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「嫌な予感がする」


 ネレアルやケリアたちと一緒に昼食をとっていると、突然、ネアトが呟いた。


 これが第134攻撃隊の面々の前で呟いたのなら「またですか」と非難の声があがるところだが、初めて聞いた者にはなんのことだかわからない。首を傾げたり顔を見合わせするのが精々であった。


「どうなさたんです、突然?」


 唯一反応を見せたネレアルにネアトは応えず、ゆっくりと立ち上がった。


「ラミアっ!」


 最後の一口を食べようとしていたラミアは、スプーンを口に入れようとした姿で、「ほへ?」といいながら振り返った。


「管制室に作戦本部を設置しろ」


 そういわれて直ぐに反応できるのは散々いわれたレナやコズミくらいなもの。なにがなにやらわからないラミアは途方に暮れるだけであった。


「駆け足っ!」


「──はいっ!」


 いつにない厳しさに蹴飛ばされ、スプーンを持ったまま食堂を出て行ってしまった。


「オグ。悪いが所長を管制室に連れてきてくれ。マーナとミアラは外にいる訓練生と職員を食堂に集めろ。おれの名を使え。ケリアはモートン少尉をここに連れてきてくれ」


 やはり戸惑うが、ラミアと同じく「駆け足!」で蹴り飛ばし、どこからか取り出した汎用端末機をテーブルへと置き、ネレアルに視線を飛ばしてから食堂を出て行った。


 理解したネレアルが後に続き、管制室に続くエレベーターへと乗り込んだ。


「ネレアル。第224防衛隊の奴らはお前の命令ならどこまで聞く?」


 敬称もつけず突然問うネアトに、ネレアルは不敵に笑った。


「第134攻撃隊にも負けませんわよ」


「それは困った防衛隊だ」


 ネレアルの軽口にネアトも軽口で応えた。


 エレベーターの扉が開き、どう見ても作戦本部としかいいようがない管制室に足を踏み入れた。


「……まったく、秘密が多い人なんだから、中佐は……」


 小さな訓練所の管制室には不似合いな三次元スクリーンに幾つもの領域画面。ここだけでラグホンク全ての作戦が指揮できそうだった。


「中佐、これはいったいなんですかっ! 説明してください!」


 この訓練所唯一の管制官、マリー・カトラ曹長が勝手に自分の城を占拠されたことに怒っていた。


「申し訳ありません。ちょっと嫌な予感がするもので、しばらくここを拝借させてもらいます」


 説明になっていない説明にマリーの顔が真っ赤に染められる。見ていたラミアも爆発5秒前をカウントし、今まさに爆発しようとしたとき、全ての領域画面に映像が現れ、三次元スクリーンの横に展開された領域画面にはレナとコズミが現れた。


