それから一時間後、ネアトは高級車の中にいた。


 向かい合う車内には、ルクスニール元帥と秘書のレイヤー中尉、先程護衛をしていた一人、ワルター大尉が同乗していた。


 目的地は、統一連合軍第三作戦本部局。移住計画の本拠地であった。


 なにゆえにと問うネアトに、ルクスニール元帥は、事情聴取とお礼だと答えた。


 五日の休暇兼移動日をもらったから時間はある。一日くらい良いかと軽く受けたが、良く良く考えると派閥争いの中心に行く事に気がついた。


 とはいえ、今更行きたくないといったところで聞いてくれるとは思えない。しょうがないので諦め、外でも眺める事にした。


 ……しかし、三年前よりまた一段と寂れたなもんだ……。


 前後左右を護衛車に囲まれ、ハイウェイを貸し切り状態なので人の動きはわからないが、建ち並ぶビル群に輝きがなかった。


「滅びへの序曲って感じだね」


 なんとはなしにネアトは呟きにルクスニールが応えた。


「幸運の星から不運の星に転向かね?」


「元々不運の星ですよ。一週間と置かずに戦いに身を晒しているんですからね」


「フフ。ご利益があるのは周りだけ、ということか」


「まったくそーですよ」


 相手が元帥だろうとネアトには気にしない。それが自分の休暇を奪う者なら尚更だ。そんな奴らに気など使ってられるか、である。


「なんというか、テレビで見るのと違いますね……」


「ああ。オトラリアからの中継ではもっと精悍だったのに……」


 レイヤー中尉とワルダー大尉の囁きに、ルクスニールは好好爺と笑った。


「最低の成績で訓練所を出た後、リグ・シードのパイロットとして第3艦隊の偵察隊に配属。最初の任務で《075》の中隊と遭遇。三匹を倒して2等兵に昇進。それから出撃すること数十回。数百もの《セーサラン》を撃墜して1等兵に昇進。スカブ・シードを与えられる。第五次接触戦では第三艦隊に特攻を掛けた百以上の自爆獣から艦隊を救い上等兵に昇進。その後、第17艦隊所属第189攻撃隊に転属。第7防衛線67エリアにて千を超す《024》と遭遇。激闘の末、半数を文字通り消滅させた。その功により伍長に昇進し、第007偵察隊へと異動。第六惑星を強行偵察中、彼の《シルバーズ》と接触。死闘の末、たった一機生還。万を超す撃墜と100パーセントの作戦成功率。16ある勲章を全て授与される。そのとき彼の星は二十歳。訓練所卒初の尉官となるり第134攻撃隊の隊長となる。その初任務として下されたのはオトラリアへの強行し、《セーサラン》の生態情報収集に〔ロジロ工房〕の回収。一月にも及ぶ苛酷な作戦でありながら生存者救出を成功させ、多く《セーサラン》の生態情報を収集して誰一人欠けることなく生還する。その功により異例の2階級特進。中尉となる。第六次接触戦ではいち早く《セーサラン》の侵攻を察知し、艦隊の出撃時間を稼いで大尉に昇進。終盤では《シルバーズ》の策略を見抜き、シスロークを守って少佐となった」


