フォーチュンスター

タカハシあん

序章 星の攻撃隊

 コクピットに設置したデジタル時計が午前零時を告げた。


 ……移住暦五百年の到来、か。思えば良くも続いたもんだ……。


 霞む意識の中でネアト・ロンティーはそう思った。


 七百年前、旧銀河で起こった大戦により、人類は住む星を失った。


 辺境に位置しているという意識が戦況を見る目を鈍らせたため、直ぐそこまできている危機に気が付かなかった。


 それでもそのときの指導者の奮闘により、四百万の命を数百隻の移住船と七隻の護衛艦に乗せることができた。だが、やはり時間が足らず、新天地(新銀河)までの道標を用意することができなかった。


 おおよその位置だけを頼りにした新天地(新銀河)への旅は四十年と早かったが、移住可能な星を探すのに百六十年も費やしてしまった。


 やっと見つけたこの星系──〔ジ・アルオース〕には、開拓可能な惑星が八つもあり、その中の第四と第七惑星には水と空気、そして眩しい程の緑があった。


 そのとき、人類は百万弱。数百隻あった移住船は二十九隻まで減り、護衛艦に至っては一隻となっていた。


 四番目で輝く青い星を自分たちの新しい故郷と決めた人類は、昔の勇者の名を取り、〔ラグホンク〕と名付け、白銀に輝く大小の衛星には、六十年に渡って人類を守った双子の船長のを取って〔ラニス〕と〔ニニス〕と命名した。


 六つある大陸の一つ、〔ニシビア〕と名付けた大地に降りた人類は、そこに都市を築き、人類再生に取り掛かった。


 やがて大陸全土に人々が行き渡り、人類が旅立た数まで繁栄したとき、人々にゆとりが生まれた。


 それは〔ラグホンク〕に降り立って五十七年目の事。


 そして、〔新天地祭〕が生まれた瞬間でもあった。


 何十回にも及ぶ独立戦争に二度の世界大戦。四十以上もの国に別れても人類は〔新天地祭〕と〔移住暦〕は捨てなかった。


 そしてきたる移住暦四百五十年。新天地祭三日目の事。"それ"は、〔ジ・アルオース〕に現れた。


 伝説の時代、数千もの文化と星を葬ってきた宇宙の獣──《セーサラン》だ。


 まず、最初に現れたのは、全長六十メートルの人型をしたドラゴンであった。


 後に《001》と呼称された宇宙の獣は、第十二惑星〔アラホルト〕にある他星系調査の最前線基地、アラホルンを襲った。


『──ドラゴン来襲。援護を乞う──』


 たったそれだけの通信だけが第八惑星にあるアルド国所属の軍事基地に送られた。


 基地司令官ニルニス大佐は、最新鋭の高速艦2隻を向かわせた。


 二日後、アラホルンに到着した指揮官アルド大尉以下百六十七名は、一文も送ることもできずに殲滅させられてしまった。


 それからまた調査隊を出しては還らず、巡洋艦を出しては還らず、更に小艦隊を出しても還らずと、各国バラバラに出していた愚行により1年も無駄にしてようやく人類は理解した。


 自分たちに敵が現れた事に。


 その時代、大国として、世界のリーダーを自負していたオーティアル国が出た第一次接触戦は、完全敗北。第十二から第九惑星が奪われ、各国が団結をした第二次接触戦では約六百隻もの戦艦と百万もの命が奪われた。第3次接触戦では第二の大国であり第七惑星を支配するオトラリア王国が滅び、そこに住む三千万もの命が消失してしまった。


 あの通信から二十六年。その時点で戦力差は七対三。分布図も七対三。人類はまだ危機を意識していなかった。


 更に第四次、第五次と戦いは続き、人類は、〔ラグホンク〕、〔ラニス〕、〔ニニス〕、移民船を改造した四つの要塞を残すのみになっていた。


 戦力差は三対七。分布図も三対七。とうとう逆転されてしまった。


 ……さて。人類滅亡まであと何年やら……。


      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……大尉! ト大尉! 聞こえ……返事…く…さい! ネアト大尉っ!」


