32

 もっと。もっと速く。もっとっ!


 シャルロは、そう強く念じた。前へ前へと翔ていた。全身全霊、羽ばたくことに注いでいた。


「──誰の力も借りず、誰の意志でもなく、わたくしの力で、わたくしの意志で、わたくしは翔ぶ! 力の限り、わたくしは羽ばたくッ!」


 べつにあの男のためではない。あの男に懐柔された訳でもない。これは自分のため。自由を懸けた戦い。自分を認めない肉親たちへの復讐である。


「──だから負けられないんですわっ!」


 シャルロの心が弾け、コクピット内が白い光で包まれた。


 それは真の道であった。


 適合率や同調率といった"できあがった道"ではなく、1度全てをリセットし、自分の意志で自分に適したスカブ・シードに創り変えるための『革新』であった。


「──羽ばたけ、わたくしの翼よっ!」


 コクピット内の光が弾け、シャルロが望んだシャルロだけのコクピットへと革新した。


 360度、全てがスクリーンとなり、《ドラゴン・アーマー》の姿を鮮明に、その威圧感までも映し出していた。


「ふん! そうでなくてはおもしろくありませんわ!」


 天空の淑女のデビューが雑魚では華がないし、インパクトに欠ける。強大だからこそ華は咲くし、自分を強烈にアピールできるのだ。


「まさにわたくしの初デビューに相応しい相手ですわ!」


 そんなシャルロの歓喜を感じたのか、《ドラゴン・ライダー》の敵意がシャルロに向けられた。


 並の者ならその敵意だけで死んでしまいそうだが、シャルロにした最愛の人に見詰められたかのように興奮するものであった。


 ……そうよ。もっとわたくしを見なさい。わたくしを感じなさい。あなたを倒すわたくしを記憶しなさい……!


 敵意はどんどん膨れ上がり、背中にある眼砲の1つがシャルロを捉えた。


「──失礼なッ! わたくしを落としたいのなら全ての眼でわたくしをご覧なさいッ!!」


 スカブ・シードを包むマナ・フィールドから白銀の粒子が生まれ出て、その身を包み込んだ──その瞬間、眼砲が放たれるが、その白銀の粒子はシャルロの意志。望む思いから生まれたもの。戦艦を一撃粉砕できるくらいの眼差しで砕ける程、シャルロの決意は弱くはない。


「天空の淑女をナメるなっ!!」


 白銀の粒子が爆発すると、そこに翼の腕を持つ女神が現れた。


   ◆◆◆◆◆◆


 ポロンはネアトが好きだった。


 言葉少ない自分の問いにちゃんと答えてくれ、ちゃんと説明してくれるのが嬉しかった。


 自分の両親は"ホグホリアン"で、戦うこととこの星のために死ぬことしか教えてくれなかった。


 べつに戦うことは嫌いじゃなかった。なんのために戦うのかもどうでも良かった。ただ、両親が喜んで欲しくて、褒めてもらいたくて、自分を見てくれることが幸せだった。


 だが、両親は自分の幸せを理解してくれなかった。


 この娘は星の御子。星を見捨てる恥知らずどもに審判をくだす者。勝手に祭り上げ、勝手に自分の心を潰して行った。


 それでも自分は戦った。褒められたくて、認められたくて、良くやったと頭を撫でてもらいたくて……。


 でも駄目だった。最後の最後まで両親は自分を理解してくれなかった。娘とも見てくれなかった。一度も自分の名を呼んではくれなかった。


 押し掛けてきた特殊部隊に両親は殺された。仲間も殺された。たった1人になってしまったが、自分はそれで良いと思った。最初から両親はいないものとして、人生をやり直せば良いと、これからは自分のために生きようと決めた。


