第6話 なっちゃん

リンゴ味で有名のメーカーさんから発売されている『なっちゃん』のキャップである。なんと社名ロゴどころか『←あける』といった表記すら無く、あるものといえばニコニコした顔(眉、目、口のみ)と、申し訳程度に乗せられた緑の葉っぱが一枚である。葉っぱ一枚あらば…とは誰ぞの歌で存在したと記憶しているが、ここまで潔い処理のキャップは初めて見た。無地よりもはるかに清々しくも潤しい。この笑顔に魅入られたものは、間違いなくなっちゃんの安心感に包まれることとなる。それはなぜか。それは、そう…人間だれもが最初に目にするであろう、母親か父親の笑顔を目にするであろうからだ。


笑顔。それは原始の悦び、安心、安堵、安寧、安泰の表情である。笑顔は癒しをもたらし、争いを仲介し、罪を赦す。「笑顔」ほど大事なものはない。それは「彼方」から「此方」への絶対的包容力の証であり、見るものすべてに安堵のため息をつかせるからである。かつてこのような奇抜な、いや、やさしいキャップが存在したであろうか。笑顔で語りかけてくれるキャップ。ドリンクを飲む前に、「もう飲めるよ」と安心させてくれ、飲んだ後でも、「また飲めるよ」あるいは「次に買うときでも、また飲んでね」と柔和に語りかけてくれる。


単調な社名ロゴは、ブランド力を発揮し、見物客に威容を見せつける。奇をてらったフォントは、野次馬根性に火をつける。だがこのキャップはどうだ。そのどちらにも属さず、媚びず、諂わず、それでいてどこか魅かれるところがあるではないか。それが笑顔であるとは、俺がこれまで述べてきた通りである。こんなキャップがあってたまるか。もちろん、いい意味で、である。

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