第1章 最低の休暇
2
──
自分がそう呼ばれている事は知っていた。
5角の星を好み、どんな過酷な作戦でも生き残るところや自分の配下になると高い生還率を叩き出すところからついたらしい。
別になんと呼ばれようが気にはしないし、どう思われようが構わない。呼びたければ勝手に呼べば良い。除隊までの生還率24%。そんな絶望的な統計を覆せるのなら、仲間の死を見ないで済むなら拒む理由はないというものだ。
……だからといって星自体が恩恵を受けるとは限らないんだよな……。
緊急防御壁──テーブルに自分のコートを掛けたものに背を預けながら幸運の星がホロホロ泣いた。
辞令が出て丸一日。地上に降りて三十分。昼食をとろうとちょっと豪華なレストランに入ったら、なぜか戦闘強化服を纏った武装集団と鉢合わせ。状況を理解する前に撃ち合いになってしまったのだ。
……まさに己の幸運を削るかのようだ……。
「いや、助かったよ、幸運の星くん」
横から声がして振り向くと、どこかで見たような七十前後の老紳士と、いかにも護衛な大男が二人いた。
「なにがなにやらさっぱりなんですが?」
乾いた笑みを浮かべながら状況の説明を求めた。
「見ての通り、襲撃されて君に助けられてこうして追い込まれている状況だよ」
どこかの誰かを彷彿させる簡素な説明だな、とは思いながらもそこはそれ。数々の死闘を乗り越えてきたネアトである。直ぐに戦闘スイッチをオンにした。
「んで、あの物騒な方々はどちらさまで?」
「いわゆるテロリストで星と死にたい者たちだな」
妙に落ち着いた老紳士に「ふむ」と頷いた。
外星系から《セーサラン》が現れ、次々と惑星を侵略されるにつれ、自暴自棄に陥った一部の人間と、惑星改造反対派が集まり、なぜか移住計画を妨害しているという話を思い出した。
「星と共に死にたいという"ホグホリアン"がなぜあなたを?」
厳重な警備体制を誇るセントラルシティーの、それも統一連合軍が管理する軌道エレベーターに侵入するのがどれだけ大変か。そして、逃げ出すのがどれだけ絶望的か。それだけの価値がどこにあるのか理解できなかった。
「なるほどのぉ。噂通りの男だわ」
突然笑い出す老紳士にネアトは眉をしかめた。
「まあ、自己紹介は後程ゆっくりとしようではないか。今はこの状況を打破しようではないか」
「それもそうですね」
ネアトは抱えていたカバンから円筒形の物体を取り出し、それを両手で軽く捻った。
ぽん、という軽い音と共に物体が膨らみ一着のコートになった。
「うちの隊で使っている簡易防御コートです」
フリーサイズのコートを老紳士に纏わせた。
「無敵攻撃隊はこういうものまで作るのこね?」
「無茶いう割りに充分な装備わくれませんからね、上の方々は」
必要なものは自分たちで調達する。なければ作る。研究する。それが第134攻撃隊のモットーである。
「そちらの方々にはこれをどうぞ」
カバンから電磁警棒取り出し、二人に渡した。
「お、おい! こんなもので戦えというのか!?」
「相手はスカブ・シードに搭載されていたジェネレータを搭載した戦闘強化服だぞ!?」
「それで十分。光力に頼ってるアホにはね」
本人はにっこり笑ったつもりだが、見ている者にはなんとも意地悪な微笑みに見えた。
「マナ・キャンセラー、スイッチオ~ン!」
かかげた右腕の腕時計から虹色の光が放たれた。
それは、半径三十メートル内にある光力機器を無効にする、今は失われた道具であった。
「では、戦闘強化服を無力化してください」
そう護衛の方々にいってネアトは床を蹴った。
まずオートバランスを自動から手動に切り替えた一人(熟練者)へと詰め寄り、連打を浴びせ沈黙させた。
と、視界の隅に金属のようなものが映った。
直感が危険だと叫ぶので素直に従いその場から飛び退いた。
その直後、今まで顔があったところをヒートナイフが駆け抜けて行くところだった。
「危なかった~!」
全然説得力がないことをいいながら、それをやった人物──真っ赤な髪を持つ四十代前後の中年女性を視線を向けた。
「ふふん。なかなか良い"トリニカル・スーツ"を着てるじゃないかい」
「そちらは随分派手な"トリニカル・スーツ"ですね。うちの隊以外で色付きなんて初めて見ましたよ」
基本、トリニカル・スーツは黒か白であり、第134攻撃隊のように青地に白のカーラーリングで仕上げてあるのは皆無であった。
「しかもヒートナイフだなんて。どこぞの特殊部隊より危険ですよ」
醸し出している気配もどこぞの特殊部隊にも負けていない。まさに一騎当千な相手であった。
「星と共に死ねない恥知らずどもが多いからね」
そんな女のセリフにネアトは鼻で笑った。
アホに正論をいったところで理解するとは思えないし、聞く耳もないだろう。ならば鼻で笑ってやるのが一番効果的である。
「……なにが、可笑しい……」
「アホがアホなことをいっている。ならば、笑ってやるのが礼儀でしょう」
女の顔が見る見るの内に真っ赤に染まって行く。
……頭に角があったら赤鬼だね……。
そんなどうでもいい事を頭の隅で考えながら大振りで、だがそれでいて鋭い蹴りを交わしながら女の軸足を払ってやったその瞬間、ヒートナイフを放ってきた。
当たれば戦闘強化服すら焼き斬るだろうヒートナイフだが、ネアトが着ているトリニカル・スーツは小型セーサランとの死闘で鍛え、大気圏突入にも耐えたのだ、たかだか軽合金を溶かすくらいの温度でどうこうできるトリニカル・スーツではないのだ。
右手であっさり受け止め、左拳を女の腹に打ち込んでやった。
「お見事」
気絶した女を受け止め、その賞賛に肩を竦めた。
「しかし、あの赤レッドい悪魔デーモンを瞬殺とはな。さすが《セーサラン》と死闘しただけはある」
「──閣下っ! どこですか、閣下っ!」
と、入り口から女性の叫び声が聞こえてきた。
「閣下って?」
「うん? ああ、わたしのことだよ」
「閣下なんですか?」
「ああ、閣下だな」
そうなんですかと、奇妙な閣下を見詰めるネアト。だが、それ以上に奇妙な目でネアトを見る護衛の二人いた。
「──ああっ! 閣下! ご無事でしたか……」
三十代前半の女性士官が髪を乱し、軍服を焦がしながら現れ、上司を見るなり床へと崩れ落ちてしまった。
「やあ、中尉。そちらも大変だったようだね」
老紳士──老閣下が女性へて近づき、まるで孫をあやすかのように慰めた。
そんな光景と、続々集まってくる兵士たちを眺めていると、護衛の一人が話し掛けてきた。
「凄いな、これ。防電加工された戦闘強化服の電子装置を焼いたぞ」
「まあ、《セーサラン》を生け捕りするのに作ったもんですからね。それより、あの閣下って、どこの閣下さまで?」
ネアトのとんでもない発言に護衛の男たちはギョっとした。
こいつなにいってんだという目に気まずいものを感じたが、知らないものは知らないだし、このまま知らないでいるのもなにか不味いものがある。なので護衛の男たちの視線に堪えた。
「……ルクスニール・リア元帥。移住計画の総責任者だ。本当に知らんのか……?」
「はい。まったく知りません」
ネアトはキッパリといい切った。
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