百々神さくやは使われたい

 僕が家庭教師として百々神ももがみさくやさんを受け持って、すぐにわかったことがある。

 百々神さんは変態だ。


「先生。練習問題、終わりました。答え合わせをお願いいたします」

「どれどれ、解けてるかな? それじゃ赤ペンを……」

「用意しなくて大丈夫ですわ。わたくしが赤ペンになりますから」


 僕の前で、百々神さんは黒髪ロングの姫カット少女の形態から変態し、赤のマーカーペンの姿になった。


「あ、ああ……ありがとう……。まあ、じゃあ使わせてもらうけど……」

「はい。どうぞわたくしをモノのように扱ってくださいませ」

「……あー……うん……」


 どうやって喋っているのかはわからないが赤ペンの姿の百々神さんは言い、僕に体を委ねた。

 僕は百々神赤ペンを手に取り、キャップを外し、ノートに丸をつけていく。


 まるっ。


「んっ……」


 まるっ。


「う……く……」


 ここは……バツ。


「ひぐっ!? く、ふ……っ。んく……」

「終わったよ、百々神さん」

「はぁ、はぁ、はぁ……。お使いいただき、ありがとうございます、先生。ご奉仕できて嬉しいですわ」

「うん……。とりあえず、人に戻ろっか……」

「はい」


 百々神さんは僕の手の上で、赤ペンから、人間に戻った。

 位置としては当然、僕の腕の中に百々神さんが横たわることになる。

 座りながら百々神さんをお姫様抱っこする形になった。

 百々神さんが、「きゃっ」と両頬に手を添え、恥じらう。


「うふふ。先生に抱かれてしまいました」

「これ答え合わせの度にやるのやめない?」

「えー。でも、先生」

「でもとかじゃな……」

「先生も、頬、赤いですよ?」


 僕は言葉に詰まる。目を逸らす。

 すると、百々神さんは綺麗な顔を余計に近づけてくる。


「ち、近い……」

「照れてますの?」

「僕は家庭教師だ……。勉強を教えたら、帰る。今日はもう終わりでいいよね?」


 百々神さんから離れ、僕は帰り支度をする。危ないところだった。何がとは言わないが危なかった。


「先生」


 呼びかけられ、僕は百々神さんの方を見る。

 百々神さんは、部屋の扉の前でお地蔵さんの石像の姿になっていた。


「あれれ、扉の前にお地蔵さまが! これはどかさないと帰れませんわね! でも重いから力を込めないとどかせません! さあ、わたくしを乱暴に蹴るなり突き飛ばすなりで、どかしてくださいませ。わたくしに乱暴しないと出られない部屋ですわ! さあ、来て……わたくしをめちゃくちゃに……」

「こちょこちょこちょ」

「ひっ!? うひゃっ、ひゃわわっ!? ひぃぇっ、ひ、ひゃや~!」


 百々神さんは僕のくすぐりで人間態に戻った。

 僕は颯爽と百々神さんの部屋を脱出した。

 玄関で靴を履いていると、百々神さんが来て、涙目で頬をぷくっと膨らませる。


「ひどいですわ、先生……。もっとわたくしをモノ扱いしていただきたいのに……」

「それ、親御さんがいる時には絶対言わないでね……。じゃあ、また。次は金曜に来るよ」

「はい。お待ちしております」


 にこ、と清楚に微笑む百々神さん。その姿だけ見ると普通の女子高生だ。特殊能力と特殊性癖を持ち変態する少女だとは思えない。

 なんというか、ある意味難しい子を受け持ってしまったなあ……。

 僕は玄関のドアノブを捻る。


「ひゃっ! 先生……そこは……」

「えっ、あっ?」


 僕は慌ててドアノブから手を離す。また百々神さんが変態を!? 今度はドアノブに!?

 しかし僕が振り返ると百々神さんは今まで通り人間態で立っている。

 悪戯っぽく口角を上げて、「くすくす」と笑っていた。


「なーんて……冗談ですわ。ふふっ、それではまた今度お会いしましょうね、先生。今日からずっと、ドアノブを見るたびに、わたくしのことで頭をいっぱいにしてくださいまし」


 ごきげんよう~、と胸の前で手を振る百々神さん。

 僕は苦笑いをする。

 本当に、この子の相手は大変だ。




【おわり🖋️】

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