第2章 嫌われ者のたしなみ
7
まだ幼さが残る少女が食堂に慌ただしく駆け込んできた。
「ニュースっ! ニュースっ! 大ニュースよ!」
そう叫ぶ少女──ラミア・クートン訓練生に、食堂にいた者たちは、またかと思いながらもそちらに意識を向けた。
街から遠く娯楽もない。あるといえば広大な岩砂漠と蒼い空くらいなもの。そんな環境では、ちょっとしたことでも楽しみになるのだ。
「今度はなんなんだ?」
「ゴリアでも脱走でもしたか?」
「《セーサラン》でも攻めてきたか?」
あちらこちらから好き勝手な野次が飛び交い、ラミアのびっくりニュースなるものを煽り立てた。
そんないつもの光景にラミアは、ふっふっふっと笑って見せた。
「なんなのよ、いったい?」
「早くいえよ」
まあまあともったいぶり、食堂を見渡せる演台へと上がった。
いつもと違うことに訝る仲間たちに構わず、ラミアはわざとらしくマイクのテストなどして焦らして自分に注目を集めた。
「では、諸君。大いに驚け。今日、我が第七訓練所に新しい教官がくるのだぁ~っ!」
といって驚く者はいない。
ここは軍事施設。軍人が管理している。転属着任など珍しくもない出来事である。
つい四日前にも一人、教官の任を終えて者が去って行った。慣例通りならそろそろ新しい教官がくる頃であった。
「おいおい、それのどこがびっくりニュースなんだよ」
「珍しくもない日常の出来事じゃん」
飛び交う文句に余裕で、さも望んでいた反応であるかのようにニヤニヤするラミア。
「なんだよ、そのムカつく笑いは?」
「フフのフ。その"教官"がびっくりなねよね~」
「だから早くいえよ!」
「これ以上もったいぶるなら投げるぞ」
その宣言に幾人かが賛同し、テーブルに置いてある調味料の小瓶をかかげて見せた。
「まあまあ、これは君たちの心を落ち着かせるためのもの。ラミアちゃんの優しさ。わかってちょうだいな」
「──わかるか、ボケ!」
小瓶が一つ空を飛んだ。
「──ったく、しょうがないわね」
飛んできた小瓶をキャッチし、演台に置いた。
「じゃあ、今度は本気で驚け。今度くる教官は、あの"鉄壁の鷹"と"幸運の星"なのだぁ~~っ!」
世界が二秒程停止。そして大爆発。我先に演台でふんぞり返るラミアへと押し寄せた。
そんな激戦区から少し離れた場所。窓際の四人用テーブルで、とっても個性的な四人の少女は騒ぎに加わらず食後のデザートを堪能していた。
「……鉄壁の鷹に幸運の星? なにそれ?」
虚ろ目の少女がプリンを口に入れるのを止めて呟いた。
その左側で三杯目のビックパフェを口に入れようとしていた丸坊主頭の大柄な少女が珍獣でも見るような目を虚ろ目の少女に向けた。
「……お前、マジでいってんのか……?」
「本当に冗談をいっているのなら笑ってさしあげますわ」
目の鋭い、いかにもお嬢様といった感じの少女がそういってからアップルティーを口にした。
「まあ、冷笑も笑いのうちだわな」
どこにでもいそうな顔立ちの、右目に花柄の眼帯をした少女が小声で突っ込み、半分以上あった炭酸ジュースを飲み干した。
そんな個性的な少女たちがやっと演台へと目を向けた。
「にしても凄い騒ぎようだな」
「当然ですわ。鉄壁の鷹だけでも驚きですのに、まさか統一連合軍最強の英雄がくるんですもの、驚くなという方が悪いですわ」
「しかもこんな辺鄙なところにね」
二人を知る三人は、虚ろ目の少女を忘れて話をしていた。
自分が無知なのも虚ろ目なのも承知している。それでバカにされてもしかたがないと思う。だが、自分の興味を無視されるのは許せなかった。
「なんなの?」
とはいえ、強引にでることはない。ただ、答えてくれるまで問うだけであった。
出会って一年以上寝食を共にしてきた仲であり、同じ"特別班"で一緒にいる時間が長い。それだけ一緒にいればどんな性格であるかなんて十二分にわかるというものである。この"静かなる問い"を何回も受けてきた眼帯少女は、ため息一つ吐いて虚ろ目の少女へと目を向けた。
「ネレアル・リアとネアト・ロンティーって名に聞き覚えはある?」
「ない」
「それでどこから話せというのよ……」
「どんな人かではなく、どんなことをした人かを聞きたいのでしょう」
お嬢様少女の言葉に虚ろ目の少女はコクンと頷いた。
「それならそうといいなさい。ったく、あんたは言葉足らずなんだから」
「この目でおしゃべりだったら気持ち悪いがな」
「あんたは一言減らしなさい」
その中間の性格としては疲れてしょうがないとばかりに肩を竦める眼帯少女であった。
「なんなの?」
極端の片方が静かに、鬼気迫らない目で眼帯少女を見た。
狙われた以上もはや逃れられない。自分が欲しい情報が得られるまで鬼気迫らない目で見詰められるのだ。自分の面がどんなに厚くても四日も見続けられたら溶けて蒸発するというものだ。
「はいはい、んじゃ鉄壁の鷹からね」
といって眼帯少女は水を一口飲んで口を滑らかにした。
