第7話 怪我だけでなくマントも直る魔法は便利だ。
悪いわけではない。
冒険に行くということが。
眼鏡があるおかげで周囲が良く見えるし、魔力も手に入った。なぜ魔法などなかった前世の眼鏡にそんなものがあったのかはわからないけれど、視力と魔力がそろったのなら冒険に行けない理由はない。
今までだって冒険に行ってはいけないと言われたわけではない。行ってもいいけれど無理だという程度。無理をすれば行けた。無理だから行くことを諦めていただけ。自分で行こうとしていなかった。
魔物に襲われたら死ぬ。それが嬉しい者などいない。
いたとしても俺は.違う。チートもない普通の村人。
前世の記憶が戻ったとしても、劇的に変わることなどない。
何も変わらなくて、いつも通りで。
そして、村の外に出ていた。
ルカの後をついて行って、いつの間にか。なんかもうなし崩しにグズグズに……。ルカは何をしでかすかわからないし。そもそも異世界転移をしでかしているわけだし、ついて行かないと心配だし……。
でも、青い空と白い雲が広がっていて、風だって心地よい。
だから、ルカについて行くのは悪くない。自分が思っていなかった世界に連れて行ってくれる。
昔からそうで、だから嫌いじゃなくて。
それに思っていたよりも穏やかだった。
それは、ルカが俺の前を歩いていて、双剣の片っぽを振り回しているおかげだろう。
「てぇい! やぁ!」
元気な掛け声。ルカが生き生きとしている。
声と共にルカが双剣を振ると、モンスターが倒れていた。でもあれは、双剣である意味はあるのか? 双剣を両手に持っているけれど、使っているのは主に左手の一本。ルカ、左が多めの両利きだし……。双剣と言うよりも、短剣を二本、持っているだけのような?
それを見ていると足元に植物系モンスターが転がってきた。
地味に避ける。弦がウネウネしていて、それが力なく広がった。水がなくなって干からびているようにも見えた。体液、吹き出てたからな。
外に出るのは嫌いではない。
嫌いではないのだが何かが違う。
人が通らなくてやや歩き難い草原。道なき道を行き、ルカは小物モンスターを倒しながら進んで行く。初心者向けと言われるだけあって、初めて来たはずのルカでも難なく倒せている。
なんで?
はじめは驚いていたようだった。けれどすぐに慣れてザクザクとモンスターを倒していく。躊躇すらない。
まるで、ゲームでもしているかのようだ。
アプリを起動して両手でスマホを持って、親指で操作している前世で見ていたルカの姿を思い出す。
おかしい。俺はどこにいるのだろう。
俺が思っている世界が前世ではなくて、本当はもっと科学が進んでいる世界に俺は生きていて、体験型のゲームの中にいるとか? そのゲーム内では元々の記憶を消す仕様で、異世界転生している風のゲームで遊んでいるだけとか……?
ここまで大がかりだと、ちょっとしたテーマパークみたいな所に行って、ポップコーンとか買って食べながら遊ぶみたいな感じとか? アトラクションの一つに体験型ゲームがあるのかも? そういうところだと入場料も高いだろう。こんなにリアルな体験ができるのだとしたら……。
現状の困ってはいないが金持ちではない俺と違いすぎる。
そんな考えは現実的ではない。ありえない。自分はここで20年生きている。
ゲームであるはずがない。
そもそも冒険が好きではない。冒険が嫌いとなわけではなくて、この世界の冒険は一般人にはキツイ。物話は好きだけど、自分が行くのは違う。
ルカは俺をNPCのような生活から解放するみたいなことを言っていたけれど、俺はそれを望んでいない。
そんな変化は望まない。
それに、もしもゲームの中ならもっと華やかな人生の方が好まれるのではないか。チート能力があったり、金持ちに転生してたり、王子とか貴族とか。そういうキャラの方が需要があるはずで。
ただ、自分はこの何の変哲もない今の生活は嫌いではない。
好んでNPC風キャラに転生したのかもしれない。
剣や魔法の世界。モンスターや魔王だってこの世界のどこかにいるけれど、自分の周りは穏やかでゆったりとした時間を過ごしている。
悪くない。というよりも良い。
眼鏡がチートか?
そうなのか?
20年経ってのチート能力ゲット?
ピンとこない。もうここには二十年も住んでいる。今までハリーとしての生活しかなかった。でも
覚えている。薄ぼんやりだけど、自分の過去として前世の記憶がある。
前世ではアニメやマンガで異世界転生があふれるようにあって、まさか自分がそんな目に遭うとは思わなかった。
前世で流行っていたあれは、実際にいろいろな人が体験していたことだったから物語としてあったのか?
俺、主人公?
……こんな平凡で普通な村人なのに?
違う気がする。冷静になれ。
前世でも普通の高校生だった。
どこにでもいる普通の。恋人は
どんな物語なんだ?
死んだ記憶があって、前世で何よりも大事だったルカはここにいて。可愛くて元気で愛嬌があって、どうして自分のことを好いてくれているのかわからないくらいの人気者。
異世界恋愛物語?
ピンと来ない……。そういうの、あんまり観てなかった。
ただ、それならアリか?
