ゲームスタート④
『勇者の証』を手に入れて村長に真の勇者と認められた一行は、『誘(いざな)いの祠(ほこら)』へと案内される。ここもいわゆるダンジョンで、モンスターも出現するのだが、ここを通り抜けた暁には城下町が待っている。お察しの通り、この城の王様から次のイベント情報が得られるのだが、焦らずともよい。城下町は魅力で一杯だ。
まずは店を回ってほしい。武器、防具はもちろん、道具屋も忘れずに覗くこと。面白いモノが必ず見つかるはずだ。また昼と夜で品揃えが変わるのもこのアルカレストの特徴。それとカジノ。スロットやポーカー、ブラックジャックにルーレット。ルナをメダルに代えて、目指すは一攫千金。最も、初めて訪れた際には改装工事中でポーカーとブラックジャックしか利用できない。スロットとルーレットに関しては王様からの依頼をクリア後、思う存分遊ぶことができる。ちなみにメダルは全てアイテムとの交換となっていて、ルナへ戻すことはできない。
さて、この『アルカレスト城』に辿り着くには誘いの洞窟の出口付近で待っている中ボス『ギガントベア』を退けなければならない。その名の通り大きな熊。1番最初の中ボスということで攻略自体は難しくない。脳筋なんて表現されるタイプの敵だ。攻撃力だけ馬鹿みたいに優遇されているがそれ以外、特にスピードが遅い。4人パーティーの全員がほぼ先に行動できる。特徴がはっきりしているだけに、攻略法が解けてしまえば単純な中ボス戦である。倒すだけならね。
進捗でトップを征くパーティーが挑む初めての中ボス戦。その様子を魔王は華を自室に呼んで共に観戦した。余談だが、魔王は全ての情報を華に公開、伝達しているわけではない。いくつかの項目については秘密にしていた。その一つが中ボス戦である。能力はもちろん、容姿や名前も。よって華は初見。どのような反応を示すか、きっと魔王は楽しみにしていたことだろう。ちなみに2人の前には、やはり冷めたコーヒーが置かれていた。
「魔王様。祠を抜けた先の『ロストアーマー』ですが―」
「え、中ボスじゃなくて、一般モンスターについて?」
未知の中ボス戦についてあれこれ訊いてくる華を期待していた魔王。それを飛ばして、祠を抜けた後のモンスターについて華は話を振ってきた。どこか戸惑い、ちょっと寂しそうな魔王だった。
「ええ、中ボスはこれから拝見させて頂きます。ロストアーマー、随分と人気があるようですよ。外見、能力、ヒールスライムを呼ぶこと。良いモンスターのようですね。」
「人気が・・・ある?」
「いえ、何でもありません。失礼致しました。」
華ははにかみながら、眼鏡の位置を直しつつ話を区切った。
さて、本題の中ボス戦。挑む4人は勇者、戦士、僧侶、魔法使いと言った標準的なパーティー構成。彼等の平均レベルは8。妥当な所。戦闘が始まると、やはり先制を取ったのは勇者達だった。勇者、僧侶、魔法使い、戦士の順にターンが回ってきた。素早さのかなり遅い戦士の後ということは中ボスのギガントベア、毎ターンほぼ必ず最後に行動するということになりそうである。確実にダメージを与えられるし、回復が間に合わないということもなさそうだ。焦点は敵の腕力がいかほどか、という一点。華もそこにだけ注目して映像を眺めていた。そして隣の魔王はというと、ニコニコしていた。すぐそこにある未来が楽しみで仕方ない。興奮が我慢できずにだらだらと零れていた。
ギガントベアが戦士を殴りつける。お約束通りの遅く、重い一撃。回避率の高い武道家や盗賊であれば数回に1度は空振りさせられそうだ。重装備の戦士だから喰らってしまう。気になるそのダメージは86。戦士の最大ヒットポイントは93。瞬きしている間に瀕死状態になってしまった。重装備負荷の魔導士系や武道家、盗賊であれば即死である。ヒットポイントと防御力の高い壁役だから耐えられるギガントベアの一撃。勇者達は大慌てで回復を図るのだった。薬草はあといくつ残っているか。回復魔法は残りのマジックポイントであと何回唱えられるか。防御に徹して被ダメージを半分に抑えて―RPGの基本はまずディフェンス。与えるダメージよりも受けるダメージを重視し、計算し、確実に生き残れる作戦を実行する。その練習が最初の中ボス戦だった。
