ためるな、危険⑤
誘ったのは華だった。
「魔王様、ピクニックに行きましょう。」
「美人さんのお誘いはもちろん断りませんが、突然どう―」
「それでは明朝7時に出発しますので、くれぐれも寝過ごすことのございませんよう。」
「はい・・・・・・えっと、持ち物とかは?」
「特に必要ございません。」
「はい。」
何かしでかしただろうかと思い返す魔王であったが、心当たりはなかった。
翌朝、不気味さと恐怖心から早目に目が覚めた魔王。目的や目的地すら教えてもらえなかったから、寝ても覚めても不安しかなかった。魔王の朝にしては珍しく時間を持て余したので、ゆっくりと身支度を整えることができた。ちょっとした気まぐれで整髪料までつける始末。着るものはスーツしかないので如何ともしがたいが、髪をかき上げた感じはいつもより若々しく見えた。それでも時間は余ってしまい、7時に城門集合という約束だったが、30分も前に部屋を出てしまった。遅れるよりはずっといい。心にゆとりがある。特に指示された持ち物もなく、煙草だけを胸ポケットに入れて城門へ向かった。華を待ちながらのんびり一服するのも悪くない。
「おはようございます。」
華はやはり待つ側だった。結局は待たせるのが魔王。魔王が城門を開けると、当たり前のように華が待機していた。華の挨拶にびくっと反応する魔王。
「おはよう・・・早いですね。まだ30分前なのに―」
声と表情は平静を装っていたが、心の臓はバクバクである。おかげで煙草を吸いたいソワソワは幸か不幸か霧散した。
「それで華さん、今日はどちらへ?」
「そうですね。ピクル砂丘にしましょうか。あそこなら広々としていますし、動物もいないでしょう。」
「えっと・・・あそこは砂丘ではなくて砂漠・・・・・・そりゃ広いとは思いますけれど、広すぎませんか?」
「さぁ、出発しましょう。往きは歩きで行きますよ。のんびりしていると日が暮れてしまいます。」
御存知ですか、魔王様。砂漠にかかる虹はとても美しいのです。1度見たら忘れない、忘れられない景色になるはずです。
魔王城から砂丘まで歩くとなると、ざっと2時間近くはかかる。気が重い魔王に対して、軽快な足取りを見せる華。華の後方に続く魔王からはその表情は見えないものの、背中から心地良さが伝わってきた。また、華は右手にバスケットを下げていて、魔王はそこにサンドイッチが入っていると踏んでいた。もしかしたらデザートに果物も。残念ながら水筒が見当たらないのだが、その点は心配なし。華の氷属性の魔法を使えば、いつでもどこでも美味しく冷たい水が飲めるのだ。散々歩かされた後の水はさぞかし格別だろう。
さて、一口にピクル砂丘と言っても広い。華がピクル砂丘のどこまで進むつもりかは知る由もないが、どこまで行っても砂しかない。まさか砂丘を横断するつもりではなかろうな。不安を抱きながら、バスケットの中身だけを心の拠り所に、華の10歩後ろをついていく魔王であった。
魔王城を出発してからおよそ1時間でピクル砂丘に到着。華の歩くスピードが速く、この時点で魔王はへとへとだったが、休むことなくさらにそこから30分、砂丘の中心部を目指して歩き続けた。砂に足を取られ、靴の中と髪の毛は砂だらけ。砂丘に入ってから急激に重くなった魔王の足取りに対して全くペースの衰えない華。魔王の様に前傾姿勢になることもなく、スマートに歩を進めていた。
「この辺りにしましょうか。」
そう言って振り返った華の声など到底届かない後方を歩いていた魔王。腰を下ろすことなく、直立不動で魔王を待つ華。ふと立ち止まった華に気付き、大きく手を振る魔王。ようやく目的地に到着した。
「この辺りにしましょうか。」
合流した魔王にそう言うと、持参したバスケットを下に置いた。同時にドスンと、操り人形の糸が切れたみたいに尻を突く魔王。ようやっとお待ちかねの朝食である。敷物も持ってきておらず、また景色も一面砂の海。食事の環境としては褒められたものではないが、足も棒のように疲れ切ってしまい、贅沢を言っていられるコンディションではなかった。世の勇者連中も、まさか魔王が砂漠の真ん中でへばっているとは夢にも思うまいて。とはいえ、ようやく華の目的地に着いたようだ。
「お待ちかねのサンドイッチですね。」
待ってましたとばかりに魔王が口を開いた。ペタンと座り込んで地面についた手は汗も手伝って砂だらけとなってしまったが、バスケットの中からサンドイッチと共にお手拭きが出てくることを微塵も疑っていなかった。
華がバスケットから取り出した物。『黒の杖』。以上。我が目を疑う魔王。信じられないというより、信じたくない。
「あの・・・華さん。サンドイッチは?」
「はい?特に用意してはおりませんが、戻ったらお作りしましょうか?」
「あ~・・・えっとー・・・はい、お願いします。」
そう言うと立ち上がり、屈伸運動を始める魔王。バスケットの中身で全部悟った。心の準備はできていないが、せめて体の準備はしておかなくてはならない。華が『黒の羽衣』をまとい、魔王もいつの間にやら『闇の鎧』と『闇のマント』に装備を変更していた。両者共に戦闘態勢。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます