ためるな、危険①

 

 華にとって久々の人間界はやはり眩しかった。常に厚い雲に覆われる魔界では雨が降ることはあっても、火の注ぐことはほとんどなかった。薄暗い日常に慣れてしまうと輝かしい人間界はどうにも落ち着かない。

 華の選んだ場所は『巨人の森』と呼ばれる一角。その名称の由来だが、別にサイクロプスみたいなモンスターが棲んでいるわけではない。ただ木々が、樹木がとてつもなく大きいだけだ。その高さが100メートルを超える物もある。森の中では日差しは愚か、よほどの大雨でなければ大地に届かない。華が、そして、悪巧みする勇者達が身を隠すには絶好の場所だった。

 追剥ぎの発生している場所は当然ここ巨人の森だけではない。ただいくら華とて、全ての事件に首を突っ込むことは不可能。華が人間界に堕りた理由はもちろん追剥ぎ撲滅なのだが、その為のアイデアを魔王が授けてくれた。既に手筈は整っているはず。『追剥ぎ狩りの魔女』という噂を広める。愚かな冒険者の末路がどのようなものかを知らしめる。華が巨人の森の到着すると早速、野営の準備をする間もなくデジタルマップのアラームが鳴った。勇者同士がぶつかった合図。瞬間移動魔法で現場へ急行した。

 通常のエンカウント同様に画面が一瞬ブラックアウトし、BGMも戦闘曲に変化。そして敵の姿と名称が表示される。そこにモンスターではなく『勇者LV.33』などと記されていたらさぞかし驚くだろうし、ひとまず襲われたことは自覚するだろう。が、さらに「何者かの転移魔法によって戦闘から離脱した」などと表示されたら混乱する一方であろう。

 一転して驚かされる側の立場に変わった、襲った側の勇者達。目の前の勇者達が戦う前に消え去り、新たな敵が現れたのだから。しかも女性が独り。黒のローブで全身を覆った、眼鏡をかけた女性。敵として現れたから戦闘画面が終わらず引き継がれ、戦うべき相手ならば人数や性別は関係ない。

 戦闘開始直後、しまったなと零したのは華だった。自信の表記が『暗黒魔導士』となっていたからだ。注意喚起を酒場に掲示する際、『黒魔女』と称するつもりだったので、前もって名称変更の依頼を魔王に通しておくべきだった。

 勇者一行vs暗黒魔導士。ちなみに華はボス扱いなので、勇者達はこの戦闘から逃げることはできない。殺(や)るか、殺られるか、殺るっきゃない。いや、現実的に考えれば希望はない。手を合わせればすぐに策を練ることすら諦めるだろう。華のステータスだが、レベルは196で、ヒットポイントは8192。八千百九十二である。参考までに、この悪さタクラム勇者のヒットポイントは310。残念ながらどう転んでも勝てない。勝負に絶対はない、その通りだ。そして、絶対はないということが絶対ではないのだ。華の戦闘スタイルであるが、魔導士の名の通り、法術が攻撃の主体である。装備する武器も『黒の指輪』という、法力を大きく上昇させるもので近接攻撃力を補うものではない。それはさておき、今回の戦いは根本的な能力差に差がありすぎて勝負にならない。一方的な制圧。華の唱える最下級の魔法でも、一発で勇者のHPを根こそぎ奪うことができる。絶望と後悔が唐突かつ同時に現れた時、立場の逆転を飲み込むのだ。

 勇者、戦士、武道家、魔法使いというパーティーだったのだろう。華が戦うのは勇者、聖戦士、波動使いと賢者の4名。勇者以外の仲間が上級職への転職を終えた、見るからに攻撃主体のパーティー。回復はアイテムと勇者の魔法で、という強気なスタイル。強気という点では華に似ているが、華の様に冷静さを内包したタイプではなさそうだ。強気と短気が共存するありがちな性格。根気がぽきんと折れた結果、金策に禁じ手を選ぶ。

 最初のターン、華は何もしない。黙って相手の出方を伺う。対して勇者一行は総攻撃。補助魔法が得意なキャラクターがいればまた別の行動も取り得たろうが、攻撃一直線。敵への与ダメージを最優先。特技や魔法が乱れ飛んで、華に食らわせた合計ダメージは103。このペースだと華を倒すには80ターンほどかかる。華が回復魔法を使わなければ、の話であるが。

 次のターン、華が動く。猫にお手を求めるようにすーっと右手を差し出す。ゆっくり優しく。指先を勇者に向けて、掌にふーっと息を吹きかけた。

「香雪蘭(こうせつらん)。」

華の特技である『花魔法』のひとつで、冷気属性を持つ攻撃魔法である。華の掌がキラキラ光ったかと思うと、瞬く間に粉雪のような光が術者の全身を覆うまでに膨れ上がり、次の瞬間、それが一気に勇者を襲った。勇者に399のダメージを与えた。本来はこの香雪蘭、敵単体にダメージを与え、数ターンの間スピードを20パーセント低下させるという追加効果を発動させるのだが、あくまでそれは耐えた時の話。勇者が倒れ、他の3人も気が付くのだ。手を出してはいけないと。全身全霊、全力投球いうことではなく、華にとっては低級魔法でちょっと牽制した程度。勝負にも話にもならなかった。

 3ターン目、勇者を失った3人は逃走を選択したが、ボスからは逃げられない。華がいとも簡単に回り込んでしまう。ターンを追うごとに独りずつ倒れていく。そして5ターン目、全く抗えないまま全滅、教会送りとなった。唖然としていた勇者が礼を言おうと華に近付くも、華は彼等を素通りし、霧の中へ消えるように姿を消し去った。

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