強く、気高き者①
華が目を覚ましたのは魔王の寝室だった。魔王と違って寝惚けることのない華だから、すぐに全てを悟った。ぐるっと部屋を見回したが、魔王の姿はない。多少体は痛んだが動けない程ではなく、ひとまず魔王を探しに部屋を出た。まずは仕事部屋へ向かったが、部屋は消灯されていて、スクリーンも下りていなかった。続いて食堂へ。お腹を空かせて食料を漁っているのではなかろうか。そういえば妙な約束をしていたっけ。
扉を開けると、魔王が居るには居たのだが。
「あ、お目覚めですか、華さん。」
魔王は台所に立っていた。
「何をなさっているのですか?」
「サンドイッチを作ってみようかと。耳は切っちゃっていいですよね。もう少しかかりそうなんでシャワーでも浴びてきたらどうですか?」
華にはひとつ伝えなければならないことがあった。
「魔王様。以前お話ししたフィオという勇者候補の少女ですが、彼女が冒険を始めました。」
「へぇ~、まだ10才くらいでしたっけ。独りではないのでしょう?」
「はい。連れ出したのは魔王様もよくご存じの・・・・・・・・・如月 淳。」
「・・・そうですか、分かりました。」
「では、お言葉に甘えてシャワーを浴びてきます。」
「ほ~い、ごゆっくり。」
扉が閉まると手を止め、軽く息を吐く魔王。自然と口角が上がる。
「来たか、運び屋。」
それでは魔王様。しばしのお別れです。
【ためるな、危険 終】
【強く、気高き者】
様々な武器、防具、道具が納められては発送されていく、物語とは一線を画す、けれども勇者達とは切っても切り離すことのできない、それでいて勇者達が踏み入れることのない島、クーザ―。この島および物流倉庫の管理人、如月 淳はその日の仕事を終え、のんびりと釣りにいそしんでいた。小舟に揺られて、時折うつらうつらしながら晩御飯のおかずを狙っていた。この島に来るまで海に出たことのなかった如月。水に揺られるということがこれ程に気持ちいいとは知らなかった。てっぺんと足先を透明感のあるコバルトに挟まれると、疲れもストレスも洗い流してくれるようだった。まだバケツの中は空っぽだったが、焦る様子もなく、波や天気と同様、穏やかに海面と向き合っていた。あくびなんかしながら、鼻歌なんか歌いながら。
チュドーーーン!!!
そんな平穏な小舟のすぐそばに何かが落ちてきた。船は揺れるは魚は逃げるは、何が起きたのか何が落ちたのかも分からぬまま、混乱したまま、如月はとにかく振り落とされぬよう小舟にしがみついた。やがて波が落ち着き、ブクブクブク・・・・・・
「淳ちゃん、久し振り!」
「如月、来てやったぞ!」
水面から首だけ出して挨拶をする人物が2人。如月にとって懐かしい仲間との再会であった。
「お前等、もう少しくらい着地場所を考えてだな~・・・」
3人、笑顔で互いの健勝を喜んだ。手を差し伸べ、小舟にのせて・・・・・・沈む~~~!
如月のことを淳ちゃんと呼んだのは、幼馴染の近藤 政樹。かつて教会でジョブの任命を受ける際、道具屋だった如月に対して政樹が神父から託された職業は、魔王。随分と長い期間、如月は政樹が勇者で各地を飛び回っていると、いつか勇者の彼と再会することを心の糧に道具屋を営んできたのだが、政樹は正真正銘、元魔王。そして現在は、相棒と一緒にお菓子屋を開いていた。
そんな政樹の相棒が「来てやったぞ」と偉そうな挨拶を呉れた少女ラビ。行列のできるお菓子屋さんの天才お菓子職人にして、歴とした大魔導士である。小柄で幼く見えるが、その戦闘能力は本物かつ、呪いを受けた状態で圧倒的な法力を有していた。
倉庫のすぐ近くにある住処の小屋に2人を案内する如月。交代で2人にシャワーを勧め、今はコーヒーで一息という所。あ、ラビはオレンジジュースだけれども。
「な~んで海に落っこちてくるんだよ、まったく。」
呆れ気味に如月が尋ねた。
「仕方ないだろ。私の転送魔法は人を目的地に設定するんだから。海で呑気に釣りをしているお前が悪い。」
「船で来ると手紙には書いてあったぞ。」
「船が出なくなったんだぞ。知らないのか?」
「えっ!?」
初めて如月に動揺が走る。ちょっとこいつは驚いた。情報収集は欠かしていないつもりだったが、海路までは守備範囲に入っていなかった。
「そうなんだ、淳ちゃん。海洋モンスターが増えたとか、凶暴化したとかで、一般の船まで襲うようになっちゃって。」
「船が出なくなってからどれくらい経っているんだ?」
「もう2週間。勇者達も足止めを食っているよ。」
ラビ以外の2人はしっかりと嫌な予感を胸に秘めていた。
政樹とラビが如月の元を訪れた理由は2つ。政樹とラビで目的は異なる。まずは政樹だが、政樹は運び屋を引き継ぐ。数日一緒に店舗を回り、バトンを受け取る。この世界の運び屋に必要な能力は持っている政樹だから、業務自体は問題ないのだが、初めて打診があった時は驚いた。同時に、如月がまた冒険の旅に出るのだと、そのことに理解を示した。
さて、ラビの方だが、こちらは如月と共に勇者を迎えに行く。目的は言わずもがな、魔王を倒すこと。迎える勇者の名前はフィオ。まだあどけない少女。まだ勇者として完璧に覚醒しているわけではなく、如月とラビは彼女の護衛という位置付けだ。
業務の引継ぎは3日で完了した。特に問題はなかろう。
「あとは慣れてくれば、時間にも余裕が出てくるはずだ。」
「うん、ありがとう。」
「じゃあ、明日からよろしくな。アイテムなくして冒険は進まない。しっかりと勇者様を支えてくれ。」
「分かった。任せておいて。ところで、2人はすぐに出発する?」
「明日の朝、出ようと思う。」
「そう・・・寂しくなるね。久し振りに会えたのに。」
「子供みたいなことを―必ずラビと一緒に戻ってくるさ。」
「ど田舎だな・・・」
周囲に人がいなくてよかった。感情に素直なのは結構だが、遠慮なく口に出してしまうのは考えものだ。
「そんな風に言うなよ~。俺にとっても古里みたいな所なんだからさ。」
如月の転送魔法でラビと共に到着したのは『クゴートの里』。冒険者が初めて訪れる場所で、はじまりの場所のひとつである。武器、防具、道具及び、周辺に現れるモンスターもレベル1。従って、ラビの正直な感想も尤もなのだが、それを口に出すか堪えるかが大人と子供の差と言えよう。性格の問題もあるが、ラビの場合は両方だな。
「本当にこんなぼろっちい里に勇者がいるのか?」
「なぁ、ラビ。ちょっとお腹空かないか。」
そう言うと、ラビの返答を訊くことなくどんどんと歩きだしてしまう如月。初めて訪れたラビにとっては右も左も分からぬ里だが、如月にとっては記念すべき道具屋1号店を開いた土地。迷うことなくお目当てのお店へ一直線だった。ただほんの少しだけ寄り道をした。見ておきたい場所があった。かつての自分の店舗。右も左も分からず発注と販売の日々を送っていた。そして、ここによく遊びに来ていた女の子がフィオだ。これから迎えにいく幼き勇者。残念ながら店はなく空き地になっていたが、どこか気持ちは落ち着いた。こっそりと原点に触れることができた。
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