26

 第134攻撃隊を中心に無敵の防衛陣を構えるオルビタル要塞だが、シルバーズの苛烈にして巧みな攻撃に少しずつ押され、予備の攻撃隊まで出さざるを得なくなっていた。


 レネアムがいるオーベスト要塞に現れたシルバーズ5番隊と6番隊も苛烈で、一千匹もの特攻自爆型獣を惜しみもなく突っ込ませていた。


 いくらソルディアル・フィールドが鉄壁とはいえ絶対ではない。それが実戦経験が乏しい隊なら五回も防げれば上等であろう。


「これはもう第七次接触戦と呼んでも良いくらいだね」


 オーベスト要塞に《224》が侵入されてから1時間で6千匹もの砲撃型獣が集まり、援護にきた3つの艦隊と2つの攻撃大隊と苛烈な撃ち合いを演じていた。


「これにはどういう意味があるとお考えで?」


 いつの間にかやってきたゴアドが、まるで副官か参謀のように尋ねてきた。


 ネアトもネアトで突然の出現にも突然の質問にも動じず、それが当然のように受け取った。


「一ヵ所に戦力を集中して混乱させるのは用兵学上、余りよろしくない。それをわかっててやるのはこれいかに?」


「本気で落とそうとしているか、それとも陽動なのか、わたしには《セーサラン》の考えはわかりません」


「そこに自分たちに適した星がある。だが、その星には我々がいて、必死に抵抗している。そんな手強い人類をどうやって排除するか。ここは無理せず1つ1つ目標を決めて奪って行こう。いや、人類よ見習えですね」


 その皮肉にゴアドは苦笑した。


 ……なるほど。この柔軟な思考力がこの男の真の強さという訳か……。


「もしかすると今回の戦いはあなたを倒すためのものかもしれませんな」


 柄にもなく冗談をいってしまたゴアドだが、ネアトの瞳が激しく燃え出したことに気がつき目を見張った。


「……まさか、本当にあなたを倒すためか……?」


「それなら助かるんですがね」


 思わず出してしまった"歓喜"を引っ込め、手元にある情報端末を操作して領域画面の半分をシルバーズの情報に写し変えた。


「シルバーズには一番隊から十番隊まであり、その総数は1万を超える。各隊長獣には自由な裁量が与えられ、独自の作戦を実行できる。だが、《シルバーズ群》がこの星系で活躍したのは十回もないんですよ」


 確かに、シルバーズが出てきた回数は少ない。シルバーズという群れを確認し、そう呼称を付けたのは第二次接触戦からだし、第三次接触戦ではオトラリア侵攻の最初だけ。第四次接触戦では後方に控えていた。やっと全面に出てきたのは第5次接触戦から。初代無敵攻撃隊が現れてからだ。


 回数は少ないながらも一番被害を与えられたのはシルバーズであり、《セーサラン》の天敵でこの男を育てた幻惑の黒猫を倒したのもシルバーズだ。


 自分も大切な人を奪われた。仲間も奪われたくさんのものを失った。シルバーズへの恨みもこの男に負けてはいない。この訓練所にきたのも敵を知るためだ。だが、この男が語った内容は尋常ではない。尋常な憎しみでもない。もはや狂気の域である。


「……まるで、シルバーズの行動を見てきたかのような口振りですな……」


 辛うじて言葉を紡いだが、全身からは嫌な汗が噴き出していた。


「見てきましたよ。それこそ恨まれるくらいにね」


 いつも見せる悪戯っこスマイルだが、その目は笑ってない。気配も圧されるくらい凄まじいものがあった。


「無人偵察機を幾千と放ち、第十惑星の軌道上にあるシルバーズの本拠地──巨大移動巣、《パルミド》にいろいろちょっかいを出してきましたからね」


 もはや自分の許容を超えた内容であった。


 黙っていたラミアやマリー、ローディアンなど腰を抜かしていた。


第10惑星に行くには小惑星帯を突き抜けるかオトラリアの横を通らなければ到達できない。仮に遠回りしたところで第10惑星付近は《セーサラン》のテリトリー。数十万もの目や耳に捕まらず到達するなど不可能である。


 その当時を思い出したのが、ネアトはクスっと笑った。


「ほんと、そこに偵察に行けといわれたときはさすがに泣きましたが、その作戦を一任してくれたときは嬉しさの余り踊り出してしまいましたよ。偵察機を錬金製造するにはどうしても『ニドスー工房』製のスカブ・シードが欲しかったんですからね」