 通信機から響く声にネアトはやっと自分が生きている事に気が付いた。


 徐々に回復して行く意識を計器類へと向け、損傷を確認した。


「……損傷率六十パーセント、か。まあ、至近で光炉弾こうろだんを四発も放てば当然か……」


 いや、当然ではない。機体が蒸発して当然なのだ。それでも死ななかったネアトの機体が異常なのである。と、その呟きを仲間たちが聞いたら間違いなくそう主張する事だろう。


「運の良さもここまでくると神憑りだな」


 俊敏を誇る1千匹もの《022》と、中距離型砲撃獣の《029》800匹に囲まれながら中心部にいる隊長獣に肉薄。四方へと光炉弾を放ち、8割を消滅させ残りを撤退させる。それが運でできるのなら"神憑り"だが、4回も見せられた者としては"神業"だろうと突っ込みたくなるというものだ。


「大尉っ! ネアト大尉! 生きてたら返事してください!」


「──おっと。忘れてた」


 死闘を演じた後とは思えない程、ネアトの思考はのんびりしていた。


 切っていた通信機をオンにする。


「こちらネアト、どうぞ」


「……まったく、あなたときたら……生きてたら早く答えろッ!」


 余りの興奮に、上官に対する言葉使いを忘れてしまった。


「アハハ。ゴメンゴメン」


 こちらは最初から部下に対する言葉使いを忘れている。いや、知らないといった方が良いだろう。


 訓練所時代から問題児で、今も問題児。変わることなくここまできたのだ、今更変える気もなければ気にもしなかった。


 しかも軍属になってからはいつでも最前線。出撃すれば戦果を残す。勝てばより激しい戦場へと送られる。それの繰り返しで出世し、部下が増えて行く。より激しい戦いをどう生き残るかで精一杯。細かい事に構ってはいられないのだ。


「それで、状況は?」


 自分より十五歳年上で、第134攻撃大隊第一副隊長であり、一児のパパであるヤムス少尉の怒鳴りが途絶えたところでネアトはのんびり切り出した。


 通信機の向こうからはなにかを叩く音と深いため息が聞こえてきた。


「……艦隊の二割を失いましたが要塞は無事です。右翼を守っていたレモル、リゼイン、イージ、セルドランの小隊が全滅。左翼は全滅はありませんが損傷は6割以上あります」


「そっか。新兵の集まりにしてはまあまあの戦果だね……」


 まあまあどころではない。艦隊にいる兵士は熟練者でもスカブ・シード隊の七割以上が十八、九のヒヨッコども。平均出撃回数が六回という士官学校出が一割。残りがベテランというなんともアンバランスな集団である。そんな戦力とも呼べない大隊で四千もの上級獣相手に戦わなければならないのである。全滅してが当然がこの損害。もはや大勝利と避けんでも良いくらいだ。


 だが、ヤムスはいわない。このエリアで勝ったところで全体的に見れば辛うじて追い返した程度でしかないのだから。


「さて。初陣の少年少女諸君はは要塞に戻ってゆっくり休むコト。各小隊長は損傷機の回収と生存者の捜索ね。で、何機?」


「うちの隊は別として、スカブ・シード十七機。スカブ・ラクター六機。リグ・シード十八機が残れます」


 ヤムスはすかさず答える。


 スカブ・シード乗りになって十年乗れば奇蹟という最悪な環境で17年も生き抜き、この『スペシャル・エース』の下に就いて一年も経っている。自分の役目くらい十二分に理解している。ネアトも自分になにができてなにができないかを十二分に理解していた。


