第3章 小さな星たち
12
その、特別教室という手動式のドアを開いたネアトは、そこに広がる光景に思わず足が止まってしまった。
「…………」
一度部屋を出て、ドアに掛けられたプレート──段ボールで作られたものを見ると、ちゃんと"手書き"で特別教室と書かれていた。
……だ、よな~~……。
二度、確認し、ここが特別教室であることを無理やり納得させた。
教室、というよりは物置に近い部屋に入り、教壇、というよりはパレットと断言したいものの上に立ち、訓練生、というよりは熟練兵のような眼力を持つ4人の少女を前に、なかなか言葉が出てこなかった。
少女たちも押し黙るネアトに習い、見詰めたままなにもいわなかった。
……なんだろう。こいつらを見て可愛いと思うのは、おれが年を取ったからなんだろうか……。
自分を見る目には刺々しいものがあり、醸し出す雰囲気はとても友好的なものではない。明らかに歓迎されてないことは明白だ。だが、周りは年上。上司は年寄り。敵はバケモノ。そういう世界で生き抜いてきたのだ、こんな眼差しなど動物のヌイグルミに微笑まれているのと同じであった。
「……まあ、なんだ。よろしく……」
やっと出てきた挨拶に、少女たちは頷きで応えた。
まるでヌイグルミに話し掛けているところを見られたような恥ずかしさが込み上げ、逃げるように資料へと逃れた。
「…………」
そこに記されている四人の成績を見て、今度は呆れ果てて言葉を失った。
少女たちは十七歳。二年生である。
徴兵されるのが十五歳とはいえ、昨日まで子供だった少年少女にいきなりスカブ・シードを与えて訓練する訳ではない。
最初の一月は基礎体力作り。それも朝から晩まで体を鍛えることに費やし、次の一月は軍隊式の体力作り。その後、本格的な訓練を三ヵ月続け、最後に十日間のサバイバル訓練でシメる。はっきりイジメであり、精神を鍛えるための方便であった。
……なんとまあスゴいもんだ。山あり谷ありのサバイバル訓練を僅か4日で制覇しちゃってるよ……。
たった一日でギブアッブし、残りの日数を"楽しく"営倉で過ごしたネアトはしみじみと感心した。
地獄の半年を過ぎると、本格的な訓練が始まるのだが、朝は滑走路を二周して格闘技や火器兵器の訓練をこなす。
朝食後、《セーサラン》やスカブ・シードに関する勉強をする。昼食後は、軍に関することをして、シメとして二十キロもの装備を担いでまた滑走路を二周する。それが半年続くのだがそれをできる者は皆無だ。
だが、この四人は、五百種以上もいる《セーサラン》を判別し、スカブ・シードの基礎操作を完璧に把握するばかりか地獄の半年を僅か一月でこなすばかりか二月後には倍をこなしていた。
これでは他の訓練生の士気が下がると教官たちのクレームに2年生の訓練に進ませたが、またも1月で擬似戦闘訓練でA+を叩き出してしまった。
もちろん、この擬似戦闘訓練は、本物より遥かに劣り、体感ゲームよりはマシといったようなものだが、A+を出そうと思えば現役パイロットでもそうとうやりこまないと出せない記録である。
……いるんだね~あいつらみたいな天才って……。
所長から渡された資料を放り投げた。
これ以上見ても意味はないし、通常のプログラムでこいつらを満足させるのは不可能だ。そして、所長の企み……という程ではないが、あの笑顔の意味は良くわかった。
……つまり、おれも追い払われたワケか。まったくさすがだよ……。
特別班と聞いたときは昔のような甘酸っぱい想像もしたが、あの所長 が将軍らの要求を無視することもなければ積極的に自分を失敗させるように動く訳もない。あちらを立ててこちらも立てる。なんとも絶妙な状況を作れるからこそ、訓練生の所長でいられるのだ。それを見抜けない自分が青かったということだ。
「おれは、ネアト・ロンティー。まず、お前らの名前と得意分野を教えてくれ。座ったままで良い」
右端にいる丸坊主頭の少女を見ていった。
「ロロ・カラノ。格闘技と食うのが得意」
素っ気ない紹介にネアトはフムと頷き、隣のハートマークの眼帯をした少女へと移った。
「ララン・オットー。読書が趣味」
