第4章 輝く意味
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「よぉ、ニーゲルトの英雄。久々の故郷は楽しめたか?」
第26艦隊基地、オルビアル要塞にある第134攻撃隊にあてがわれた待機所にジリオ准尉がやってきた。
見慣れぬ者たちが一斉に立ち上がり、第27艦隊所属第302攻撃隊の新しい隊長に敬礼し、見慣れた者たちは笑顔で訪問を歓迎した。
だが、部屋の奥でいじけている第134攻撃隊の新しい隊長──ヤムス中尉だけは苦々しい表情で出迎えた。
そんな同郷の友に苦笑し、歓迎してくれた者たちには笑顔を見せた。
「うちもそうだが、ココは一段と若くなったもんだな」
見慣れぬ者たち──新しく配属された少年少女たちを見回した。
「今回も沢山死にましたからね」
丁度近くにいた見慣れた者、オルロ軍曹が応えた。
「その中でもダントツの生還率を叩き出した"無敵攻撃隊"に入れるとは運が良いヤツらだ」
緊張する新兵たちの肩を叩きながら奥でいじけているヤムスへと移動した。
差し出された椅子へと座り、可笑しそうに友人の表情を眺めた。
「なにも第134攻撃隊の決まりって訳じゃないんだから、パレードぐらい笑って見せろよな」
数日前のことを思い出し、憮然となった。
第六次接触戦後、第134攻撃隊の全員に功労賞を兼ねた休暇が与えられ、家族持ちのヤムスは喜んで帰郷した、のだが、待っていたのは家族だけではなく、市長を筆頭に街の人々が我が街の英雄を待っていたのだ。
第134攻撃隊が有名なのはヤムスも理解している。勝利の度にニュースとなり、人類の希望になっていることも知っている。だが自分は陰の存在。幸運の星を支える黒子だと思い、それに徹していた。
だがしかし、である。
世間的には知名度は低くても地元ではそうはいかない。数々の偉業と功績を残す幸運の星を支える者として、世間に自慢できる存在をほっとく訳がない。
そんなことも知らないヤムスは、こともあろうにネアトから譲られたスカブ・シードで帰郷してしまったのだ。
1日2便しか発着しない空港には、ニーゲルトの住人全てが集まったかのように人で溢れ返っていた。
ヤムスがコクピットから出ると同時に花火が打ち上げられ、管制塔からは『幸運の星がもっとも信頼する第143攻撃隊の要、ヤムス・モーガン中尉の帰郷を祝う』という垂れ幕が降ろされ、少年少女で結成された鼓笛隊が盛大に出迎えた。
緑に白の機体カラーは幸運の色。その翼に描かれた星は幸運の象徴。どれだけ幸運の星に信頼されているかを自ら証明したようなものであった。
これで帰るように勧めたネアトの狡猾さに意識が遠退く程打ちのめされたが、出迎えてくれた家族の前で倒れる訳にも行かずなんとか降りると、どこからともなく市長が現れ、沢山のフラッシュがヤムスを照した。
妻や息子が喜びに顔を輝かせているが、その喜びの言葉は耳に届かず、されるがままに流され、いつの間にか街をパレードする羽目になっていたのだ。
辿り着いた市民体育館ではスピーチを強制され、夜には街の有力者に囲まれての歓迎会。やっと解放されたのは休暇最終日であった。
……こうまでされて笑顔でいられる程おれは善人ではないぞ……!
「まあ、家族第一のお前からすれば良い迷惑か」
先が暗いだけのスカブ・シード乗りでありながら幼なじみと結婚し、愛する子供のために戦っている男である。世間体などどうでも良いし、構ってはいられないのだ。
「しかし、幸運の星もそうだが、まさか小隊長クラスまで異動させられるとは思わなかったよ」
これ以上、友人をからかうのも悪いと思い、話題を変えることにした。
「まあ、上の連中にしたら目の上のコブですからね、うちらは」
ヤムスに代わり、新しく情報収集担当になったカーフィス曹長が答えた。
チラっとカーフィスを見、他の隊員たちにも目を向けた。
どの顔にも衝撃を受けている様子はない。不満もなければ怒りすらない。いつもの第134攻撃隊であった。
そんな第134攻撃隊の面々にリジオは眉を寄せた。
幸運の星の下に着いたのは第六次接触戦が初めてだが、スカブ・シード攻撃隊
の待機所はこの区画に集中しており、ヤムスをからかいに何度かきている。
さすが数々の死線を潜り抜けてきた隊だけあって絆の強さは統一連合軍1である。なのに、誰一人として不平をいう者がいないのだ。自然過ぎて明らかに不自然であった。
「……どういうことだ……?」
まだ憮然とする友人に問うた。
しばらくジリオの視線に抵抗していたが、諦める気配がないことにため息をつき、ようやく友人へと体を向けた。
「そんなに変か?」
「ああ。大いに変だ」
ヤムスの問いにリジオは即答する。
ヤレヤレと肩を竦めるヤムスは、待機所の扉の横にいたノロー曹長に視線を向けた。
理解したノローは、了解と頷き扉をロックした。
「……随分と厳重だな……」
規格変更されたロックシステムにリジオはまた眉を寄せた。
「内緒話はコソコソするものらしいからな」