「送られてくる情報を眺めながら二機のスカブ・シードに通信を繋いだ。


 中央モニターに小窓が二つ開いて二人の女性が映し出された。


 どちらもネアト直属の部隊、《第134攻撃隊》の一員で敵味方の情報収集を担当していた。


「んで、状況は?」


 まず、二十歳後半のレナ軍曹に目を向けた。


 一見して冷たい表情を持つレナだが、その心には好奇心と情報収集魂しか詰まってなかった。


 そんなレナを良しとするネアトは、味方の動きを調べさせていたのだ。


「ラニス、ニニスを守る第一、第二艦隊は三割を犠牲に敵主力を撃退。各攻撃大隊の損害は甚大。四百機以上失いました」


 二つの衛星を守る第一、第二艦隊は、大国の影響が根強く、多くの軍費が注ぎ込まれ、二百以上もの砲撃艦に三千機以上ものスカブ・シードが揃い、軍歴十年以上のものが動かしている。各衛星には百四十五の防衛基地があり、戦艦があり人がいる。それで三割も失う理由がネアトにはわからなかった。


「まったく、惰弱艦隊に改名するぞ」


 余りの不甲斐なさにため息をつくネアト。


「オーベスト要塞はもっと酷いですね。第三、第四艦隊は半数を失い攻撃大隊も八割がやられました。ニドリード要塞から第六艦隊が応援に出ましたが戦線維持がやっとですね。ウリューサム要塞は、まあ、お見事としかいえないですね」


「うん、まあ、あそこはほっといても良いでしょう。今はオーベストだ。敵の動きは?」


 レナとは対照的な表情豊かな二十代半ばのコズミ軍曹に目を向けた。


 こちらは見た目からして悪戯好きの策士家タイプで、作戦立案や《セーサラン》の生態や行動調査を任せていた。


「そうですね。《031》《051》《077》の混合からして艦隊戦を意識してますね。特に《077》が多いですし真っ先に攻撃大隊を潰してます。こりゃそうとう念入りな計画だわ」


 ネアトは「ふむ」といって瞼を閉じて考え込んだ。


 時間にして三分。瞼を開けてコズミを見た。


「突破されるかな?」


 コズミも「ふむ」といって考え込んだ。


 レゼリア大将の迅速な判断で突破は免れたが、それはあくまで『突破を防いだ』だけであって『突破を阻止』した訳ではない。そう思ったからこそ腹心の第6艦隊を差し向けたのだろう。


「断言はできませんが、あたしは突破可能だと思いますね」


「だよね~」


 といってまた瞼を閉じて考え込んだ。


 この年下の上官は、見た目は普通でのんびりしていることが多いが、決して無能ではないし鈍くもない。特務戦科兵並の戦闘能力を持っているし思考力も判断力も優れている。特に勘の良さは神の領域である。その年下の上官が瞼を閉じて考え込んでいるときは、決まって良くないことが起こる合図であった。


 他の部下たちもそれを知ってるからネアトが口を開くまでは誰も話し掛けなかった。


「……なんでラグホンクに行きたがるのかな?」


「ラグホンクを自分たちの巣にしたいからでしょう」


 真っ先にヤムスが答える。


 情報を得るために《セーサラン》の巣となった第7惑星、オトラリアへと強行し、大小様々な育成器や数を見て《セーサラン》の目的をラグホンクを自分たちの母性にすることだと判断した。


 ネアトの懇願でレポートを書いたヤムスである。誰よりも早く突っ込むのは当然であった。


「うん、そう。でもそれは最終目的。結果でしょう。なんで急にラグホンクなのさ? まだラニスやニニス、四つの要塞があるのに。それらを無視してラグホンクに強行する? 人類に自棄を起こせっていってるようなものだ」


 これまでの《セーサラン》の動きは地味で着実だ。目標を決めて確実な計画を立てる。消耗率が三割を切ったらどんなに優位に立っていても撤退する。そのときの撤退といったら拍手したくなる程隙がない。思わず『人類よ見習え』と叫んだくらいだ。


