16

「ありがとう、シャルロ」


 最後に出てきたシャルロに向け、ネアトは感謝の言葉を述べた。


 なんのことかわからずキョトンとなるシャルロ。ラランたちも意味がわからず不思議そうにネアトを見た。


「なにがですの?」


 シャルロの疑問にネアトは笑うだけで答えはしなかった。


 疑問の眼差しを無視し、ネレアルのよいうに凹凸が少ない四人を一人一人確認した。


「どうだ、着心地は?」


「良い」


 ポロンの短い答えにネアトは満足気に頷いた。


「良いっていえば良いが、なんか素っ裸でいる感じで心ともないな~」


「重さもなければ着ている感じもしない。肌に触れている感触すらないってのは、どうも頼りないものね」


 ロロとラランの反応に頷き、シャルロを見た。


 注がれる視線に「お前はどうだ?」と含まれているのがわかったが、先程の怒りがまだ消えてない。素直に答える気にもなれずそっぽを向いてしまった。


 その反応に不満はないと受け取り、優しそうに笑った。


「それが本来のスカブ・シードのパイロットスーツだ。しかし、そのスーツは生まれたばかりで、統一連合軍仕様のパイロットスーツよりまだマシって程度だ」


 そこで言葉を切り、教官用のジャケットを脱いだ。


 自分たちが着ているスーツと同じ質感の、若草色を主体としたスーツが現れた。


 軽く右手を挙げると、剥き出しになっていた手が包み込まれ、背中の方からなにか軟体動物のようなものが頭を覆い被さり、密封型のヘルメットへと変化した。


「これがなにかわかるか?」


「トリニカル・スーツ」


 真っ先に答えたのはロロであった。


 特殊部隊にしか着用を許されない強化服で、オトラリア王国から持ち出した『ロジロ工房』と『レジロア工房』の二つからしか生まれいものであり、一日三着しか生み出されない希少品でもあった。


「良く知っているな」


 手と頭を戻し、少し驚いた口調でいった。


「一番上の兄貴が第五特課にいるからな」


「……第五特課とは。なかなか怖いところにいるな」


 戦術防衛特別局に属する課であり、主な仕事は対テロや人質救出、先日の軌道エレベーターで起こったときに出動するところなのだが、第四、第五の二つは、マナを持つ者だけで組織され、いろいろと黒いウワサがあるところだった。


「ロロも行くのか?」


 適合率75%以上という入隊規程はクリアしているし、基礎訓練の成績は特殊部隊の兵士にも負けてはいない。格闘技だって充分なものを持っている。推薦があれば直ぐにでも入隊できるだろう。


「親は行けっていうけど、兄貴と一緒なんてカッコ悪いじゃんか。それに、リグ・シードに乗るのがオレの夢だしな」


「そうだな。ロロなら──」


 ドン! という音に言葉を遮られた。


「申し訳ありませんが、中佐! そういう世間話はあとになさってくださいません! わたくし、あなたたち程暇ではありませんのっ!」


 シャルロの形相が一層険しくなり、今にでも火を吐きそうな勢いだった。


「わかったわかった。わかったからそう怒るな」


 ヤレヤレと肩を竦めた。


「んじゃ話を──って、どこまで話っけ?」


「トリニカル・スーツの話」


 ネアトのド忘れにポロンが答えた。


「ああ、そうだった。ありがとな、ポロン」


 ネアトはポロンの頭を撫でてやり、ポロンはされるがままに撫でられた。


「えーとだ。お前たちが着ているパイロットスーツを変革して行くと、おれが着ているトリニカル・スーツになる」


 四人の気配が固くなった。


 数分の沈黙ののち。ラランがすっと手を挙げ、ネアトはどうぞとばかりに頷いた。


「なぜ、そんな重大なことをあたしたちに?」


「いらない情報だったか?」


「いえ、いらない訳ではありませんが、あたしたちのような一介の訓練生に話すことではないと思うんですが……」


「そうだな。スカブ・シードからトリニカル・スーツが生み出されるなんて知ったら誰もが真似して横流し、ってこと考えるヤツが出てくるかもな」


「そうですわね。そうなったらいたるところで反乱ですわね」


 ロロとシャルロが危険なことを口にするが、それでもネアトは口を開かなかった。


 この4人の性格は、先程の自己紹介で充分すぎる程理解できた。


 ひねくれていて、悪知恵が良くて、チームワークがとても良いということを。


 今もラランが斬り込み、ロロとシャルロが支援する。残るポロンは背後で待機し、予想外の攻撃をしてくる。


 ……ほんと、こいつらを見てると訓練生時代に戻りたくなるよ……。


 自分たちの軽口に乗ってこないネアトに眉を潜めたが、それ以上のことはなにもせず、ネアトが口を開くのを待った。


「……ままならないな、本当に……」


 四人にその言葉を理解することはできない。が、それを問うことはしなかった。


「昔、おれに生き残れる力と人生をくれた人がいる」


 ネアトの表情が少し真面目になり、四人の少女たちに語り出した。


「破天荒で意地悪で、上司の命令なんて小鳥の囀りとしか思ってない。そこに良い男がいるなら躊躇せず食らい、なにかにつけて酒を飲み、いつも陽気に笑っていた」


 小声で「ほんと最低な人だったよ」と漏らした。


「……適合率65%という低さながらスカブ・シードの腕は超一流。初陣では17匹の《085》を倒し、出撃すれば最低でも百匹は倒してくる。第四次接触戦ではただ一機で二千匹以上も葬り、スペシャルエースの名を世に生み出した。だが、その人も死んだ。シルバーズの中でも最悪の一隊と戦い、初代"無敵攻撃隊"はこの世から消えてしまった」


 そこで言葉を切ったネアトは、溢れ出そうな怒りを抑えるために空へと目を向け、心を静めた。


「……いずれお前たちは宇宙へと出る。スペシャルエースでさえ勝てない敵がいる戦場へと。怖いから、嫌だから、そんな個人の感情なんて無視され、死ねに等しい命令を受けるんだ」


 心を静めたものの、その言葉にはいい知れぬ意志が籠められており、その気配は信じられぬ程圧迫感があったが、異世界を見るポロンは意に介さなかった。


「でも中佐は生きてる。初代、無敵攻撃隊が勝てなかったシルバーズと遭遇しながら生き残っている。絶体不可能な強行偵察も生きて返ってきた。第6次接触戦でも中佐はシルバーズと戦い、そして、わたしの前にいる」


 滅多にないポロンの長セリフにラランたちは驚いたが、これがポロンの予想外である。それに応えなければ自分たちの立場がない。


「ふん! 未来のスペシャルエース──いえ、"天空の淑女"を脅かそうとするならもっと言葉を選んだ方がよれしくてよ」


「まあ、相手が強い程張り合いが出るってもんだし、多い程人生に飽きることもない。結構、良い時代に生まれたと思ってるけどな、オレ」


「これまでも波乱。これからも波乱。人生なんてそんなもの。今更ビビってもしょうがないわ」


 らしいといえばらしい少女たちの言葉に、ネアトはキョトンとなり、そして、爆笑した。


「ほんと、恥ずかしいくらい可愛いよ、お前たちは」


 ……あの人もこんな風に感じていたんだな……。


 想い人と同じ立場に立ったことに、ネアトの心に久々の温かさが戻った。

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