 その後、いろいろなところを回り、この訓練所でラランたちと出会った。


 自然と3人といるようになり、三人と行動を共にしていたら昔のことも思い出さなくなった。


 なのに、あの人の出現で、捨てたはずの思いが再燃してしまった。


「……いらないのに、捨てたのに、望んじゃ駄目なのに……」


 抑えれば抑える程、望んでしまう。求めてしまう。あの人に見られるのが嬉しくて、良くやったと頭を撫でてくれることがとても誇らしかった。


 そんな思いを知ってか知らずか、あの人は自分の欲しいものをくれる。自分を認めてくれる。毎日のように優しく笑い掛けてけれるのだ。


 だからこれはあの人のため。あの人を死なせないための戦い。あの人の存在を守ると決めた自分の戦いであった。


「死なせない。もっと、あの人に頭を撫でてもらうんだ!」


 握り締める操縦晶が紫色に輝き、リグ・シードを包むマナ・フィールドから銀色の粒子が噴き出された。


 シャルロやロロのように同調はできなかったが、自分は6歳のときからリグ・シードを操ってきた。誰よりも巧みに、誰よりも多くの命を奪ってきた。


 その頃は自負という言葉を知らなかった。だが、ラランたちと出会い、シャルロたちの努力を見て、負けられないという気持ちが生まれた。


 べつに三人が嫌いな訳ではない。ライバルと思っている訳でもない。ただ、あの人の目が他の三人に移るのがおもしろくなかった。


 他の三人より自分が一番あの人の言葉に従ってきた。自分が一番頑張ってきた。自分が1番役に立つんだ。


「そうよ。あたしか、あの人の、一番なんだからッ!」


 構える光力銃が革新を起こした。


   ◆◆◆◆◆◆


 あの男にそれ程興味はなかった。


 小馬鹿にされるのは父親で慣れていた。手加減されるのも三人の兄で慣れている。嫉妬されるのはこの訓練所にきて慣れた。


 女だから、年下だから、そういったいじめに動じる程、自分は弱くはない。女だからと侮るなら完膚なきまでやっつけてやれば良い。年下と手加減するなら後悔させてやれば良い。ただ、それだけである。


 だが、最初から全力でこられ、その実力を見せられるのはおもしろくなかった。自分の自慢で負けるのが許せなかった。


 だからといってラランたちが嫌いな訳じゃない。いろいろ性格はアレだが、一緒にいて楽だし、心地好かった。毎日が新鮮だった。


 だが、あの男がきてから全てが変わった。


 シャルロもポロンも呆れるくらい訓練にのめり込み、恐ろしくなるくらい成長して行った。しかも、男嫌いで命令無視のラランまでもが入れ込み、素直に命令に従っていた。


 元々能力が高く、努力しているからその成長は尋常ではない。少しでも気を抜いたら追い付けないくらいの差が出てしまう程であった。


 確かにあの三人に比べたら自分は凡人だ。才能などないに等しい。


 シャルロのようにスカブ・ラクターを器用に翔ばすことはできない。ポロンのようにリグ・シードの性能を最大にまで引き出せない。ラランのように頭は良くない。辛うじて体力と格闘術が勝っているくらいだ。


「……これはオレの腕。オレの脚。オレの体。オレの意志。駆けろ、巡れ、全てに行き渡れ、オレの全てよッ!」


 握り締める操縦晶が深紅に染まり、溢れる程の"闘志"が光力剣に注がれる。


「倒す! 絶対に倒すっ! オレの手で、オレの意志で、絶対に、倒してやるッ!」


 同調率が二百%を超え、握る光力剣が炎の刃と化した。


   ◆◆◆◆◆◆


 不思議と冷静だった。


 いや、いつも冷静でいられる自分だが、これ程落ち着いていられるのは初めてだった。


 次々と送られてくる《ドラゴン・ライダー》の情報はどれもが最悪で、どれもが最強であることを叫んでいた。


 眼砲だけでも二十はあり、その威力はマナ・フィールドを簡単に撃ち抜く程。そのスピードといったら目で追えるようなものではない。拡大領域にしてやっと捕らえることができるもののそれに照準を合わせた頃には射程外──どころか逆に撃たれているくらいの反応速度であった。


