ためるな、危険②

 『警告!!黒魔女出没!』

闇より舞い墜ちた天使。

闇の魔法を操る魔導士。

闇に堕ちた勇者を滅する者。

決して出会ってはならない。

決して手を出してはならない。

決して逃れられない。

 各地の酒場に掲示された文書である。魔王が手配した物。真っ直ぐストーリーを進めている分には道端で華に出会うことはないのだが、横道に逸れた愚者への忠告。悪いのは勇者なのだからわざわざ知らせてやる必要はないのだが、華の雑務は減らしたかった。尤も、華も魔王も、こんな紙切れ1枚で馬鹿者の数が大きく減るとは期待してはいなかった。その後も華は情けを掛けることはなく、敵が泣こうが詫びを入れようが、攻撃の手を緩めなかった。実は華の方からならば戦闘を切り上げることもできるのだが、逃走を選択する理由は見当たらなかった。


 3日程下界に滞在した華が魔王城に戻ると、いつになく魔王が真剣な眼差しでスクリーンを凝視していた。トントンと扉をノックしたが返事を得られず、「ただいま戻りました、魔王様」。いつもであれば気配を察知すると、わざわざ表まで顔を出してくれる魔王。それを華が期待していたわけではない。だから落胆するようなことはなかったが、心配にはなる。城を空けたのはおよそ72時間。その間ぐらいは冷蔵庫の作り置きで凌げるはずだが―最初は寝室を訪れた。ぐうたらな生活を送っていたら少々戒めをと考えていた華だったが、寝床はきちんと整頓されていた。外の喫煙スペースにもいなかったから、あとは仕事場か。とことこと歩いていくとしかと気配は感じられた。だのに返事がないから無駄に心拍数が上昇してしまった。

 「ああ、お帰りなさい。ごめん、全然気付かなかった。丁度いい所に帰ってきましたね、ほら。」

珍しく椅子も進めず促すので魔王の言葉を額面通りに受け取ってよいのだろう。立ち見でスクリーンに目を遣る華。映っていたライブ映像は、教会だった。魔王にしては随分と珍しい場面を映し出していた。裁いた勇者達が蘇る所でも見ているのだろうかと推測した華だったが、状況を把握するとみるみる目を細め出した。ご機嫌斜め、イライラしている時の華の癖だった。

「どこの教会ですか?すぐに向かいます。」

眼鏡の位置を直しながら華が問う。感情のやり場に困ってか、喉元がキュッとしまって一瞬呼吸が止まった。

「まぁまぁ華さん、落ち着いて。ほら、怖い顔しないで、座って座って。」

「しかしですね―」

魔王は余裕綽綽、華に椅子を持って来るのだった。

 全滅でロストするルナが全て教会に入ると踏んだのだろう。とある追剥ぎ勇者が教会を、神父から金を巻き上げようと襲っていた。「魔王を倒す為だ。ルナを寄越せ」みたいに脅しながら、神父に短剣を向けていた。その様子をスクリーン越しに見守る魔王。椅子に座ってどっしり構えるだけで動く気配はない。同様に、スクリーン内の冒険者、勇者以外の3人も止めるつもりはなさそうだ。

「魔王様―」

呼びかける華に対して、大丈夫ですよとしか答えなかった。誰がどう見ても大丈夫な状況ではないのだが。


 「若いのう・・・」

穏やかに語り掛ける神父。そこに焦りの表情は見られない。落ち着いて勇者を挑戦するのだった。

「何だと?」

「青いのぅ、と言ったんじゃ、馬鹿者が。」

「な、お前、状況が理解できてんのかっ。早く!命が惜しければルナを出すんだっ。」

「そんなもの、ここにはありゃせんわい。ほれ、とっとと帰りんしゃい。」

「嘘をつけ。力づくで奪ってもいいんだぞ。」

「やれやれ・・・仕方ないのぅ。」

気怠(けだる)そうに吐き捨てた神父がパチリと右目を瞑りウィンクした。これが神父の攻撃。衝撃波が勇者を吹き飛ばし、教会の壁を突き破って外へ追い返してしまった。何が起きたのか分からぬまま呆然とする連れ3人。

「さて・・・お主等もかかってくるか?それとも壁の修理をして1から出直すか。儂はどちらでも構わんが―」

勇者の落とした短刀を拾い、「次は殺すぞい」。


 「めでたし、めでたし。」

パチパチパチと拍手で称える魔王。他の3人は素直に降伏、さっそく壁の修繕を始めていた。

「ど、どういうことですかっ。あの神父は何者なんですか?」

唯一人心地がつかない華。なかなかの迫力で魔王に尋ねる。

「え~・・・と・・・・・・教会の聖職者様、ですかね。」

「その聖職者様がどうしてこんなにお強いのですかと訊いているんです!」

「そ、そんな剣幕で・・・まぁ、いいじゃないですか、みんな無事で。」

「全く答えになっておりません。」

結局は魔王から答弁を引き出せなかった華。もやもやした気持ちのまま魔王の仕事部屋を退室した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る