高度一万メートル。


『ソジュア工房』から生まれたばかりのスカブ・シードが1機で飛行していた。


 スカブ・ラクター側のコクピット側の中には、肌に密着したパイロットスーツを着る美女と軍服姿の、とても軍人らしからぬ男がいた。


「なかなかの操縦だ」


 角度も速度も無視した大気圏突入を果たした美女に、軍人らしからぬ男──ネアトは賞賛を贈った。


「ふふ。スペシャルエースにそういってもらえて光栄ですわ」


 ヘルメットから出る口許が和らぎ、突然、機体が急加速させた。


 右斜め前の航法席に座ったネアトは、そんな荒っぽい操縦に苦笑い、機長席に座る美女──ネレアル・リア"大尉"へと振り向いた。


 その柔らかい微笑みは男を魅了し、その抜群のプロポーションは男の目を楽しませ、その涼やかな声は男の心を揺さぶる力があった。


 清純にして魅惑。そんな相反する魅了を持った美女と二人っきり。そんな状況をセッティングしてくれた人に大感謝──するどころか恨み言でいっぱいであった。


「"鉄壁の鷹"の噂はいろいろ聞きましたが、まさか貴女だったとはね」


 同じ軍でも攻撃隊と防衛隊とでは領分も違うし、後方勤務などに回してもらったこともない。常に最前線では噂を聞くのがやっとであった。


 ……さすがおれ。見た目とは全然違っていたよ……。


 もっとも、誰それの孫だろうが性格に難があろうとネアトは、気にしない。


 美女は好きだし、そのプロポーションに想像の翼を羽ばたかせたりもする。至って普通の反応を示す。だが、男の本能は普通にできていても感覚の方は逸脱していた。


 この三年、八割以上勘で生きてきたネアトの直感は人類の域を飛び出している。


 その直感が『危険だから止めておきな』と囁き、残りの理性がこの"同行"が移住派のドンの企みだと断言しているのだが、それ以上進展を求めたい程人世には飽きてないし、恋愛するのならもっと静かに、心温まる恋愛がしたかった。


 ……まったく、おれを取り込むためだからって、なにも異動させることめないだろう。第224防衛隊の連中が泣いてたぞ……。


 軌道エレベーターの宙港に集まった防衛隊の面々──別名、『ネレアル親衛隊』を思い出し、深いため息をついた。


 地上まであと300メートルという高度で噴射をカット。まるでここが宇宙であるかのように機首を180度回転。急上昇をかけた。


「凄いですね、スペシャルエースの変革は。とても『ソジュア工房』製とは思えません。わたしのスカブ・シードより感度が良いわ」


「まあ、スカブ・ラクターからの操縦はネレアル大尉のマナで調整しましたからね」


「フフ。ほんと、聞かないとなにも教えてくれないんだから、中佐は」


 そうですよとばかりにニヤリと笑った。


「ところで、どうして大尉は自分の機を持ってこなかったんです? 『レジロア工房』製を与えられる程の優良軍人でしょうに」


 ネアトたち第134攻撃隊が苦労してオトラリアから持ち出した『レジロア工房』製のスカブ・シードは一人乗り用であり、エース級(上層部に人気があるエース級)に与えられる。


 人型をしたリク・シードと翼機型のスカブ・ラクター。それらを合体させたものがスカブ・シードだ。明らかに複数で乗りこなす兵器にも関わらず『レジロア工房』製は一人乗り用なのである。とはいえ、《セーサラン》が侵略してくるまでは一人で運用されてきた。なぜならスカブ・シードが余りにも強力で使用できる場がなかったからだ。


 光力炉──ジン・ハートという半永久機関炉を搭載したこの兵器は、人類が生み出した戦艦100隻に勝る。そんな強力兵器を使っていたら人類はとっくに滅んでいる。


 抑止力の象徴となったスカブ・シードは、七カ国条約により一国につき200機。運用は宇宙のみ。ただし、光力炉や他兵器に転用できる機器の生産は可とされた。


 そんな条約も《セーサラン》侵略で僅か半年で解約。各機適性人数で運用されることになった。


「スカブ・シード博士に見せる程恥知らずではありませんわ」


 訳すと機体情報を奪われたくないってことだろう。


「別に大尉の機体に興味はありませんよ。初代スペシャルエースからの受け継ぎされてますからね」


「""幻惑の黒猫"ですね。確か、ジェリート・レイム少佐でしたか?」


 その名に微かに顔をしかめたネアトにネレアルは微笑んだ。


「記録を見て驚きました。適合率56%という低さに加えて士官学校を最低で卒業。なのに、戦えば必ず勝つ。それも反論を許さない勝利で」


 まるで誰かさんのようと呟き、右斜め前に座るネアトに意地悪く微笑んだ。


「第4次接触戦では、第6惑星に押し寄せる2万もの《セーサラン》を相手にたった1隊で挑み、完全に消滅させた。確か、それで無敵攻撃隊という名が生まれたのでしたね」


 一回の戦いで数百という《セーサラン》を倒す攻撃隊はいくつもある。何千と倒す攻撃隊もいた。だが、何万という《セーサラン》を倒したのは、ジェリート・レイム率いる第056攻撃隊だけであった。


「でも、それだけの偉業をした人ならもっと綺麗な異名が残るのに、なぜ"幻惑"なんです?」


「命令違反は数知れず。どんな難物でも口説き落とす。好き嫌いで動く部下を持つ上司としては嫌味の1つでもいいたくなるでしょうよ」


 幻惑と名付けたのは上の連中であり、仲間たちはそんなシャレた名では呼ばなかった。


「あら、それは初耳。なんと呼ばれていたんです?」


「野良猫」


「はい?」


「野良猫と呼ばれていたんですよ」


 一瞬の間が空いたあと、ネレアルはクスリと笑った。


「とても素敵な称号ですこと。わたしもそんな称号が欲しかったですわ」


「おれとしては鉄壁の鷹のような雄々しい称号が欲しかったですね」


「師匠顔負けのひねくれ方ですこと」


「貴女もでしょう」


「ウフフ」


 魅惑的に微笑みながら最大噴射をかけた。


 まるでひねくれ方を競うように。

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