得意分野が趣味になったがネアトは咎めたりはせず、どこか異世界を見る虚ろ目の少女へと移る。
「……ポロン・ディア・ナナノ。空と宇宙が好き」
どんどん質問から離れて行くがネアトは気にしない。最後、いかにもお嬢様といった少女へと移った。
「シャルロ・ティティン。目標はスペシャルエースを超えることですわ」
もはやなんの質問だったかわからなくなっていたが、それでもネアトは気にしない。ウムと頷き、そして、がっくりと肩を落としてしまった。
……ハハ。あのとき、あの人が笑った理由はこれか……。
「なにが可笑しいですの?」
お嬢様少女──シャルロが棘のある声と視線でネアトを突き刺した。
普通の男なら痛みで身を引いてしまうところだが、そのくらいで痛いと感じるネアトではない。二、三歳児が怒っているのと同じである。
「いや、悪い。お前らがあまりにも可愛いいんでな、つい……」
自分もこの少女らと同じだった。こんな目で見ていた。『自分は自分の声にしか従わない』といった雰囲気を出していた。
……そりゃ笑うわ。昔の恥ずかしい自分を見せられたらな……。
「可愛いいの?」
虚ろ目の少女──ポロンが異世界を見詰めながら問うた。
「ああ、可愛いいよ。もう抱きついてチューしたいくらいだ」
笑いながら拳で頭をグリグリされたネアトは、そうしたい衝動を必死に堪えた。
……こいつらにしたら隠してるナイフで刺されそうだしな……。
「したいの?」
「そうだな。お前たちが良いっていうのならぜひやりたいな」
その言葉にラランとロロは眉を寄せた。
今の資料と態度で自分たちを理解したはずだ。体力知力、その性格を。
その事実を前に、何人もの教官が逃げて行った。腫れものに触れるかのように接し、できる限り近づかないようにしていた。
「ふん! そんな破廉恥なことさせる訳がありませんでしょう!」
「ありゃりゃ。そりゃ残念」
反抗的で挑戦的なシャルロを温かく見るネアトに、ラランは可笑しそうに見ていた。
……英雄の余裕か、それとも変わり者の悪癖か、どちらにしても規格外の男には間違いないわね……。
「それよりさぁ~、オレたちの訓練ってどうなってんの? あんたがくるまでシミュレーションばっかりで体鈍ってんだけど」
「そうですわ。いい加減、まともな訓練がしたいですわ」
その目にはちょっとやそっとの訓練では満足しないぞ、という意思が込められていた。
その意思を正確に読み取ったネアトは、ホワイトボードに訓練プログラムの題名を書いた。
「三つあるから好きなものを選べ」
バンと、ホワイトボードを叩いた。
「スペシャルエースへの道?」
シャルロが読み上げる。
「エースへの道?」
ロロが読み上げる。
「卑怯者への道?」
ラランが読み上げる。
「ちなみに、三番目はサボりの手ほどきだ」
そういわれて四人は押し黙った。
普通に考えれば最初のスペシャルエースへの道だろう。が、この男の含み笑いからしてなにか裏があるのは明白であった。
「……質問、良いですか?」
ラランの言葉に良いと頷いた。
「他にはないんですか?」
その質問にネアトは一瞬、驚いたように目を大きくさせた。
……なに、その意味するところは……?
「これでは不満か?」
「いえ、不満ではありませんが、他にあるのなら聞いておきたかったもので。もし、できるのなら『誰もなったことがない道』っていうものがあったら嬉しいんですが」
ラランの言葉にネアトは険しい顔を見せた。
「……それが望みか?」
他、三人を見回した。
「そーだな。オレもそれが良いな」
「それが良い」
「そうですわね。スペシャルエースへの道も惜しくはないといえば嘘になりますが、スペシャルエースに勝りたいのなら同じ道を歩んでもしかたがありませんわ」
四人の視線がネアトに集まる。
……まったく、『苦労しないで生き残れる道』をといったおれとは大違いだな……。
「それで良いんだな?」
四人は一斉に頷いた。
「わかった。おれが責任をもってその道を極めさせてやろうじゃないの」
……あの人がいって見せたようにな……。
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