれた。皆の期待を背負い、世の為、人の為。誇りある勇者―部外者の大きな勘違いである。

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