10

「お咎めなし、でしたね」


 所長室の扉が閉まると、ネレアルはネアトに囁いた。


 その声は子供のように弾んでおり、悪戯が成功して喜んでいるようかの笑顔だった。


「ええ。ことなかれの所長ですからね」


 あっさりとした返事にネレアルは首を傾げる。


「……知っていたんですか、あの所長のこと……?」


「面識はありませんが、噂だけなら沢山聞きましたよ。表面は優しいが、中身はダメダメだってね」


 その言葉にまたネレアルは首を傾げる。


「……それ程有名になるような所長には見えませんでしたが……?」


「いえ、世間的に有名ではなく、新兵の間で有名なんですよ」


 ネレアルには理解できなかったが、前を歩く二人には理解できたらしく、小さく吹き出した。


「第6次接触戦では新兵が沢山いましたからね」


 それで理解できた。


 戦えば必ず勝つというに、なぜかネアトは抗戦派から嫌われ、どう見ても『それは私憤だろう』という命令(仕打ち)を受けていた。しかし、どんな過酷な命令(仕打ち)でも完璧に遂行するため、その私憤(命令)は徐々に過激になっていった。


 強行偵察に単独での特攻命令は軽い方で、十分な準備もさせずに最前線に送るなど、ネアト以外なら確実に死んでいたことだろう。


 第6次接触戦でもその私憤(命令)は出た。通常ならありえない新兵だけの大隊を作り上げ、もっとも激戦になるだろう場所に配置したのだ。


 だが、抗戦派も抗戦派ならネアトもネアトであった。


 まるでそうなることを見越していたかのような防衛陣形を構え、1匹たりとも通さないばかりか生還率は統一連合軍でトップ。抗戦派の私憤(思惑)を完璧にはね除けてやったのだ。


「……新兵の大隊と聞いたときはさすがに駄目かと思ったんですが、結構余裕だったんですね……」


 スカブ・シードにはスカブ・シード同士でしか使用できない通信方法があり、人類が生み出した機器では受信することは不可能ではあった。もちろん、軍規で禁止されてはいるが、それを守るような優等生はいない。張り詰めた戦場ではおしゃべりが唯一の娯楽なのだから。


「余裕ではないですよ。新兵の大隊でどうやって生き残るか、徹夜で考えましたからね」


 徹夜すれば出る、という程生易しい命令(仕打ち)ではない。自分も防衛隊として最強"陣"を考え出したが、それを完成させるまでに半年を費やした。それを数日でやられたら防衛隊の立つ瀬がないではないか。


「まあ、全機によるソルディアル・フィールドができたのは"鷹の陣"があったから。でなければおしゃべりしている余裕なんてなかったですよ」


 ネアトの告白に、ネレアルは目を大きくさせた。


 鷹の陣の名を知っているのは第224防衛隊の隊員だけで、他は"光の羽ばたき"として報告している。隊員たちが漏らすはずはない。あの陣は第224防衛隊苦辛の作。完成させるまで血の滲むような努力をしたのだ、その誇りともいうべき名を外に漏らす程自分たちの結束は弱くないのだ。


 どうしてそれを知っているのだと、ネレアルの目が危険色に染まっていた。


 ……こーゆーところがなければ仲良くしたいんだがな……。


 頭をボリボリと掻き、髪の毛の中からなにかを取り出してネレアルに見せた。


 それは、涙型をした無色の水晶で、なにか不思議な感じを纏わせていた。


「なんですか、それは?」


「おれたちは"鍵石かぎいし"と呼んでいるスカブ・シードの"魂"です」


 いっている意味がわからず、ネレアルは眉を寄せてネアトを凝視した。


「差し上げます」


 ネレアルの手を取り、鍵石を渡した。


「興味があるのなら解読して見なさい。可愛い小鳥さん」


 ネアトの悪戯っぽい笑みを挑戦と受け取ったネレアルは、受けてやるとばかりにニヤリと笑った。


 ……ほんと、突っつき甲斐がないね、この小鳥さんは……。


 心の中で苦笑していたネアトの視線がネレアルから外れ、突然、吹き出した。


「なんですか、突然?」


 また頭をボリボリと掻き、今度は五センチ程の機器を出して見せた。


「中佐の頭の中はいったいどうなっているんですか?」


 ネアトの髪の毛はそれ程長くない。良いところ十センチだ。先程の鍵石なるものもこの機器も隠すには無理があり、あればわかる大きさである。


「ザ・宴会芸!」


 と、花を出して見せた。


「で、なんなんですか?」


 あっさりと切られたネアトはホロホロ泣いて見せたが、その冷たい目を暖めることはできなかった。


「……すみません。所長の会話を聞いていました」


 ネアトのとんでもない告白にネレアルは目を丸くした。


「盗聴してたんですかっ!?」


「嫌われ者のたしなみです」


 その驚きに満足したネアトは、親指を立てて見せた。


 ネレアルは頭を抱え、とても重いため息を吐いた。


 ……そうね。この人からすればわたしなんか可愛い小鳥だわ……。


「やはり第134攻撃隊製ですか?」


「ええ。嫌われ者が生き残るには上司攻略が最優先ですからね」


 そのセリフにヤレヤレと肩を竦めて見せた。


「……ほんと、良い性格してますね、中佐は……」


「先祖からの大切な遺産。あるならしっかり受け継がないと悪いでしょう」


 つまり盗聴機も銀河黄金時代の遺産であり、スカブ・シードから生み出されるという訳だ。


 その会話は前を歩く2人にも聞こえていたし、それがこんなところで話す内容でもないことも理解していた。


 ……良いのかよ、そんな軍事機密級の話を聞かせても……!


 そう突っ込みたいが、それを面と向かっていう勇気もなく、なるべく関わらないように聞こえないフリを続けた。


「それで、嫌われ者が生き残る方法その二はなんなんですか?」


「そりゃあ~アレでしょう」


「ですよね」


 後ろから注がれてくる、なんともいいがたい視線を感じ取ったケリアとミリアは、自然と歩く速度が上がった。


 だが、それを逃がす星と鷹ではなかった。


 ネアトとはケリアの肩に。ネレアルはミリアの肩に手を置いた。


「君とは良い友達になれそうな気がしてならないよ」


「わたしも。同年代の友達がいてくれて心強いわ」


 まきこまないでくたさいっ! とはいえない二人だった。

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