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 それは余りにも突然だった。


 ニドリード要塞やニニスにいた新種の《セーサラン》が、なぜか突然、自分たちのレーダーに現れたのだ。


 基地司令、マリゴ少将が直ぐにリグ・シードや対空ミサイル要員に迎撃を命じたが、新種の《セーサラン》は直ぐそこ。とても間に合う速度ではなかった。


 幾つもの眼砲がオバド基地を照準に収め、今まさに発射という瞬間、どこからともなく翼の腕を持つ少女が現れた。


 リグ・シードを操る者たちは、それがソルディアル・モードであることを理解したが、それを実体化できるパイロットに心当たりはなかった。


 スペシャルエースを筆頭に『エース』の称号を持っているのは十五人。どれもがソルディアル・モードを展開できる人類の英雄だが、翼の腕を持つ少女を実体化でくる者などいない。いたらニュースになるくらい騒がれているはずだからだ。


 驚きと疑問で立ち尽くしていると、新種の《セーサラン》の眼砲が1つ、翼の腕を持つ少女へと向けられた。


 一撃が放たれる。


 モニター越しにもわかる程の強力な光力線を、翼の腕を持つ少女は、翼を畳んで回避し、直ぐに翼を広げてその鼻先を掠めるように翔抜け、光力砲級の"光の羽根"を幾十と放った。


 直撃する光の羽根が爆発を起こし、空を光で染め上げた。


 その事実を受け入れできない数人が腰を抜かし、辛うじて事実を受け入れた者は頬をつねった。


 だが、受け入れがたい事実はまだ終わらない。


 翼の腕を持つ少女に鼻先をを斬られ、幾十もの光の羽根を食らったことでてきた一瞬の間に、近くの森の中から紫色の光力線が飛び出した。


 太さは一般的スカブ・シードの光力砲と変わらないが、籠められた威力は眼砲の比ではなかった。


 新種の《セーサラン》もそれを感じ取り、回避するが、ありえないことにその紫色の光力線が軌道を変えて後を追い出したのだ。


 ありえなかった。いや、スペシャルエースが光力砲の軌道を変えた記録はあるが、追い掛ける光力砲など聞いたこともない。この目で見ても信じられない光景であった。


 もう現実を受け入れたくないというのに、現実はまだ許してくれなかった。


 光力線が追い付き、飛行型竜種の頭部に直撃した瞬間、『シャラズ工房』製のリグ・シードが忽然と現れ、その両手に握る炎の剣で首を一刀両断した。


 まるでレーザーメスで切り裂かれたように首が離れ──行く途中で新種の《セーサラン》が分離。飛行形態のドラゴンと人型形態──《001》に解かれてしまった。


 首を斬り裂かれながらも飛行を続ける飛行形態のドラゴンから三十以上もの莢が射ち出された。


 全ての者が射ち出された莢に集中する。


 その戦法は教科書に載るくらい有名で、最優先で撃墜するものだと教えられてきた。だが、リグ・シード隊も対空ミサイル要員も、いや、基地司令官でさえ動くことがてきなかった。これまでの出来事に魂を抜かれていたのだ。


 地上まで約六十メートル。莢のような強襲用降下ポッドがまさに中には収容されている小型セーサランを放とうとしたとき、莢の数だけの光力砲が現れ、正確に射ち抜いた。


 見ていた者の理性がそれで切れてしまったが、この状況を冷静に、事実を正確に受け止めていた者が三人いた。


 いや、正確にいうのなら二人と一匹。ネアトとララン、そして、《ドラゴン・アーマー》を纏う"リザードマン"であった。


 全てを射ち落としたラランは、機体を特殊防衛形態へと変形し、管制塔の上へと翔け、ソルディアル・モードを全開にした瞬間、飛行形態のドラゴンが自爆した。


 閃光と轟音の嵐。そんな凄まじい光景に、オバド基地の者たちは放心していたが、その上空で放心どころか心肺停止してしまうくらいの戦いが繰り広げられていた。


 ドラゴンブレスと光炉弾の射ち合い。まさに目も眩むような戦いだった。


 その光と戦いの影響も激しく、半径四百キロ内のマナを使用した機器はシャットアウトし、その戦いを映していた通常カメラの全てが焼き切れてしまった。


 だが、一人と一匹の"眼"と"勘"は死んではいなかった。存在を的確に、肉眼で見るよりはっきりと、己の敵を捉えていた。


 両者が光となる。


 まるで太陽のように輝きを見せる両者が光の矢のごとぐ同時に射られ、そのまま激突する。


 生まれる衝撃が波となり空間を歪ませ、地上を薙ぎ払う。


 更に光の矢は激突を繰り返す。何度も何度もぶつかり合った。


 それはもう、ただぶつかり合うだけの消耗戦。いや、己の命を削る自殺行為だった。


 続々と集まる無人偵察機や監視衛星が、近づくことはできない。見ることもできない。両者の戦いで生まれる衝撃で次々と破壊されてしまうのだ。


 それはスカブ・シードも同じで、いや、マナを使用する兵器だからこぞ、両者の生み出す衝撃に近づくことができなかった。


 どうすることもできず戦いを遠くから見守ることしかできないマナを持つ者たちは、苦しそうに胸を押さえ、魂に流れてくる波動に耐えた。


 たった五分で五十回以上も激突が繰り返されているにも関わらず、双方の闘志は衰えない。更に輝きを増してぶつかり合った。


 各地からエース級の者たちが応援に駆け付けてきたが、やはりその命の削り合いに近づくことができず、魂の叫びに飲み込まれないように耐えるしかなかった。


 更に時間が流れ、激突数も二百回を超えた頃、双方の光が突然弾けた。


 その激突で無傷な訳がないと思っていたが、光の中から現れた両者の姿は息を飲む程凄まじいものだった。


 四肢はなくなり、装甲は溶解し、頭部は辛うじて残ってはいたが、乗っている程度。背中の噴射口は本当にあったのかわからない程にえぐられていた。もはやスクラップと断言してもいいくらいだが、双方のハートはまだ生きていた。