「あいつらは賢い。統括力も凄い。そんな奴らが意味のない戦いはしない」


「……陽動、ですか……?」


「勘だけど、そう思う」


 聞いていた全員が息を飲んだ。


 そのセリフは何度も聞いた。絶対死ぬという状況も三回は経験した。だが、そのセリフが自分たちを救ってきた。こんな時代に希望を見せてくれたのだ。


「大隊長、旗艦より通信です」


 大隊の通信長であるレナが旗艦からの通信をスカブ・シード用に変換してネアトの機体へと送った。


 中央モニターから小窓が消え、モニター一面に第26艦隊を纏めるレモアル少将が映し出される。


 自分と同じ歳から軍に身を捧げながらこれといった華々しい戦果もなく、ただ部下を犠牲に出世してきた男は、厳しい表情で自分を見た。


 こね"役立たず提督"が自分を嫌っていることは知っている。勝手に部隊を動かし、その命令に従っているのが許せないことも。


 だからといって気に病むこともなければ悪いとも思わない。営倉入りなど訓練所時代から食らっているし、降格などこちらからくれといいたいくらいだ。嫌われ最前線に送られたところで今更である。『死ね』に等しい命令など日常茶飯事の自分になにを恐れれろというのだ。


「無事でなによりです、提督」


 ここが戦場とは思えないくらい屈託なく笑うネアト。


「……第六艦隊の援護虚しく《セーサラン》にオーベスト要塞防衛線が突破されようとしている。貴官ら第134攻撃大隊は支援に当たれ。以上だ──」


 それだけいって消えてしまった。嫌味も愚痴もいわずに。


「嫌われちゃったかな?」


「好かれたこともないでしょう」


 ヤムスがすかさず突っ込んだ。


 この男になにをいっても無駄である。それを理解しただけ役立たず提督は救いようがある。ネアトを良く思ってない他の提督には胃薬が欠かせない者がいるのだから。


「それで、命令通り行くんですか?」


「再編は?」


「とっくにできてます」


 と、第134攻撃隊と混合隊の情報が送られてきた。


 その手際の良さにニッコリ笑い、混合隊の隊長機へと通信を繋いだ。


 現れたのはヤムスと同じ訓練所出身という渋みのある男だった。


「ジリオ曹長。話は聞いていたとは思いますけど、その隊を指揮してください」


「ですが、あの乱戦では支援に回る意味がないのでは?」


 ジリオも叩き上げのスカブ・シード乗りであり、命令通りに動くだけの道具ではない。不当な命令には逆らう人である。


 そんな不器用な男だと聞いていたネアトは、実に嬉しそうに笑った。


「命令はあくまでも支援。第六艦隊の邪魔にならないところから撃てるものだけ撃ってれば良いですよ。どうせ敵は頃合いを見て退きますから。あ、追撃命令が出ても追わないように。行きたい連中に任せてください。横取りしたら悪いですからね。まあ、うちの親分からの命令ならしょうがないですけど」


 そういう上官だよと聞いていたジリオも嬉しそうに笑った。


「了解です」


 見事な敬礼を見せ、混合隊が支援へと向かった。


 そんな光景を見ていたネアトは、とっても重いため息をついた。


 ……まったく、命令するのは疲れるよ……。


 どんなに才能があろうとネアトはまだ二十一歳。《セーサラン》の侵略がなければ大学生を満喫している年代である。それが生き延びる度に階級があがり、部下が増えて行く。沢山の命がこの肩にのし掛かってくるのだ。


 重かった。《セーサラン》と戦うよりその重さに堪える方か辛かった。


「……もっと早く生まれたかったよ……」


 それはネアトの口癖だった。


 その口癖は何十回と聞いた。その意味も知っている。だから第134攻撃隊の面々はなにもいわない。反応することもしない。たんなる口癖として流していた。


「……大尉……」


「──おっと、ゴメン。考え事してた」


 渦巻く思いを振り払い、今やるべきことに集中する。


「こんな大規模な陽動となると、出てくるのは相当な奴ってことだよね」


「……奴らですか……?」


 ヤムスの問いに小窓を開いてコズミを見た。


「どの領域にも現れてませんね」


「んじゃ決まりだね。今回の主役は《シルバーズ》だ」


 やれやれと、まるで試験前の学生のように肩を落とした。


 長い沈黙の後、とっても重いため息を吐いたネアトは、三十九名の年上の部下全員をモニターに映し出した。


 ネアトが隊長になるまで第134攻撃隊は厄介者の代名詞だった。命令違反や命令無視。上官に対する反抗を取った者が追いやられる最終処分場であった。だが、今や第134攻撃隊の名は無敵の代名詞。スカブ・シード乗りが未来を信じられる希望の星団であった。


