ローガンさん

双葉紫明

第1話

僕はスノーボードインストラクターをしている。

冬場の大切な副業だ。

もう10年、ローカルライダーだからたくさんレッスンさせてもらってる。

校長とは同い年、この10年でお互い歳を取った。

僕は老眼だ。

校長も老眼だ。

僕は視力が良かった。

校長も視力が良かった。

僕は馬鹿だ。

校長も馬鹿だ。

「俺たち身体強いからウィルスに勝ってるじゃん?」校長は言うけど、違うと思う。

僕は認知がおかしい馬鹿だけど、校長は脳筋だ。

その証拠に似たような背格好で体重は20kgくらい違う。

そのすべてがおそらく筋肉だろう。


その日も朝、小屋で準備をしていた。

受け付けに来た中年女性。

スチャ

スマートに老眼鏡を装着する校長。

しかし僕もだけど、校長が眼鏡を掛ける日が来るなんて。

「じゃ、こちらにお名前をフルネームで、フリガナもお願いします」

「ひ…ロ…コ、、さんですよね?」

「え?はい」

何故か僕を見て、ニヤリ。

どうしたんだろう。

歳が近い女性だからかな?

それとも僕に「ヒロシ」が鬼門だからだろうか?まあ良いや。

48歳、スキー経験アリ。

「大丈夫ですかね?」

「僕も始めたの38だったし、60代の受講者も居るんで全然大丈夫ですよー」

なんてやり取りをして、ヒロコさんは出て行った。

堪えかねた様に校長は、満面の笑みで受付け票を見せ、「俺、ヒロコってのが、ピコに見えちゃってさー。老眼だから。ピコさんって間違えて呼んだらまずいらー?だから確認したんだけど。自分絶対笑うなと思って」

滝の様に溢れる言葉。


○○紘子 ○○○○ヒロコ


どう間違えそうになるんだろう?

ネタだろうか?

彼なりのサービス精神だろうか?

確かに僕は駄洒落には目がねえ。

大好物だ。

ならばありがとう。

いや、待てよ。

「ユ」と「コ」の書き間違い、例えば「ユウマ」を「コウマ」とか「ア」と「マ」間違えて「アイル」を「マイル」とかはしょっちゅうだ。

ついこないだも常連でお母さんの顔も見知った「レミ」ちゃんが、ホワイトボードに「デミ」と書かれているのを指摘したら、さっきと同じ顔で笑ってた。

脳筋は侮れないんだ。

絶対老眼のせいじゃない。


それでも老眼は不便だ。

特にスマホの画面上の文字が見えない。

眼鏡は昔から耳が痛くなって苦手で、サングラスもあんまりしたくなかったけど、読むのも打ち込むのも老眼鏡が手放せない。

でも元妻は言った。

「眼鏡した方が良いね」

ほとんど貰えなかった褒め言葉のそのひとつ。

思い出すと目がね、潤んじゃうくらい。

大切なたからもの。

眼鏡のおかげで貰えたんだ。

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ローガンさん 双葉紫明 @futabasimei

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