 それぞれのスクリーンに腕組みしたネアトが映し出されたのを見て、2人はなんとも呆れた顔を見せた。


「嫌な予感がしましたか?」


「ええ。しちゃいました」


 そんな懐かしいセリフにレナもコズミも苦笑が微笑みと変わった。


 その言葉を直接聞いていた頃は、なんて忌々しいと思っていたのに、いざこうして離れて見ると、そのセリフがやけに懐かしく、とても心踊るものであった。


 ネアトも懐かしく頬が緩みそうになるが、直ぐに思いを振り払い、レナとコズミもそれにならった。


「状況は次の通りです」


 と、いつものようにレナが切り出し、ラミアが展開させた三次元スクリーンに《セーサラン》の侵攻状況とオルビタル要塞とオーベスト要塞の対応、その被害を出した。


「……レネアムは?」


「無事です」


「窓は開けます?」


 少々お待ちくださいと下を向き、再び顔を上げると同時に青色の枠が現れ、なにか廃材を持ったレネアムが映し出された。


「すみません、隊長。阻止できませんでした」


「気にしない。で、《224》はあと何体?」


 その問いに半泣きになるレネアム。


「……あと何体というより、まだ三十体以上います……」


 ヤレヤレと肩を竦めたネアトは、どこからか星のマークがついたトランクケースを出した。


「今度からは男のロマンも認めてきださいよ」


 そういって放り投げたトランクケースが空中で消える──と、領域画面に映し出されたレネアムの腕の中に現れた。


 見ていたネレアルたちは当然のように驚いた。いくらなんでも非常識すぎる。


「……うう。大事に使わせていただきますぅ……」


 トランクケースを開き、収められた二丁のアンティークすぎる自動拳銃や弾丸筒をトリニカル・スーツに吸収させて行く。


 全てを吸収させたレネアムは、二丁の自動拳銃を両手に出現させ、曲芸師のごとく回転させ、実に見事な構えを見せた。


「無茶しないでくださいよ。弾丸はそれだけなんですから」


「これだけあれば充分です!」


 拳銃で敬礼するレネアムに苦笑しながら通信を終わらせた。


「ヤムス中尉を」


 今度は銀色の枠が現れ、スカブ・シードのコクピットにいるヤムスが映し出された。


「状況は?」


「なかなか厳しいですね。一番隊だけかと思ったら2番隊と3番隊まで出てきましたよ」


「本命は?」


「まだ出てきてませんが、近くにはいるとあなたの機体がいってます」


 ふむといって考え込み、一分くらいしてコズミを見た。


「どう思います?」


「確信はありませんが、第六次接触戦と同じで誰かを導くためのものじゃないですかね? シルバーズも出てきてますし、動きもあたしらを意識してますしね」


「──いったい何事かね!」


 と、所長とモートン少尉が管制室へとやってきたが、ネアトは振り返ったりはせず、じっと考え込んでいた。


「……オーベストに援護は出ましたか?」


「ニドリードから第五艦隊所属の攻撃大隊と第六艦隊が出ました。コースはこれです」


 熟知したレナが自分の端末を操作して三次元スクリーンに情報を送った。


「さすが知将だね。素早いこと」


 そういった直後、オーベスト要塞に襲い掛かろうとする《セーサラン》の群れの横を強襲した。


 ……ほんと、こーゆー上官ばかりならもっと楽ができたのにな……。


「ネレアル大尉。第224防衛隊を率いてここを守ってください」


 軌道エレベーターが映る領域画面を引き寄せてネレアルに見せた。


「了解──といいたいところですが、ラニスまでどうやって行けと?」


 ニッコリ笑ってモートンを見た。


「モートン少尉。申し訳ありませんが、超特急でネレアル大尉をラニスに送り届けてください。"青い稲妻"のスカブ・ラクターなら四十分も掛からないでしょう」


 目を見開いて驚いたものの誤魔化すことはしなかった。


「……その名は捨てたんですがね……」


「それは羨ましい。今度、異名を捨てられるコツを教えてくださいよ」


 いつもの悪戯っこスマイルを見せた。


 苦笑したモートンがなにかを呟いたあと、気の抜けた顔を捨て去り、青い稲妻と異名を誇っていた10年前の顔に戻った。


「わかりました。二十分でお届けします」


 決まりに決まった敬礼を見せ、ネレアルを連れて管制室を出て行った。


「まったく、なんのドリームチームだよ……」


 これぞ星の導きというのだろうか、ここには沢山の星が輝いていた。


「──良い加減にしたまえ、ネアト中佐っ!」


 それまで無視されていたローディアンが爆発した。


 なにやら意味不明な言葉を連発する生き残りのスペシャリストだが、ネアトの耳は高性能。右から左へと出す能力は宇宙一。まるで心地良い音楽を聴いているかのように微笑みながら光力銃を出現させてローディアンに突き付けた。


「なっ、なんだね、いったいっ!?」


「申し訳ありません。只今をもってこの訓練所を占拠させてもらいます」

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