「命令違反したい人?」


 全員の手が即座に上がった。


「危ないんですよ」


 ネアトのセリフに全員が笑った。


「今まで安全なことなんてなかったでしょう」


「いつでもどこでもオレたちがいる場所が最前線。激戦区、ですしね」


「そうそう。今更でしょう」


「命令違反ができてこそ一人前。"星の攻撃隊"の証しってもんよ」


 上に習い下もざっくばらん。凡そ軍隊とは思えない特異集団を作り上げたのは自分とは思わないネアトはやれやれと肩を竦めた。


「了ー解。では、いつものように"槍の陣"を構えて」


「って、相手は《シルバーズ》ですよ!」


 人類最大の敵にして唯一、第134攻撃隊の槍の陣を打ち破った群れである。そんな戦法で突っ込んだら全滅は必至だ。


「コズミ軍曹、例の計画を実行するときがきました」


 ネアトのニンマリした笑みにコズミは嫌そうに顔をしかめた。


「……本当にやるんですか、"海賊串刺し大作戦"を……」


「なんですか、そのいかにも危なそうな作戦は!?」


 ネーミングはともかくネアトの考える戦法ときたら目茶苦茶で、とても危険なものばかりであるのだ。


「子供の頃やったコトありません? 樽に剣を刺して人形が飛んだら負けってゲーム。まれを基に考えた新戦法ッス!」


 ……そんな子供のゲームから思い浮かべないでくれ……。


 力なく項垂れるヤムスの姿は第134攻撃隊全員の気持ちであった。


「……で、きっと光魚こうぎょの陣で突っ込んでくるだろう《シルバーズ》になにを突き刺すんです?」


 ヤムスの投げやりな問いをしっかりキャッチしたネアトは、ノロー伍長へと投げ放った。


 第134攻撃隊の武器製造担当であり、数々の作戦を成功に導いてきた兵器マニアであった。


「光炉弾六発ッス!」


「……またそんなとんでもないものを……」


 もはや立ち直れないくらい項垂れる苦労人ヤムスであった。


「へ~。六発も錬金創るなんて凄いじゃない。今度、変革情報を分けてくださいよ」


 一艦隊に十二発しか配備されない人類最大にして最終兵器。これを錬金創るできるのはレコプス工房から造り出されるスカブ・シードからしか取り出せない。しかも他の工房とは違い年間生産数が百三十機と少ないため、なかなか行き渡らない兵器なのである。


 ……そんな情報やブツを隠蔽するオレの努力も考えてくれよ……。


 これから起こる死闘よりも勝ってからの報告書作りに胃を痛めるヤムスであった。


「では、作戦書を送ります。各自臨機応変できるようにしっかり内容を読んでね~」


 1人を除き、力強く頷く年上の部下たちに、とっても良い笑顔を見せた。


      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 移住歴五百年。霜月二日。午前六時四十二分。


 第六次接触戦は終結した。


 多大なる損害と戦死者は出したものの落とされた陣はなく、辛うじて勝利することができた。


 各領域での報告が総司令部に届く中、注目を集めたのがシスローク──ラグホンクの衛星軌道上にある人類脱出計画の要たる『移住船団』への攻撃だった。


 幾多ある《セーサラン》の群れの中で《シルバーズ》と異名を持つこの群れは、終戦後の隙を突いてシスロークに襲い掛かった。


 各種レーダーを掻い潜り、今まさにシスロークに襲い掛かろうとした瞬間、突如として第134攻撃隊所属のリグ・シードが立ちはだかった。


 光魚の陣で突っ込んでくる1千匹もの群れの前に現れたところで意味はない。成す術もなく殺られるのがオチである。見ていた者が誰もがそう思ったとき、突然、《シルバーズ》の群れに光の槍が二本、突き刺さった。


