ゲームスタート⑪
「いい戦闘でしたね。」
スクリーンに見入っていた華がすっと立ち上がりながら呟いた。
「ええ、そうですね。」
魔王も満足気だ。決着を見届け、華は夕食の準備の為に部屋を出ていった。
闘技は2対1の戦いになってからもアルベルトが踏ん張り、一進一退の攻防を繰り広げた。もうもう、どちらが勇者か分かりゃしない。兄の白銀の盾を装備して防御関係のステータスが上昇、加えてヒットポイントが1ターンに30ずつ自動回復する絆イベント。この特殊中ボス戦はここからが本番。通称、強アルベルトとの戦いになるのだが、ボス戦としてはそこまで厳しいものではない。アルカレストの頑張りで1対1に持ち込まれると厄介ではあるが、2対1に持っていければ問題なく勝利できよう。でも格好いいのはあっちの兄弟なんだけどね。
中ボス戦をクリアするとイベントが進行する。闘技城内に両王の側近が唐突に現れ、其々の王に告げるのだ。「我が軍の兵士に紛れ込んでいたモンスターを発見、捕獲いたしました」と。報告を受けた両王は緊急事態ということで闘技を中止、闘技場から姿を消した。中止?そう、中止。実況者もはっきりと中止と宣言した。アルベルトのヒットポイントをゼロにしないとイベントは進行しないのだが、闘技の途中で報告が入り、両王が戦線離脱ということで闘技イベントは終了となる。その際にお待ちかねの報酬がある。第3の選択をした場合、『漆黒の剣』と『白銀の盾』を手に入れ、さらにはアルカレスト王の特技『無色盾』を勇者が引き継ぐ。今後、覚醒と共にコマンド選択が可能となる。そうそう、カジノも闘技場も立ち入り禁止の看板が外される。
序盤はこの闘技イベントで一区切り。選択肢によって報酬の差はあれど、終着点は同じ。晴れて兵士に化けていたモンスターは討伐され、アルカレストとアルベルト間の戦争は終戦を迎えた。そしてアルカレスト王から真の勇者ならば、ということで乗船許可が与えられるのだった。この世界では初の乗り物。船によって新たな大陸へと冒険の間口が広がるのだが、いざ大海原へということではまだない。航路は2つで、1つは新大陸に繋がり、ここからイベントが進行する。もう1つが重要な寄り道、ダーガの孤島のダーガ神殿。今後どれほどストーリーが進んでも繰り返し訪れることになる場所。その目的は転職である。
【ゲームスタート 終】
【第2章 ためるな、危険①】
ぼ~~~・・・・・・・・・
「魔王様、魔王様。起きてらっしゃいますか?」
白米、味噌汁、鮭の塩焼きにスクランブルエッグ。華の配膳した朝食が減っていかない。堪りかねた華が魔王に声を掛けた。
「・・・・・・」
「魔王様?」
「え、ああ、はい。大丈夫、とっても美味しいですよ。」
駄目だと判断した華は再び湯を沸かし、熱く濃い目の緑茶を用意した。
「お疲れのようですが、朝食はしっかりとお召し上がり下さいな。」
珍しくと言っては怒られそうだが、優しく声を掛けて湯飲みを取り替えた。
「うん、ありがとう・・・」
「随分と早い段階で転職の館に行けるようにしたのですね。私はもう少し後になってからと思っていました。」
魔王の食事中、いつもは離れて控える華だったが、見兼ねて隣に座り喋りかけた。
「ん~と、ああ・・・実はですね。ジョブを行ったり来たりできるように調整したんです。転職しても前職のアビリティを引き継ぐことができます。完全に思い通りとは言いませんが、自分好みの能力、キャラクターを作り易くなっているはずです。」
「転職の壁を低くしたのですね。」
「そう、そうすれば攻撃特化にしろ、バランス型にしろ、補助タイプにしろ、自分の好みを出しやすいかなと。」
基本職の調整はとっくに済んでいた。後半になるともう少しジョブの種類が増える。魔王の睡眠不足の原因は上級職や特別職、隠しジョブ、はたまた固有アビリティの設定に時間がかかっているのだろうと、華も大目に見ていた。
「転職の壁を低くしたのは善き事かと存じますが、ほどほどにしないとお体に障りますよ。」
残念ながら華が優しいのはここまでだった。寝惚けているのか馬鹿正直なのか、やめておけばいいものを、真実を白状してしまう魔王。
「いえ。そっちの方はとっくに終わっていますよ。」
「!?」
「ちょっと先の町に雀荘を作ったんですよ。」
「!!」
「華さん、マージャン分かります?でね、私もちょっとやってみたらばまぁ、止め時の難しいこと難しいこと。負けている時はもちろん買っている時も―あっ・・・・・・」
華が茶を下げ膳を下げ。
「お粗末様でした。」
「え?」
「どうぞお部屋に戻られて―」
「あ・・・」
「今度はしっかりお仕事なさって下さいな。」
「・・・はい・・・・・・」