「……確かにどうしろとはいえんわな……」


 シャルロのような翼は自分にはない。ポロンのような一撃もない。ロロのような鋭い爪もなかった。


「……思えばあたしの武器っていったらこの頭と器用さしかないんだね……」


 スラムで生きていたから体力や腕力はそれなりにある。だが、ロロのように本格的な格闘術は知らないし、ポロンのように英才教育は受けてない。シャルロのようなイカれた集中力など真似しろという方が間違っている。


 他の三人のような激情も仕事もなく、ただ、状況を見ているしかないラランは、操縦席から足を放り出し、頭の後ろで手を組んで寛ぎモードに切り替えた。


 漂わせていた視線がなに気にライフ・パラメーターに合わさった。


「……にしてもトリニカル化がここまでスゴいとはね。適合率80%のあたしが190%まで上がってるよ……」


 適合率の上限が百パーセントではなく、千が最終上限だというのだから笑うしかないだろう……。


 操縦晶に右足を乗せると、直ぐに自分の思考が伝わり、オバド基地の情報がスクリーンに表れた。


 メインスクリーンにはオバド基地の全容が。サブスクリーンには警備や防衛などの情報が欲しい順に欲しいだけスクロールされて行く。


「……幻惑の黒猫、か。さすが幸運の星を育てただけはあるわ……」


 敵だけではなく味方の情報も忘れない。それを実行できる幻惑の黒猫に尊敬の念を感じるラランだった。


「んーと。広さは第七訓練所の17十七倍で警備する人間は四百人弱。防衛するのはリグ・シードが四十機。オマケとして対空ミサイルや自動対空砲が200程ね。とても《セーサラン》を意識した警備でも防衛でもないわね」


 ……まあ、こんなところを狙う《セーサラン》が賢くて、それを見破る幸運の星が悪辣なだけか……。


 右足を離し、もう一度乗せると、今度はこね機体の情報が表れる。


「あの男の機体も凄かったけど、この機体はそれ以上に凄いわ」


 この機体を一言で表すならオールマイティーに尽きる。


 その性能は通常のものより四倍も優れ、機能軽く百は超えている。主砲の光力砲は大型甲殻獣たる《049》を簡単に貫く程だし、光炉弾は十発も搭載されている。その錬金補充能力は反則級。光弾くらいなら無限に近いくらい射ち出せるだろう。センサー系も特化してるし、半径百万キロ内なら索敵も通信も余裕であった。


 そこでふっと先程のネアトとの会話が蘇った。


「……黒魔女……?」


 あの男はそういった。自分でも気に入った響きであった。たが、なぜ黒魔女なのだ?


 自分の髪はくすんだ金髪。衣服は訓練所指定のもの。私服などはない。パイロットスーツはこの機体に乗ったときに強制変革したが、白地に黒が混ざっている程度。黒は好きだが、いったこともなければ黒い小物も身に付けたこともない。マナ色は濃い緑だ。いったい自分のなにを見て黒魔女になったのだ?


「……ん? 待てよ。昔、これと同じ……ではないけれど、便利な魔法の杖を妖精にもらった少女のアニメが流行ったことがなかったか……?」


 自分はそんなものに興味はなかったが、一般常識として概要だけは読んだことがあった。


「……便利な杖……」


 そう。この機体は便利だ。光弾は無限。光力砲は壮絶。マナ・フィールドは強固。他の機体に強制アクセスが可能だったり、トリニカル・スーツの生産ができたり、栄養補給水、医療用ナノマシン、サバイバルキットなど、未開の惑星に着陸しても人生をまっとうできる装備が整っている、まさに"魔法の杖"のような便利さであった。


 時間にして二分ちょっと。その表情が激怒色に染まった。


「……あ、あの腐れが、絶対に、蹴り殺してやる……っ!」


 妖精から魔法の杖を無理やり渡された女の子からは程遠いセリフであった。

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