幾人かが吹き出すのを見て、それを最初にいった人物が誰かを悟った。
「……お前がここにきた理由は、偵察隊消失の件だろう?」
リジオの表情が険しくなった。
第六次接触戦後、各地の偵察隊が行方不明になっているのだ。
耳と目に優れた『シャラズ工房』製の隊長機に、『ソジュア工房』製が三機で構成されており、定時連絡も三十分毎に決められている。それが一文の通信を送ることなく消息するなどありえないし、仮にあったとしても他の偵察隊がカバーしている。見過ごすなどありえない──はずなのに、十三もの偵察隊が消息しているのだ。
「なんで知っているんだ、って顔だな」
「当たり前だ! この件は、まだ上層部でも検討している段階だし、この件を知ったのは情報部に伝があったからだぞ!」
「……まったく、レナもコズミもあの人に染まり過ぎだぞ……」
苦い顔をするリジオにヤムスはため息をついた。
ネアトの提案により、レナとコズミの 機体は、情報収集や索敵をもくてきに変革してある。そんな機体を自在に操る二人にすれば情報操作など朝飯前。統一連合軍の情報を得るなど三時のおやつ。それを密かに流すなど献立を決めるより楽な行為であった。
友人の告白に、なんともいえない顔になった。
「こうなることはオトラリアに強行するときからわかっていたからな、今更驚くことでもないさ」
それどころか遅かったと感じるくらいだ。
「死ねに等しい命令にはことごとく背き、アホな上司は徹底的に小馬鹿にする。どんな命令を受けても部下を殺したりはしない。自分も死なない。そんな危険人物を野放しにしておく訳がない。いずれ今回のようなことが起きる。ってなことをいってたんだよ、あの人は」
「……なんというか、危険なものを感じるのはおれの気のせいか……?」
また幾人かが吹き出した。
「そりゃあ、危険といえば危険だろうな。せっかく一箇所に集まって静かにしていた病原菌を、わざわざ叩き起こして中枢やら末端まで送るんだからな」
その自虐的ないいまわしに古株たちが大爆笑した。
なにをしたかは不明だが、幸運の星が確立した通信システムや訓練プログラムは、スカブ・シード乗りの生還率を飛躍的に上昇させた。他にも情報統合化させ、新種発見されれば通信統合化されたスカブ・シードに配信されたりもする。
そんな連中がこうなるまでなにもしないという訳がない。それどころか誰がどこに行くかをシミュレーションしていても自分は驚かない自身のがあった。
……まるで革命を起こす下準備を見ているかのようだ……。
呆れ果てていると、突然、ヤムスの表情が険しくなり、腕時計型の情報端末機を起動させ、領域画面を展開した。
それはヤムスだけではなく、この待機所にいる全ての者が同じ行動を取っていた。
「トリニティー・オン!」
一人、また一人と、各々自分の能力に適したパイロットスーツへと変形させた。
「まったく、敵味方を問わずうちの隊は注目の的だな」
「人気者は辛いぜ」
などと愚痴をいいながらもくちもとはは不敵に笑い、意気満々といった感じで待機所を飛び出して行った。
なにがなにやらわからないリジオは、一人だけパイロットスーツに変形させない友人へと目を向けた。
いったいなんだと問い詰めようとした瞬間、壁のスピーカーから第1種警戒体制の警報が鳴り出した。
「──第546偵察隊より緊急通信。第34座標、451ブロックにて《セーサラン》の群れを確認。数、七百以上。飛竜の陣にてオルビアル要塞へと進行中。全艦隊、全攻撃隊に出撃命令が出されました。第134攻撃隊は強行突入して敵の足を止めよ。他、攻撃隊は所定位置にて各個撃破で対応。艦隊は状況に応じて対応せよ。繰り返す──」
それを聞いたヤムスは、ヤレヤレと肩を竦めた。
「まったく、ここの司令官といい、うちの臆病といい、もう幸運の星はいないんだからそう毛嫌いすることもないだろうに……」
「…………」
複雑な表情で自分を見る友人に気がつき、こちらに対しても肩を竦めて見せた。
「《セーサラン》が障壁と思っている人物は2人。星の天女と幸運の星だ。その2人さえ抑えれば侵略は成功する。だが、その二人を力で倒すことは困難である。ならば、罠に引っかけるか外堀から埋めて行くしかない。それを見抜けない2人がなにもしない訳がない。戦いは先読み。より賢い方が勝敗を決める……ってことだが、本当に重要なことはどれだけ数を揃えられるかだ」
「…………」
リジオは口をパクパクさせるだけでなにもいえなかった。
「増えるのは良いが、それを一人前にしなくちゃならないんだから胃が痛いよ」
いってパイロットスーツに変形させた。
その背には、銀のスプレーで描かれたような星が輝いていた。
「でもまあ、絶望に気を落とすよりは希望を背に歩く方が何万倍もマシってものか」
先を行く星たちを追いかけるようにヤムスは駆け出した。
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