仕事をしなさいと追い払われた魔王は何と、しっかりと仕事を始めてしまった。後半の町酒場で運が良ければ出会うことのできる希少ジョブに関する詰めの作業。この酒場につく頃には、ほぼ全ての冒険者が上級職を選んでいるはずである。冒険開始時の基本ジョブから1度は転職していよう。戦士ではなく、魔法使いではなく、盗賊でも商人でもない。もしも基本職のままということであればアビリティ継承を狙っているか、相当に愛着のあるジョブか。いずれにしろ、後半に入ってから転職をしたり、新しいジョブの仲間を加えるのであれば、それ相応に魅力的でなければ受け入れられまい。ジョブやアビリティを考えたり、ステータスや効果を調整する作業は楽しかった。魔王にとって苦にならない仕事だった。難しくも飽きずにコツコツ1週間。どうにかして華が出かける前に間に合わせることができた。
「それでは数日留守にしますので―冷蔵庫の中にできるだけ作り置きをしておきましたので、しっかり食べて下さいね。」
城門まで見送りに来た主人にしっかりと指導する。魔王城に魔王を独り残すことにかなりの不安を覚えているようだ。
「華さん、俺だってその気になれば料理くらい―」
「食材は一切残しておりませんので、その気にはならないで下さい。」
「は~い・・・信用ないね、俺・・・」
「フフ・・・火の元だけは気を付けて下さい。お煙草も程ほどに。」
「分かった。」
「それでは行って参ります。」
「行ってらっしゃい。くれぐれも無理しないように。」
「はい。」
そう言ってお辞儀をしたまま、華の姿がゆっくりと薄れていった。
華が発ち、せっかく外にいるのだからと煙草の箱を取り出したが、一呼吸おいて思いとどまった。再び胸ポケットにしまい、城内へ引き返す。本件の原因の根本と解決策は分かっていた。
ルナを預ける為の『預り所』を敢えて作らなかった魔王。冒険が進むにつれて装備品の価格がインフレを起こしていく。預り所がないので、お目当てのアイテムを買うまでは大金を持ち歩かなければならない。全滅してしまうとレベルと持ち金がパーになってしまうこの世界ではリスクしかない。冒険が進みレベルが上がれば、いとも簡単に全滅、やり直しということは確かに少なくなる。危機に瀕した時の対処法、手段を複数持ち合わせているからだ。反対に序盤はキツイ。やばいと思っても運を天に任せて逃走を繰り返すことしかできない。とはいえ、背負うリスクは時を追うごとに取り返しのつかない大きさに成長していく。
難易度調整ということではなく、親切心ということで預り所を作ってはいかがでしょうか。華から提案を受けた魔王だったが、現在の所、首を縦に振りそうにない。預り所があれば貯めたルナをいつでも預けられるし、引き出せる。大金を所持したままの移動や戦闘というリスクを排除できる。それができないということは、お目当ての商品を購入するまでリスクが付きまとう。どんどんと大きくなる。強力な武器ほど、強固な防具ほど、有能な防具ほど。平たく言えば、ストーリーが進むにつれて物価が高騰する。華の進言する理由を魔王だって理解していた。ルナ稼ぎに時間がかかり、一獲千金の夢もメダル限定。全ての勇者が苦労する。そんな時に何が起こるか。勇者がどのような行動を起こすのか。
面倒で時間がかかる。単調な作業の繰り返し。それがレベル上げであり、ルナ稼ぎである。コツコツ地道に積み重ねなくてはならないけれども、成果が必ず現れる。しかも目に見える形で。戦闘に勝利する度にルナと経験値が手に入り、レベルが上がればステータスも上昇する。結果の約束された努力なんて幸せなことだろう、だから継続できるはずだ。そんな魔王の淡い期待は容易く裏切られる。追剥ぎ勇者の登場である。勇者が勇者を襲い金品を強奪する。手口はこうだ。犯人達は地域の推奨レベルよりも高い状態で身を潜めて獲物を待つ。少し先まで進んで戻ってくるという輩が多い。それはそうか、返り討ちに遭っては笑い話にもならない。自分達よりもレベルの低かろうパーティーを見つけて急襲する。いわゆる辻強盗という奴だ。モンスターと繰り返し戦ってちまちま稼ぐことを諦めた勇者。カジノで無一文となり再起を諦めた勇者。ふと間違った解決法を閃き勇者を諦めた勇者。全滅した側の勇者一行は教会からやり直し。ルナゼロでリスタート。
正直、襲われた方が取ることのできる対策はない。戦うか逃げるか。もちろん戦って追剥ぎを追っ払うことができればよいのだが、基本的に敵の方が高いレベルなので難しい。最善の策はやはり逃げることだろう。ただしこちらも一種の賭けだ。逃走に失敗すると、そのターンは敵の総攻撃を受ける。もちろん防御姿勢も取れないから大ダメージは必至だ。逃走成功率は50パーセント弱。運が悪いと何もできずに全滅させられてしまう。何が何だか、理解の追い付かぬ内に教会送りだ。
事態を重くみた華が人間界へ赴くことになった。魔王の指示ではなく、華自身が請願して。華さんがそんな危険を冒すこともないでしょうと初めは止めた魔王だったが、華が押し切った。
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