女の子が可愛いだけ短編集
かぎろ
成仏しないで、メスガキ霊ちゃん!
『家賃五千円! 駅まで十五分、あの世まで一秒!』
『事故物件初心者歓迎! 今なら無料でお札を配布!』
『-君ハ恐怖ニ打チ克ツコトガ出来ルカ?-』
というやばすぎる触れ込みのボロアパートに住んでみることにしたんだけど当たりだった。なぜなら……
「ただいまー」
「おかえり、おにーさん♥ 罵倒にする? 足蹴にする? それともぉ……は・い・ぼ・く?♥」
「全部!!!!!!!!!!!」
「くふっ♥ よわーい♥」
……こんなに可愛いメスガキ幽霊ちゃんと暮らせるからだ!
「はあ……可愛い幽霊ちゃんが家で待ってくれてる生活尊い……涙腺が負けそうだ……」
「ざっこ♥ れながここにいるだけで泣いちゃうんだぁ♥ おとななのに、なさけなーい♥」
れなちゃんは僕を小ばかにするような目つきをして、にひひっ♪と笑った。周囲でふよふよと浮かぶ人魂までもが、僕を見下している気がする。
ありがたや……。
床も壁もボロくて、風呂もトイレも汚くて、全部の窓の建付けだって悪かったけど……ここに引っ越してよかった……。
越してきた当時はもっと状態が酷くて、住空間をどうするか途方に暮れていたけれど、そんな僕の前にれなちゃんは現れた。れなちゃんはあの頃は虚ろな目をしていて、布団で寝ていると耳元で呪詛を囁き続けてくるような悪霊だった。今でも、わるーいメスガキ霊♥だけど。
僕はれなちゃんという可愛い女の子が添い寝してくれて呪詛ASMRで寝かしつけてくれるという状況に歓喜した。歓喜しすぎて呪いが効かなかった。むしろ静かすぎると一人で悶々と悩んでしまう僕にとって、寝る時にいつも囁き声があるのはありがたく、久しぶりにぐっすりと眠ることができた。
不眠で体調を崩し、大学を休学しようかという瀬戸際にいた僕の、恩人。
それがれなちゃんなのだ。
「どーしたの? そんなにれなを見つめて……視線がいやらしいんですけどぉー♥」
「い、いやらしくないよ! 大人をからかうんじゃない!」
「くふふっ♥ 慌てるおにーさん、かわいー♥」
れなちゃんは白装束の裾を指でつまんでひらひらさせた。細くて白い太ももがチラッチラッと露わになる。うぅ……わからせたい……! うずうずしていると、れなちゃんは、べっ♥と舌を出しながら微笑んだ。
寒気がするほど愛らしいれなちゃんの笑顔。
初めはこんな笑みを見せる子ではなかった。
僕が、恩人であるれなちゃんのためにボロ家をできる限り綺麗にしたから、心を許してくれた……そう思うのは、思い上がりだろうか?
いかにも幽霊、といった白装束を、れなちゃんは自身のアレンジを加えて着こなしている。全体的に桜色をベースに染めているほか、華奢な肩を露出するようにはだけていて、子どもの癖にませた感じだ。指先まで覆い隠してもなお余る、ぶかぶかの振袖。周囲をふよふよと浮かぶ人魂にも、一つ一つにリボンを結んでいる。細やかだ。
享年十二歳らしいけど、背伸びのおしゃれをしていて、ほほえましい。
きっと、中学生や高校生や、大人に、憧れていたんだ。
僕は一人で頷いて、自分の鞄の中をごそごそ探る。
「れなちゃん」
「なぁに? ざこのおにーさん♥」
「今日はプレゼントがあるんだ」
「えっ! ほんと!? ……こほん。へ、へえー?♥ 貧乏なおにーさんのよわよわ財力でー、れなを満足させられるかなぁ?♥」
「れなちゃんの命日は、昨日なんだよね?」
三月五日。
図書館で地域の新聞を調べたら、この日にこの地域で亡くなったのは一人だけだった。名前も年齢も一致した。その少女は、小学校の卒業を前に、不幸な事故で命を落とした。
「え……。おにーさん、どうしてそれを……。その通り、だけど……」
「そして、当時の三月六日は、小学校の卒業式だった」
「……!」
僕は息を大きく吸いこむ。
声を張り上げた。
「卒業証書、授与!」
「ふぇっ!?」
「道明寺怜奈さん!」
「は、はいっ! っ!? ……っ!?!?」
「あなたは晴れの日も雨の日も元気いっぱいに通い続け、小学校の全課程を修了したので、これを証します!」
「わ、わわわ!?」
「そしてこちらは卒業記念品! 中学生活で役立つ、お高めの文房具だよ!」
「ふぇ……お、おにーさん……! あ、ありが」
「あと中学生活で役立つ体操服とスク水とチアリーディング部の衣装だよ!」
「ばか♥ 変態♥ きもすぎ♥」
「れなちゃん」
れなちゃんの目をまっすぐに見つめる。
「六年間の小学校生活、楽しいことも、悲しいこともあったと思うけど、こんなに優しくて将来への希望に溢れたれなちゃんが卒業できなかったなんて、つらすぎる」
おしゃれをするという憧れを形にして、どんどん生き生きとしていくれなちゃんを見るのが、いつの間にか僕の生きがいになっていた。
「僕は中学生になるれなちゃんを、高校生になるれなちゃんを、大人になっていくれなちゃんを見たかった。そしていま、僕には見えるよ。立派なお姉さんになっていく、未来のれなちゃんの姿が」
「……おにーさん……」
れなちゃんは、ちょっと呆れたように溜息をつく。
「れなのためにこんなこと準備してたなんて……余計なお世話だって思われたらどーするつもりだったのぉ?♥ 想像力よわよわ♥」
「それでも、僕はれなちゃんの卒業を祝ったと思う。エゴでも、気持ちを伝えたかった」
「おにーさん……♥♥♥」
錯覚かもしれないけど、れなちゃんの目にハートマークが浮かんだ。でもすぐに不機嫌な顔に変わった。あれ? やっぱり錯覚? だけど、ちょっと表情がわざとらしい。
「ふ、ふーんだ! そんなの、おにーさんが勝手に伝えたいって思っただけじゃーん。れなは、ちーっとも嬉しくなんてないもーん。ほんっと、ばかみたい。ばーか。ざぁーこ。ろりこんのヘンタイ♥ おにーさんのことなんか――――」
――ぜんぜん好きになんてならないんだからね♥――
ん?
