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 オーベスト要塞を出たマポロ艦隊は、なにごともなく目的地へと到達できた。


 随行した偵察隊もレーダーを最大にして警戒していたが、レーダーには一匹の《セーサラン》も感知されなかった。


「ふん! しょせん幸運の星のオマケか」


 オーティアス中将は、レネアムの意見具申を無視したが、マポロはそれ程ネアトを嫌ってはいないし、実力を冷静に見ることができた。だから、その一員の言葉を無視せず慎重にきたのだが、どこにも罠の気配は見て取れなかった。


 それでも心配なので工作兵を送り込んで偵察隊を調べさせ、パイロットらの死亡を確認し、行方不明の偵察隊を曳航して要塞へと帰投した。


「……無事、帰ってきましたね……」


 第501偵察隊最年少のバル三等兵が、一緒にレーダーを見ていたレネアムへと囁いた。


「そうね。怖いくらいあっさりと……」


 しばしの沈黙の後、レーダーの端に光点が無数に現れた。


「──レーダーに感! 《008》の群れと確認! 楔の陣できます!」


「各攻撃隊は発進! 艦隊の前に出て迎撃をお願いします」


 本来なら攻撃大隊の隊長が指揮するところなのだが、第六次接触戦でこの要塞所属の攻撃隊はほぼ全滅している。各地から攻撃隊の副隊長や小隊長クラスが異動してきたもののレネアムのように激戦を経験した者もいなければ激戦を指揮した者もいない。そんな者が指揮したところで説得力はない。ならば、幸運の星の加護を得ているレネアムの方が何万倍も良いと、第134攻撃隊と接触したことがある攻撃隊や偵察隊の隊長の声でレネアムが全体の指揮することになったのだ。


 レネアムにやや遅れてオーティアス中将も《セーサラン》の大群を確認。直ぐに攻撃隊に出撃命令を出し、マポロ艦隊に反転を命じた。


「なんてアホなことをっ!」


 総司令室の前でその指示を聞いていたレネアムが思わず叫んでしまった。


 マポロ艦隊が行方不明だった偵察隊から目を離した瞬間、四機のスカブ・シードが始動。光力弾が詰まったハッチがオ開放された。


「──偵察隊の捕獲はスカブ・シードを研究するためだったのねっ!」


 理解すると同時に全機から光力弾が発射。マポロ准将が乗艦すり旗艦と幾つかの戦艦、そして、オーティアス中将がいる総司令室へと直撃。命令系統を断たれてしまった。


「……やられたわ……」


 なんとか爆発から生き残ったレネアムは、瓦礫に挟まれながらホロホロ泣いた。


 要塞にくることは前からわかっていた。司令官を狙われることもわかっていた。わかっていたから真っ先に攻撃隊や偵察隊を抱き込み、第134攻撃隊の秘密を惜しげもなく出したのだ。なのに、最後の最後で出し抜かれるとは。任せてくれたネアトやヤムスに顔向けできなではないか。


 とはいえ、報告しない訳にもいかず、瓦礫に挟まれながらコール4番を押すと、どこかを走るヤムスの姿がヘルメットのバイザーに映し出された。


「すみません、ヤムス中尉。総司令室をやられちゃいました」


「攻撃隊やお前らに被害は出たのか?」


「いえ、出ていません」


「なら気にするな。おれやお前もあの人じゃないんだから」


 直感で動いている奴と一緒にされては迷惑だといいた気であった。


 その後ろから見知った顔が現れ、苦労しているだろうレネアムに手を振ってきた。


「そっちもですか?」


「ああ。シルバーズだ。それも"猛進隊"な」


「……ってことは、ここにくるのは"陰険隊"ですか……」


 星の攻撃隊で小隊長をしていたレネアムだが、四人いる小隊長の中では1番指揮するのが下手で防衛戦が苦手だった。そんな自分が経験値の低い者たちを率いて戦わなくてはならないのだから泣き虫じゃなくても泣くというものだ。


「──隊長! 行方不明の偵察隊から複数の小型の莢が射出されました! 数は四十。生体反応からして《224》です!」


 その報告にレネアムはがっくりと肩を落とした。


「……あの陰険野郎どもがっ! なにもあんなグロテスクを送り込んでくることないじゃないのよ……」


 直径一メートルくらいの球体に百以上もの触手をつけた小型セーサランで、その触手は光力を弾き、その口からは合金さえも溶かす液を噴き出すのだ。


「……あたしはガンナーなんだからね……」


 星の攻撃隊随一の泣き虫は最強の銃使い。そのトリニカル・スーツは光力銃だけしか収納されてないのだ。


「ま、まあ、がんばってくれ──」


 そうとしかいってやれないヤムスは強制的に通信を切ってしまった。


「……隊長……」


 溢れてくる涙を浄化し、ヘルメットごしに頬を殴りつけた。


 ──なにしてるあたし! こんなこといつものことじゃないの!


「ごめん。攻撃隊に無闇に突っ込むなと徹底させて。《008》は囮。シルバーズを突破させるためのもの。ちょっかい出されたからって反応しちゃダメ。遠くから攻撃すること。偵察隊は防衛に徹してどこからくるシルバーズを見つけて。もし襲われるようなら直ぐに逃げること」


「しかし、それでは」


「大丈夫。地上には幸運の星がいるから。あの人ならなんとかするわよ」


 先程の泣き虫が嘘のように消え去り、満面の笑みを浮かべながらはっきりと断言した。


「んじゃ、外の指揮はお願いね。こっちはあたしがなんとかするからさ」


「はい。お気をつけて」


 まるでどこかの隊長と小隊長を見るような光景だった。


 バイザーからセレビアを消し、ちょっとため息してから第7警備隊の隊長へと通信を繋いだ。


「はぁ~い、モーリー。話は聞こえてた?」


 ちょっとわざとらしいかなと思いつつ、幼なじみへと明るく語り掛けた。


「ああ、聞いてたよ。なんか大変なことになっているようだな」


「もっと大変になるわよ。これってないくらいにね」


 これっぽっちも大変じゃない笑顔だった。


「じゃあ、非戦闘員の避難と各警備隊への指示をお願い。あたしら侵入してきた困ったちゃんを排除するからさ」


「一人で大丈夫なのか? 光力を弾くタイプなんだろう」


「このくらいなんとかできなくちゃ背中の星が泣くわ」


 光力を弾くといってもそれは触手だけ。口の中に撃ち込めばちゃんと倒せるのだ。もっともその口の中に撃ち込むのが至難なのだが、それをいわないのが第134攻撃隊の慎みである。


 笑顔を見せる幼なじみになにもいわず、モーリーはただ優しく微笑んだ。


 泣き虫なクセに覚悟が決まると何倍もの力を出すのがレネアムである。それを知るからこそ幸運の星はレネアムに任せたのだろう。


「じゃあ、また後で」


「ええ。また後でね」


 双方笑顔で頷き、それぞれの戦場へと駆け出した。

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