28

 ゴアドが出て行って十五分すると、戦況は一転した。


 激しい近接戦闘を繰り広げていたオーベスト要塞のシルバーズが後退したのを皮切りに、オルビタル、ウリューサムのシルバーズも後退し始めた。


「……終わり、ですか……?」


 やっと復活したラミアが、希望半分戸惑い半分といった感じで尋ねてきた。


「第一ラウンド終了、ってとこだな」


 僅かな希望を打ち砕かれるラミアが床へと崩れ落ちた。


 そんなラミアの頭をポンポンと叩きながら「少し休め」と言葉を送り、なにめいわないローディアンへと振り向いた。


「所長も休んでください。第二ラウンドが始まるまで三十分くらいありますから」


「……それに、根拠はあるのかね……?」


 苦虫を噛み潰したような顔でネアトを睨んだ。


「積み重ねられた勘がそういってます」


 とても信じてもらえない口調と理由に、ローディアンの目が険しくなった。


「……良いです。信じてもらえないのはいつものことですから…」


 そういい残してネアトは管制室から出て行った。


 そのまま食堂に向かい、入るなり訓練生や職員たちに取り囲まれてしまった。


「中佐、戦いはどうなったんですか!?」


「どうして中佐は行かないんです!」


「シルバーズ相手に訓練生を出すなどなにを考えているんですかっ!」


「我々をいつまで閉じ込めておくんです!」


 などと、日頃スルーする能力を高めているせいか、多人数からの問い掛けを聞く能力がまったくないことに今気がついたネアトだった。


 なすがままに責め立てられていると、大きな体を持つオジル少尉が訓練生や職員を掻き分けながらネアトの元にやってきた。


「お前たちはなにを見ていたっ! 中佐はお前たちの家族や仲間を救うために行動しているんだぞッ! それをなんだ! よってたかって問い詰めるようなことをしおって。しかも、中佐を悪くいうとは何事だッ!!」


 凄まじい一喝に全員が縮こまった。


 静まり返った食堂を見回したオジルは、ネアトへと振り向き、深々と頭を下げた。


「申し訳ありません。中佐の邪魔をしてしまって」


「あ、いや、こちらこそ説明不足な上に巻き込んでしまって……」


「いいえ。管制室でのやりとりを見せてくださるだけありがたいです。もし、自分にも手伝えることがあったら協力させてください! 第056攻撃隊──いえ、"野良猫遊撃隊"の仇を討つのに混ぜてくださいっ!」


 その言葉にネアトは目を大きくして驚いた。


「……第056攻撃隊って……そんな……全滅した、のに……」


 言葉がなかなか出てこなかった。


 第056攻撃隊。初代無敵攻撃隊の異名があったが、それは回りがいったこと。身内からは野良猫遊撃隊で通っていたのだ。第134攻撃隊の面々が"星の攻撃隊"と呼んでいるように、スカブ・シード乗りは自分らの隊を番号で呼んだりしないのだ。


「自分は第二小隊──いえ、ブチ猫隊の小隊長でした。最後の戦い、あの特番隊との戦いで野良猫遊撃隊は滅びましたが、何人かは生き残ったんです」


 ネアトの直感が一秒と掛からず答えを導き出した。


「トリニカル・スーツ化に成功していたんですね!」


「はい。あなたが訓練生時代に鍛えたものを野良猫遊撃隊の中で更に変革してトリニカル・スーツ化に成功させました。ですが、時間がなく全員分をトリニカル・スーツ化はできませんでした。自分を入れて四人。その四人しか生き残れませんでした」


 生き残れたものの半月以上も宇宙を漂っていたため、オジル以外の者は精神をおかしくしてしまったそうだ。


「お願いです! 自分も混ぜてくださいっ!」


 野良猫流に染まったセリフに、ネアトはヤレヤレと肩を竦めて見せた。


「今の段階では混ぜることはできません」


 オジルの目が怒り色に染めらる。


「──勘違いしないでくださいね。今の段階では特番隊の動きが読めないから混ぜれないんです」


 意味が良くわからず首を傾げるオジル。


「特番隊の狙いはラグホンクにある。それは確かです。だけど、その狙ってくる場所がわからないんです」


「……あなたにもわからないんですか……?」


「わかりません」


 七割の確率でエルトアラ大森林に一体はくる。大陸中心に広がり、エルトアラ大山脈から流れる河は千を超す。深くて複雑な大森林はちょっとやそっとの炎では燃えたりはしない。しかも、惑星改造に用いられる『命の樹』は成長が早くマナを生む。そんなところに潜り込まれたら捜し出すなど不可能。下手に潜り込んだら返り討ちにされるだろう。


 だから大森林に潜り込まれる前に殲滅するか、生体認識に特化したコズミの機体情報を写した機体で生体認識すれば大森林内だろうと見つけることができるのだ。


「ラグホンクは広い。大気圏に突入されてからでは遅い。例え青い稲妻でも最初の一撃は防げないでしょうね」


「……つまり、敵の目標がわからないと、この戦いは負けると?」


「負けます。下手したら人類滅亡の決め手となる」


 ネアトの厳しい口調に全員が息を飲んだ。


「……どうせなら、宇宙で死にたかったな……」


 誰かぽつりと呟いた。


「そうだな。スカブ・シードで死ねるならまだ救われるよな」


「ああ。なにもせずに死ぬなんて犬死にも良いところだ」


「畜生! せっかく適合率80もあるのによッ!」


「スカブ・シードに乗れるからがんばってきたのにさ!」


 聞くとはなしに聞いていたネアトの直感がその意味を考えろと命じた。


「……確か、二年生にスカブ・シードが与えられるのって来月でしたよね?」


「ええ。ですが今回は適合率九十パーセント以上の者だけです。他は所属が決まってから配属先で与えられるそうです」


「なぜに?」


 初耳である。


「第六次接触戦で多くの光炉弾を使用しましたからね、その補充に多くのスカブ・シードからジン・ハートを取り出すんです」


「レナっ!」


 直ぐに領域画面が開かれ、レナが映し出せれる。


「『工房』から生み出されたスカブ・シードって確か、どこかに集められるんでしたよね?」


「はい。グルディリア大陸にあるオバド基地に一旦集められます」


「確かそこ、壊れた移民船を元にした基地ですよね?」


「はい。その船がスカブ・シードの母船でもありましたから。ちなみに現在、約二千機が収容されています」


「それだ」


「はい?」


 レナに構わずオジルへと振り返った。


「あなたの愛機、おれに譲ってくださいっ!」


 突然のことになぜというより「はい」と返事してしまうオジル。


 初代スペシャルエースの元で一翼を担って男である。突発のことに反応できなければとっくに死んでいるし、それができてこそ野良猫遊撃隊の一員である。


 感謝しようとした瞬間、領域画面が開かれ管制室にいるラミアが映し出された。


「た、大変です、中佐! 大きくて変なのがきますぅっ!」


 全然説明になってないが、勘で動いているネアトには充分であった。


 ノーマル・スーツをトリニカル・スーツへと変化させ、ネアトは食堂を飛び出して行った。

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