今の所は沈黙を貫く花。じっと戦況を見守っていた。
「ヒントは与えているんですよ。村人のひとりに話し掛けると『力の強い者にしか挑まない熊がいる』というメッセージが訊けます。」
得意気に魔王が明かした。
「攻撃力の高い者を狙うように設定されたのですか?」
「その通り。だから戦士が攻撃されます。戦士のいないパーティーなら勇者かな。」
「宜しいかと思います。防御に徹すれば十分に耐えられます。スピードも遅いので回復も余裕をもって間に合うでしょう。一工夫で戦闘がかなり有利になります。初の中ボス戦としては宜しいかと思います。」
珍しく華がOKを出した。ということは、魔王が珍しく普通に業務をこなしたようだ。
「勇者独り旅だと厳しいですけどね。」
「その点は考えなくて結構かと―独り旅に縛るのは勝手ですが、結果については自己責任ですから。」
スクリーンでは引き続き勇者一行とギガントベアの戦闘が行われていた。戦況は勇者達が優勢だった。
「そろそろかな・・・」
呟く魔王に
「HPはいくつに設定されたのですか?」
「300。」
「では次のターンか、その次のターンで決まりですね。」
「さて、どうかな。」
にたりと笑い、魔王の瞳がきらりと光る。華も何か起こると、魔王の仕種から予期したことだろう。ひやりとすることが始まらなければいいけれど、と。そんな華の予想が当たったか外れたかは分からないが、ギガントベアの累計ダメージが300を超えるとイベントが始まった。今にも倒れそうなギガントベアに仲間が駆け寄る。『ブラウンベア』が2匹。ギガントベアを庇うように立ち塞がった。戦闘はそのまま継続し、ギガントベアが攻撃対象から外れた。勇者一行vsブラウンベア×2。大の字に広げる手足は威嚇かそれとも―
ギガントベアより二回り、三回り小さなブラウンベア。ギガントベアより素早さは上、攻撃力は下。見た目通りの戦闘能力を持っていた。熊というよりかわいい子犬。
「一応、ギガントベアの子供という設定です。なかなか泣かせるでしょ。」
「最初の中ボス戦から連戦ですか・・・」
泣かせるかどうかは問題視しない華。初の中ボス戦くらい分かり易く区切りをつけられないのですか、と顔に書いてあったが、言いたいことをぐっと堪えて戦況を見つめる。実は村人から大きな熊には子供がいるらしい、という話が訊ける。ただしここから連戦を連想するのはなかなか厳しい。
名目上は2回戦。アイテムをほぼほぼ使い果たした勇者一行。回復は僧侶の魔法が頼りだが、こちらのマジックポイントも残り僅か。追い詰めたのか、追い詰められたのか。
さて、ブラウンベアのヒットポイントは高くない。祠内の一般モンスターと同程度。防御力も同様。だから倒そうと思えば数回の攻撃でけりが付く。けりは付くが、後味は悪くなる。村人との会話やブラウンベアの構えをヒントに果たして気付くことができるだろうか。ブラウンベアは攻撃をしてこない。親熊を守る為に立ち塞がるだけだ。だからブラウンベアを倒しても戦闘は終了するし、防御を3ターン継続しても戦いは強制終了する仕様となっていた。ギガントベアとブラウンベア2匹を見逃す結果になると、彼らは特殊アイテムを残して去っていく。
ブラウンベア2匹を倒して戦闘を終えた場合は、ギガントベアが子熊2匹を背中に乗せて去っていく。ウォーンという鳴き声を残して。
「勇者を悪者にしたいのですか?」
華のどこか奇妙な質問に変な空気が流れる。魔王にそのような意図はなかったし、たとえ勇者が悪者になった所で華が困る訳でもなかった。
「まぁ、悪者は我々ですから・・・ね。」
「・・・そうですね。」
その空気を嫌った、ということではないだろうが、魔王が珍妙な告白をした。
「僕はね、華さん。勇者が正義の味方とか、スーパーヒーローじゃなくてもいいんじゃないかって思っているんですよ。もっと人間臭くて、わがままで、自分勝手で。そうじゃないとやっていけないんじゃないかと思っているんです。」
「そう・・・・・・ですか。」
やや俯き加減で答える華は、それ以上応じなかった。
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