「…………」


「『ニドスー工房』は、一日一機から生み出せる偵察機は6機。なので30機もらい受け、生みに生んで三千機。いや、隠すのに苦労しましたよ」


 なにもいってこないゴアドたちに肩を竦め、話を続けることにした。


「隕石に仕込ませたり強行突破させたり自爆させたりで約180機が第10惑星に辿り着きました。約一年にも及ぶ偵察でやっとシルバーズの本拠地を発見できました


 三次元スクリーンに一匹の《セーサラン》が映し出された。


「あなたなら見覚えがあるでしょう?」


「……忘れるものか……」


 故郷を火の海にし、沢山の仲間や家族が殺されて行く光景は今でも脳裏に焼き付いている。


「世間では《001》と呼称されていますが、これは宇宙の獣ではありません。いや、生きてはいますが、厳密な生き物ではない。いわば生きた鎧、といったところでしょうかね」


「……こいつの胸が開き、中から小型の、人型の《セーサラン》が出てくるところをわたしは見た……」


「これはオトラリアで得た情報です」


 ゴアドの呟きに応え、領域画面に《001》の姿を映し出した。


 銀色の胸甲が開き、トリニカル・スーツに似たものを纏った竜人が出てきた。


「正式名称はわかりませんが、我々は小型セーサランを《リザードマン》と、この生体鎧を《ドラゴン・アーマー》と呼称することに決めました」


「……わ、わたしは、あのとき、これと同じものをに7体見た……そしてこれより一回り小さなものを見た……」


「オトラリアを脱出するとき一体倒したから六体ですね。そして、一回り小さいドラゴン──我々が《ドラゴン・ソルジャー》と呼んでいるものは17体確認しています」


《ドラゴン・アーマー》を凝視していたゴアドがネアトへと振り返った。その意味がどういうものか理解して。


「……こ、これが、来ると……?」


「きます。間違いなくね。ただ、どこからくるか、全てがくるかはわかりません。おれを本当に狙っているかもわかりません。なんたってこいつらときたら実に臨機応変で、嫌になるくらい賢いときてますからね」


 初めて遭遇したときも真っ先に自分を敵と認識した。二度目のときは全力で向かってきた。三度目は良いように翻弄された。四度目は即行で逃げられた。これまで一億近く倒してきたネアトだが、シルバーズに至っては百匹も倒していなかった。


「……あいつらは強い。ドラゴン・アーマーの装甲は光力砲を弾き、電磁砲すら装甲を傷つけるのが精一杯。光炉弾ですら耐えて見せました。あいつらに勝とうと思ったら同調率を三百まで高めるか、スペシャルエースを千人も揃えるしかないでしょうね」


 次々と出てくる新事実と絶望に、ゴアドたちの精神は崩壊寸前だった。


 茫然とするゴアドたちに「御愁傷様」と苦笑し、管制室の通信機を操作し始めた。


 小型スクリーンが瞬き、どう見ても少年と思われる通信兵が現れた。


「こちらウリューサム要塞。そちらの所属と官名、通信内容を確認させてください」


「南ロクス基地所属第7訓練所教官、ネアト・ロンティー中佐。内容はシジー少将への個人的通信です」


 悪戯っこスマイルに驚く少年兵。だが、ここは天女の城。シジーの意思手足が集中する総司令室。愚者などいようはずもない。それを証明するかのように少年兵が微笑み、快くシジーに繋いだ。


「ほんと、人を丸め込むのがお上手で……」


 現れた星の天女に苦笑した。


「いえいえ、幸運の星には負けますわ」


 ネアトの嫌みにシジーは優雅に微笑んで返した。


 しばし見詰め合う二人。その眼差しは恋人同士のものではない。これから死地に向かう家族に送る悲哀の眼差しであった。


「……どうやら特番隊の登場です」


「これまでの苦労がやっと実ったようね」


「あの人の呪いは強力ですからね」


 表情も言葉も軽いのだが、見ている方はなぜか重苦しかった。


「では、あとはよろしくお願いします」


 いつものように力ない敬礼をすると、シジーはそれに応えなかった。


 なにかいわなければと、止めなければと、もう一人の自分がいっている。だが、その言葉は決してネアトには届かないことを誰よりも自分が知っていたから。知ってはいるが、このやるせない感情を抑えることができないでいた。


「……このバカたれが……」


 親友が死んで三年。もう二度と口に出すことはないと思っていた言葉が自然と出てしまった。


 アハハと情けなく笑い、なにも返すことなく通信を切ってしまった。

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