「ネレアル・リア。階級は大尉で二十歳。八十七パーセントという高い適合率で訓練所に入り首席で卒業。それだけの実力があるなら士官学校に進むのが普通なんだけど、鉄壁の鷹は、なぜか軍に入った。三等兵としてラニス方面軍所属第四艦隊第二防衛大隊第189防衛隊に配属された」
「これは噂ですが、幸運の星と競いたかったかららしいですわ」
と、お嬢様少女が補足した。
「その噂を証明するかのように凄いスピードで昇進して行ったよ。元々頭が良い上に統率力も神業的だし、スカブ・ラクター、リグ・シードどちらも達人級に使いこなすそーだ」
続いて丸坊主頭の少女も補足した。
「なんやかんやで一年でエースの照号を得て、第224防衛隊の隊長に昇進。当時は確か、少尉だっけ?」
お嬢様少女へと確認の目を向けるて、そうだと頷いた。
「就任直後、第5次接触戦が始まって、第224防衛隊は、シスロークの第六の壁として後方に配置されたの。そして、四十以上もの防衛隊を犠牲に第四次接触戦は集結──したかに見えたが、それは《セーサラン》の作戦。残存の防衛隊がそれぞれの基地に戻ろうとしたとき、《111》──自爆型獣500匹が突如として現れた。誰もが人類脱出計画は水泡にきすと思った。しかし、ただ一隊、第224防衛隊だけは帰投していなかった。とはいえ、第224防衛隊の構成は、リグ・シードを中心にした守りの陣。スカブ・シードは隊長機と情報収集機の二機だけ。とても五百匹もの猛攻を防げる数ではない。逃げろという命令が司令部と問わず他の防衛隊からも発せられた。だけど、第224防衛隊は退かなかった。それどころか最大戦速で突っ込んで行った。《111》とまさに正面衝突というとき、第224防衛隊が1羽の光の鷹となった」
「ソルディアル・モード?」
スカブ・シードの最終バトルモードで、これを出せる者こそエースとしての称号が得られるのだ。
「たぶんね」
「たぶんなの?」
「まだ本物のスカブ・シードに乗ってないんだからわかる訳ないでしょう」
自分たち二年生が扱えるのは練習機か体感ゲームに毛の生えたシュミレーターだけなのだ、ソルディアル・モードなんていう伝説級の技など語れという方が間違ってる。
「んで、その光の鷹は、紡錘陣で突っ込んでくる《111》を一刀両断。光の羽ばたきで三百以上も消滅させたそーよ」
「それで鉄壁なの?」
「ううん。そのときはまだ"光の鷹"と呼ばれていたけど、大隊長になってから一匹も通さないところから鉄壁に変わったって話よ」
以上終わりという眼帯少女に満足したかはわからないが虚ろ目の少女は頷いた。
「幸運の星の名前はネアト・ロンティー。年齢は二十一。こちらは今更語るのもバカらしい程とんでもない逸話だらけね。四十六パーセントという底率で訓練所に入り、これまた最低で卒業。その成績に何人もの教官が泣いたというわ」
「入れる方も入れる方だが、出す方も出す方だよな。五十パーセント以下なんて標的以外なものでもないだろうによ」
「確かに。けど、幸運の星が最初に入れられたところは偵察隊。敵を見つけるのがお仕事。せめて弾除けになるくらいの腕を身に付けろってことでしょうよ」
「ところがどっこい幸運の星は敵の哨戒部隊と鉢合わせ。弾除けになる前に三匹を倒したそーだ」
「それから出撃する度に撃墜数は上がって行き、筈か半年で上等兵に昇進。更に出撃すること数十回。数万の《セーサラン》を倒して第134攻撃隊の隊長に。そのとき彼の星は二十歳。三等兵から准尉になるまでたったの二年。本当ならもっと早く昇進してたんだけど、上官運がなくて勲章で誤魔化されたそうよ」
「けどよ、教官って確か、士官候補生の最終試験じゃなかったっけか?」
「いわれてみればそうね。第六次接触戦が終わったとはいえ、警戒はイエロー。攻撃隊は第2種警戒態勢中。こんな後方にきている場合じゃないでしょうに?」
「なあ、幸運の星って大隊長で大尉だっけか?」
「いいえ。中佐よ。元帥をテロリストから救ったから。それがどうかしたの?」
丸坊主頭の少女が珍しく悩んでいたので思わず聞き返してしまった。
「いやさ、うちのトップってあのダメダメ大佐で、二番目がカチカチ大尉じゃんか」
「ふふん」
「教官は少尉のおっちゃんに、曹長のにーちゃんやねーちゃん。管理職連中は軍曹や上等兵じゃん」
「だから、どうだと?」
「いや、そんなところに大尉どころか中佐がくるってどうなのよ? しかも、統一連合軍最強の英雄であり最強の問題児がきたらどうなるのさ?」
「どうなるって……」
そこまでいって眼帯少女は押し黙ってしまった。
命令無視に軍法違反は数知れず。営倉入りも査問会もどこ吹く風のスペシャルエース。そんな破天荒な星と屑星とでは戦いにもならない。いや、とても良い"エサ"でしかない。
「……荒れるわね」
「荒れますわね」
「だよな~」
虚ろ目の少女以外の少女たちは、これからやってくる嵐にほくそ笑んだ。
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