アリなのか。……ルカが主役で、俺はそのおまけみたいな。
それならしっくりくるような。
俺、主人公って柄じゃないし……。
「痛いっ!」
ルカの声で我に返る。
モンスターがルカに傷をつけた。
人くらいの大きさの昆虫みたいなヤツ。でかいな。巨大なカマキリみたいなモンスターで、鎌のような腕がトゲトゲしている。それがルカと戦っていた。
ルカの腕から血がしたたり落ちていた。
頭が真っ白になる。ルカから血が出てる……。
守らないと。
ルカを守らないと……。
自分が弱いことも忘れて手を伸ばす。ルカの方へと向かって行く。ルカにはあのでかいモンスターに対抗する術などないのに。
手を伸ばしたけれど……。
「クッソぉ!」
ルカが怒ったように叫んで、あっさりとモンスターを倒した。双剣でサクっと刺す。ゲームみたいに簡単に。巨大カマキリが腹から緑の液体を流して地面に倒れていた。
守ろうとしたけれど、ルカは自分でモンスターを倒した。
今まであんなにザクザク倒していたのだから、これくらい簡単なのだろう。
俺、何の役に立つんだ?
ちょっと考えてみる。
危険だから帰ろう。
家に帰って今まで通りのNPC生活に戻ろう。
いや、NPCも違う。
ゲームじゃない。
ここは俺が生まれ育った世界。
なによりもルカから血が出てる。
「いってぇ!!」
いつもニコニコしているルカが、凶悪な声で叫んだ。
早くなんとかしないと。
血、血、血が出ている。
「腕、出せ」
ルカの腕を引っ張って傷を見る。
吹き出してはいなかったが、地味にタラタラと血が垂れていた。
「舐めてくれるの?」
上目遣いにルカが言う。わざとやってるとわかっていても可愛い。
「雑菌が入るからダメ」
まずそう思った。
「ケチ」
ルカが不機嫌な顔をする。
「こんなの、ほっとけば治るよ」
どうでもよさそうに言うが、血がたれてる。止まる気配もない。
「今日は帰ろう。教会に行って、治してもらおう」
止血をしなければ。早く血を止めよう。モンスターには血が止まらくなるような分泌物を出すモノがいると聞いたことがある。あのカマキリがそのタイプかもしれない。
ルカの血が止まらない。
「教会? 病院じゃないの?」
ケロッとして言う。それどころじゃないのに。
でも懐かしい響きだった。前世だと病院に行って医者に診てもらっていた。
「ウチの村に病院はないから、教会に行って治してもらうんだ」
いわゆる剣と魔法の世界。こっちでは教会に行って魔法で治してもらうのが一般的。
この世界に医者はいない。医者に近いのは薬草などを扱うこともある魔術師や魔女と呼ばれる人たち。怪我や病気は彼らが治す。もしくは神や精霊から力を借りる系の神職者。
王や貴族が統治している大きな町とかだと医療を専門にする施設があると聞くけれど、辺境にある地味なウチの村では教会に魔法を使える人たちが常駐している。
神職者のこともあるけれど、ふつうに魔術師がいることもある。
彼らは薬草を使ったり、呪文を使って周囲にいる精霊にお願いして怪我を治す力を貸してもらって治してくれる。
だから、教会に行かねば。
そしてルカの血を止めねば。
「え~、ヤダあ」
ルカはことの重大さが分かっていないように駄々をこねる。
それが可愛い。
そして何もなかったかのように立ち上がろうとするからそれを止める。
「待て、行くな」
「へーきだよ」
何でもない感じだった。
小さい傷を甘く見ている。
なんとかしなければと思っていると、クラウドさんがくれた冊子を持っていたことを思い出した。それを取り出してページを開く。
確か、水と光に治癒系魔法があったはず。
あった。すぐに見つかった。
ペラペラだから大したことは書いてなかったが、治癒の魔法は書いてあった。
でも本当にこれか?
手のひらをルカの患部に向る。
「な、治れぇ……」
書いてあった呪文らしきことを声に出してみた。
これが本当に治癒魔法の呪文なのか? 『治れ』と言うだけ?
けれど手のひらが暖かくなって、弱い光が見えた。あれ? と思って手のひらを自分の方に向けると、淡い光が形になって、小さな精霊が現れた。
キラキラと金色に光っているからきっと光の精霊に違いない。
昔から知っているような感じがした。
「光の精霊、どうか、ルカの傷を治してください」
『治れ』で治癒魔法になるのなら、せめてこう言いたい。お願いをするのだから丁寧に言った方が良い。
輝く精霊がニコっと笑うと、ひゅんっとルカの腕に飛んで行く。
精霊がルカの腕にくっつくと、ぽたぽたとたれていたルカの血が止まった。ホッとしていると、さらに精霊が力を込めるような仕草をしてみるみる傷がふさがっていく。
「おぉ、すご~い」
ルカが言う。そして切れたマントをじっと見る。あんなに気に入っていたのに、もう切っていた。切れるだろう。あんなに戦っていたら。
「これも直せる?」
買ったばかりなのに。これのためにモンスター狩りをしているようなものなのに。再会してハリーとして初めてのプレゼントと言えるのに、なんて扱い方してるんだよ。
精霊は首を傾げ、俺の方を見た。
「直せるなら、直してくれるか?」
めちゃめちゃ直してほしい。
精霊はニコっとうなずくと、マントの切れていた部分に飛んで行き、空気中から取り出すように光の糸を出した。指先で作り出すかのような仕草。糸がある程度出てくると、それを使って切れた部分を直した。布がみるみるくっついていく。
魔法と言っても一瞬で直るのではなくて、切れた部分をチマチマとつなげなければいけないようだ。それでも早い。
すぐに切れた布が直っていた。
精霊がちょんちょんと触れるだけで汚れもなくなった。
空気が清々しい。
「ありがとう」
精霊に言うと、嬉しそうな笑顔になって、光に戻っていなくなった。
来た時の逆な感じだった。
「魔法って、便利だねっ」
治った傷とマントを見て、嬉しそうにルカが言う。
言いたかった言葉を飲み込んだ。
イケメンめがねの異世界転生 玄栖佳純 @casumi_cross
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