 嫌な顔をするネアトを見詰めたまま人類の希望の経歴を述べた。


「そんな絵に描いたような英雄がほのぼのした青年では格好がつかんな」


 ルクスニールを纏っていた獰猛な気配が霧散し、とても柔和な笑顔を見せた。


「自分としては絵に描いたような平凡な男と思ってるんですがね」


 そんな挑発を素直に買う程真っ直ぐな性格ではないのだが、なぜかこのときは買ってしまった。


「なにが目的で?」


 ルクスニールは楽しそうに笑った。


「目的という程ではない。ただ、幸運の星に質問したかっただけだよ」


「質問? 自分に、ですか?」


 読み違いに思わず問い返してしまった。


「ああ。《セーサラン》を良く知る君に、だ」


「《セーサラン》の生態を一番知っているのは自分ではなくオルディオル研究所のギース教授ですよ。あの人なら三日でも四日でも《セーサラン》の生態を語ってくれますよ」


「生態ではない。わたしが知りたいのは《セーサラン》の思考だよ」


 その眼差しをしっかり受け止め、この風変わりな元帥の思惑を探ろうとして止めた。こういうタイプは簡単に底を見せない。見せたて思って騙されるのがオチだ。


「軍部に2つの勢力があるのを知っているかね?」


「まったく知りませんし興味もありません。下っぱには関係ありませんからね」


「はっきりいう男だ」


「世渡りが下手なものでね」


「生き残りは得意なのにな」


 思惑を見せない視線をぶつけ合う似た者同士に車内は異様な空気に包まれた。


「……《セーサラン》の本拠地、オトラリアに総力戦を仕掛けようとする一派と星を捨てて逃げ出そうとする一派だ」


「戦力差は?」


「五分五分、といいたいが、やや逃げ出そうとする一派が弱い。そこで聞きたい。総力戦は可能かね?」


 その問いにネアトは「ふむ」といって考え込んだ。


 いや、考えるまでもない。そういったシミュレーションは何度とやった。そして、同じ答えが出ている。考え込んだのは本当に答えて良いのか迷ったからだ。


「……自分の、一個人の意見でよろしければ」


「ああ。構わない。一個人の偽りのない意見を聞かせて欲しい」


「それで良いのなら総力戦は『よろしくない』と答えましょう」


「それはなぜに?」


「これは正確な情報ではないし、自分の勘でしかありませんが、《セーサラン》には──いや、《セーサラン群》には、十七の群団と三つの勢力があります」


「判別する方法はあるかね?」


「それぞれの群団には所属を意味する思考波を出しています。その思考波を辿って行くと、それぞれの群団には帰還する場所が決められている。〔ボルトス〕、〔レーベリア〕、〔オトラリア〕の三ヵ所に。この三ヶ所にはリーダー格の、まだ人類が接触してない"なにか"がいます。ちなみに彼の《シルバーズ》はどこにも所属していません。どこか……これも勘レベルですが、《シルバーズ》には空母というか、移動する巣というか、我々は〔群巣レギオン〕と呼んでますが、その〔群巣レギオン〕に戻っていると推測します」


「……なんというか、良くそこまで調べたものだな……」


 どれもこれも軍上層部が知らない"事実"にため息を漏らした。


 上層部は《セーサラン》をただの獣の集団としか見ていない。だから下に無茶な命令を下すし侵略されるのあると、ネアトの目がそういっていた。


 間違える事なく読み取ったルクスニール元帥は、耳が痛いと苦笑し、先を促した。


「我々と《セーサラン群》との戦力差は三対七。統一連合軍はその絶望的な数字を知りながら見ようとしない。知ろうともしない。これで総力戦をしたところで他の二つの勢力が〔ラグホンク〕を襲ってくる。それも総力で、ね」


 ネアトは黙り、風変わりな元帥が飲み込むを待った。


「……では、逃げ出すのはどうかね?」


「それにも『よろしくない』と答えましょう」


「どうよろしくないのかね?」


「《セーサラン群》には数千万にも及ぶ哨戒部隊を〔ジ・アルオース〕中に放ち、我々人類を見張っている。我々がどこにも逃げないように、この星系で死滅させるために、ね。あの『レーベリアの抜け駆け』が良い証拠です」


 第六惑星最大都市国家、レーベリアの権力者と金持ち連中が密かに移住船を建造して逃げ出したが、第九惑星付近を担当している哨戒部隊に発見され、五万にも及ぶ群れに襲われ塵と化した。


「奴らは我々を見ている。我々がなにをしているか理解している。どう対抗するか考えている。我々が動けば奴らは動く。万全の用意で。万全の意志で。我々が死滅するまで戦うでしょうよ」


「人類は、勝てるかね?」


 その問いにネアトは微笑んだ。


「星のみぞ知る、ですかね」

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