 両者、睨み合ったまま対峙する。


「……ほんと、強いったらありゃしないね……」


 口調はいつもと変わらないが、表情は苦しそうに歪み、トリニカル・スーツの生命維持機能が全力でネアトの命を繋ぎ止めていた。


 コクピット内も酷い有り様で、全てのスクリーンは死に絶え、レーザー、センサー系は最初の激突で死んでいる。各種伝達線も8割が切れていた。


「さて、どうしたもんかね?」


 どうしたもこうしたもなかった。


 両手両足がありながら激突を繰り返し、額とみぞの光力砲を庇いもしない。虎の子たる光炉弾は激突する前に使い切っている始末。奥の手のソルディアル・モード──"スター・モード"を全開にして戦い、二百回以上激突するという暴挙に出た。いくら同調率"三百六十パーセント"のネアトでもマナ・ハートを制御することはできない。もし、これ以上スター・モードを使用したらネアトの心臓が停止するかマナ・ハートが暴走するかのどちらかだ。


 それは《ドラゴン・アーマー》を纏うリザードマンも同様で、これ以上の戦いは勝った後に死ぬか、一緒に死ぬかの違いでしかない。


 ──退くべきである。


 双方、冷静な思考がそう諭している。だが、感情が絶対に退くなと叫んでいた。


 ここで退いたら最大の敵はより最悪の敵となる。その後悔は自分を潰す。悲しみに闘志を奪われる。そうなる前に倒せ。このときを逃すなと、復讐心が闘志を煽り立てるのだ。


 戦いでしか接することがない一人と一匹だが、マナとマナ、命と命で語り合ってきた。言葉で語るよりお互いを理解していた。


「……フフ。これが復讐の戦いだなんて、誰も信じてくれないだろうな……」


 大切な者を殺し殺された者同士、意地と意地、怒りと怒り、ただ、この悲しみを晴らすためだけに戦っていた。


「まったく、お互いバカだよな」


 こんなこと、愛した人は望んではいないとはわかっている。幸せになることが愛した人に報いることだとも理解している。だけど、ダメなのだ。愛してしまったから、復讐に飲まれてしまったから、だから、もう、死ぬまで止まれないのだ……。


 ふってネアトから闘志が消えると、リザードマンの闘志も消えてしまった。


 天空が静寂に包まれる。


 まるで最後のお祈りをするかのように、双方の気配が穏やかになった。


 ネアトは目の前の敵から亡き人から受け継いだ鍵石へと意識を向けた。


 全ての記録。全ての技術。亡き人が自分のために遺してくれた銀河黄金時代の歴史であった。


「文句なら死んでから聞くよ。だから、そこで待っててくれ」


 握っていた鍵石を持ち上げ、そっとキスをした。


 消えていた双方の闘志が爆発したように脹れ上がった。


 たが、双方ともマナ・フィールドを展開さない。その傷ついた体のまま全力で翔け出した。


 二つの命が今まさに激突する瞬間、双方紙一重で回避し、超速で旋回して直ぐに翔けるが、やはり双方とも紙一重で回避してしまった。


 その回避は次も行われ、更にその次も、その次もと、ぶつかることなく紙一重で回避していた。


 確かにマナ・フィールドを展開しないまま激突すれば双方とも次はない。決め手がない以上、そうするしか方法はないだろう。


 各地から続々と応援が集まる中、中央集中情報局に異動したコズミが情報収拾の名目で駆け付け、その能力をフルに使ってこの戦いを全世界に配信した。


 全世界がこの戦いを注目して三分した頃、ネアトが操るリグ・シードの下半身が剥がれ落ちた。


 いや、剥がれ落ちた訳ではない。腰の位置にあるマナ・ハートを分離させ、光炉弾にしたのだ。


 全世界が目を剥く中、最大の敵は冷静に見ていた。


 リグ・シードの下半身が分離した瞬間、全てを悟ったリザードマンも背中に位置する"シルバー・ハート"を折れた翼ごと分離させて光炉弾へと放った。


 起こる大爆発に双方とも飲み込まれる。


 その大爆発はオバド基地も飲み込もうと迫る。


 四人の少女が直ぐに反応してマナ・フィールドを全開にして守ったが、全力を出さなければ自分たちも消滅してしまうくらい凄まじいものだった。


 やがて光が消えると、そこに一人と一匹はいなかった。


 消滅という文字が大多数の者たちの頭を過ったが、彼らを知る者はそんなバカなことは過らない。双方がいないと判断すると同時に宇宙そらへと目を向けた。


 やはり一人と一匹は宇宙そこにいた。


 更に傷ついた体を酷使し、紙一重の回避を続けていた。


 鍛え上げた同調率からトリニカル・スーツ用に調整した適合率へと徐々に移行。完全に適合率に代わるとパーセントが徐々に上昇する。


 数値が百、二百と上昇し、三百を超えても止まらない。四百を超え、四百六十七パーセントに達したとき、リグ・シードが"操縦する光炉弾"へと変化した。


 迎え撃つリザードマンも最後のシルバー・ハートを臨界まで上昇させ、"意志ある自爆獣"へと変化した。


 もはや、残るはこの身だけ。復讐心という名の命だけであった。


 双方大きく旋回し、己の敵を真正面に捉えた。


 翔る二つの命。そして、激突する二つの命。


 宇宙は光に支配された──。

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