――んぇ?――
「あの、れなちゃん。声がどことなく神秘的になってない? 消え入りそうな……というか、え!? 体透けてない!?」
――あ……ほ、ほんとだ! こ、これ、成仏ってやつ!?――
「えええええ!? そ、そうか! れなちゃんの現世への未練が、小学校を卒業できなかったことなのだとすれば……」
――う、うそ!? あ、ああ、なんか、心がふわふわしてく……。でもぉ……♥ おにーさんが寂しがるから、成仏はまだちょっと早いかな♥ しょーがないから、ここで踏ん張って成仏は止め……――
「う、うぅ、うぅぅぅぅ~~~………………」
――……お、おにーさん?――
「…………ッ! わかった。決めた。成仏するんだね、れなちゃん。僕はそれを……うぅっ……受け入れる!」
――ふぇぇっ!?――
「天国でお母さんやお父さんと幸せに暮らす方が、れなちゃんのためだ……。だから、れなちゃん。心置きなく成仏するんだよ」
――ちょ、ちょっとまっておにーさん!? こーんな可愛い女の子と生活できなくなるんだよぉ?♥ 寂しいよね? ほら、いつもみたいに情けなくお願いしてよぉ♥ 一緒にいたいよ~って♥――
「否。拙者の決意は固いで候」
――武士道!? あっ、嫌っ、体がどんどん透けて――
「さよなら。れなちゃん。……ぐすっ。天国から、時々見ていてね」
――や……――
「……れなちゃん?」
――やぁだっ! まだおにーさんと一緒にいるのぉっ!――
「ええっ!?」
――れな、おにーさんのこと大好きだもんっ!♥ まだまだおにーさんと遊び足りないんだもんっ!♥ おにーさん、ずっと一緒にいてよぉっ!♥――
「れ、れなちゃ」
――おにーさんがこのおうちに引っ越してきた時、嬉しかったけど、苦しかったの。れなはこの人を呪わずにはいられない。だって、未練や恨みつらみを聞いてほしい気持ちを、我慢できないから……。でもおにーさんは、ぜんぶ受け止めてくれた。それどころか、れなのこと、かわいいってゆってくれた! れなのために家を綺麗にしてくれて、大事にしてくれた……! だから、大好きなのっ!♥――
「れなちゃん……で、でも」
――ばか! おにーさんの鈍感! からかうのも、いじめるのも、おにーさんが大好きだからだよ? 気付いてよっ! れなは、れなは、おにーさんが思っているよりも何百倍何千倍、何万倍もおにーさんのことを
「あいしてるんだからぁ~っっ!!!♥♥♥」
れなちゃんの声と体が元に戻った。
成仏、キャンセル。
僕とれなちゃんは、目をぱちくりさせながら顔を見合わせる。
やがて僕は、頭の後ろを掻き、照れ照れ……としながら笑った。
そ、そうか~。
れなちゃん、僕のことそんなに好きだったのか~。
両想い、かぁ~。
僕は……
れなちゃんの白い頬が、みるみるうちに耳までピンク色に上気していく様子を、心の中の額縁に飾るように大切に、刻みこむのだった。
「な、なーんてね♥ うそだよぉー♥ 本気にした?♥ ざこざこおにーさん♥」
「今回は僕の勝ちだね」
「う……」
「くっくっく……わからせてやったぜ……」
「うぅ、うぇぇぇぇん……恥ずかしいよぉ……」
「あっ!? あわわ、泣かないでれなちゃん! ご、ごめん!?」
「もうお嫁に行けない……おにーさんのところ以外には……♥」
「えっ? そ、それって」
「……くふっ。うそ泣きだし。てゆーかなに鼻の下伸ばしてんのー?♥ ろりこんきも♥ へーんたい……♥」
――ああ――やっぱ負けるの気持ちいい――
「おにーさん死んでないのに成仏しそうになってるよぉ!?」
【おわり💕】
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