腹が減っては旅はできぬ―800字異世界旅Ⅷ―

かこ

◇◇◇

 メイン通りに面したテラス席で、フォークを使いこなすゲンにリノは首を傾げる。


「ゲンさんってどうしてそんなに器用なの?」

「なんだ、藪から棒に」


 ガーリックオイルで煮込んだ海老を口に運んだゲンは器用に片目だけをすがめた。

 リノはきのことトマトのパスタをフォークに巻き付けながら、ゲンの手を見つめる。


「わたしの親指ぐらいの手なのに、よく持てるなって。やっぱ、精霊だから?」

「全ての精霊が使えるわけではないぞ。色眼鏡で見るな」

「じゃあ、練習したの?」

「見よう見真似でなんとでもなる」

「ゲンさんが器用ってことか」


 納得したような、しないような顔をそうだなと受け流したゲンは巻き貝の入った皿をリノの前に押した。皿どうしがぶつかって、かちりと鳴る。


「こんなに食い意地がはってる精霊もいないと思うよ」

「誉め言葉として受け取ってやろう」


 リノは慣れた様子で巻き貝の身だけを取ってやり、ゲンの皿に取り分けてやった。


「 ママぁ。お姉ちゃんがイタチのお世話焼いてるぅ」

「そうね、やさしいわね」

「わしは、カワむぐ」


 怒鳴り声を上げる前に、リノはゲンの口に巻き貝の身をつっこんだ。


「あーんまでしてあげてる! あたしもやりたい!」

「そうね、いつかね」


 いつかって明日?という声は遠ざかっていく。

 リノに取っては微笑ましく思える会話もゲンにはそうでもないらしい。


「あの小娘、灸をすえてやろうか!」


 リノの翻訳魔道具は『灸』をきちんと訳さなかったが、説教したいという意味だろうと理解した。巻き貝を取り分け終えたリノは苦笑する。


「そんな意地にならなくても」

「わしはカワウソだ!」

「水も操れて、フォークも使える器用なカワウソはゲンさんしかいないって。お説教しに行くなら、私が全部食べるし、船も一人で乗っちゃうから」

「……フィッシュサンドで手を打とう」

「ここでしか食べられないってやつ?」


 そうだと頷くカワウソに、はいはいとリノは答えた。

 そうして、旅は続いていく。


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