 それは第134攻撃隊が考案した戦法であり、幾万もの《セーサラン》を葬ってきた技であった。


 だが、唯一その槍の陣を破ったのは《シルバーズ》である。動揺することなく小集団に分かれてしまった。


 されど、第134攻撃隊も《シルバーズ》の戦法を破ってきた唯一の攻撃隊である。透かさず槍の陣を解き小集団を掻き回した。


 場を乱して進撃は食い止めたが、絶望的な戦力さに徐々に包囲されて行った。


 もはや脱出不可能。見ていた防衛艦隊の面々がそう感じたとき、四機のスカブ・シードが光炉弾を四方へと発射した。


 直径六キロもの光爆を生むものを四発。それも至近で撃つなど論外。自決覚悟の行為であった。だが、第134攻撃隊に常識はない。自決などありえない。その行動一つ一つが勝利への1歩であった。


 一ヵ所に集まったのは全機で防衛膜を張るため。追い詰められたのはわざとである。


 光炉弾で四割も失いながら《シルバーズ》は退かない。包囲役と攻撃役に分かれてしまった。


 しかし、第134攻撃隊は、《シルバーズ》の動きを読んでいた。


 潜んでいたリグ・シード二機がシスロークの前に立ちはだかり、光炉弾を二発放って光の壁を生み出した。


 いかな《シルバーズ》とはいえ壁を突破することは不可能。数百匹を犠牲に急速反転。そのまま撤退してしまった。


 それは勝利であった。


《シルバーズ》に沈められた戦艦は千を超え、第7惑星侵攻では500以上ものスカブ・シードを葬った。


 そんな相手を幾度となく撤退させたのは、この第134攻撃隊のみ。しかも今回は沢山の将兵が見ている前でシスロークを救ったのだ。その勝利は誰にも覆させる事はできなかった。


      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 移住歴五百年。霜月十七日。午後二時。《シルバーズ》を撃退し、シスロークを救った功績により第134攻撃隊全員に対して一階級昇進が決定。同日午後3時。ネアト・ロンティー少佐に異動命令がくだされた。


 場所は南ロクス所属第七訓練所。


 内容はスカブ・シードの教官であった。


「まあ、頼んだ立場たがら強くいえませんが、他に理由はなかったんですか? 査問会ならいざ知らず異動になっちゃいましたよ」


「知りません!」


 ネアトの抗議にヤムスは冷たく突っぱねた。


「まあ良いじゃないですか。大尉……じゃなくて少佐ならどこに行っても同じでしょう」


「そうそう。いずれくるものが今日きただけのこと。休暇だと思って楽しんできてください」


「確かにあそこの訓練所なら楽しい時間を過ごせそうですしね」


 年上の部下たちの嫌味にネアトは子供っぽく拗ねて見せた。


 この年下の上官はどんな過酷な戦場でも生き残る。しかも揺るぎない戦果と絶大な信頼を残して。


 このスペシャル・エースを世間から叩かれず抹殺したいのなら戦場から追い出すのが一番である。


「ま、それに気がついただけで救いようがあるってもんだが、さて。将軍たちの思惑通りに行きますかな?」


 ここぞとばかりに年下の上官をからかうヤムスであった。


「平和な訓練所でなにをしろっていうんです?」


「じゃあ、賭けます? 我らが"幸運の星"がどちらの願いを叶えるか?」


 ヤムスの提案に全員が乗ってきた。


「良いですね、それ。あたし、将軍の思惑が失敗する方に一万」


「じゃあ、おれは三万」


「ジェムったらなにいってんの。五万くらい賭けなさいよ」


「だな。んじゃ、少佐どのから全財産巻き上げますか」


 賛成と三十九人の手が上がり、反論を許されることなく将軍方の思惑が失敗する方に賭けられてしまった。


 ……地味に、これってないくらい静かに暮らすぞ……!


 だが、そんな決意でどうにかなる程ネアトにかけられた幸運は弱くなかった。

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