第6話 せっかく異世界転生したのにNPC生活してる……

 クラウドさんからもらった冊子(ペラペラだけど魔法書)を読みながらルカを追っていると、村の外れに初心者っぽいパーティがいるのが見えた。

 戦士が二人に僧侶と魔法使いの一般的な4人組。


 地図を見ながら立ち止まっている。ここが村かどうかわからないようだった。ここから村ですという柵があるわけでもない。城なら城壁があるけれど、守る物もない小さな村だし。村人とか、よっぽど詳しい人でなければわからないだろう。

 こちらに気づくと、人に会えて嬉しいという表情で向かって来た。


「あの……」

 気弱そうな細身の戦士が声をかけてきた。ルカではなく、冊子を持って話しかける隙があった俺の方に。この中ではリーダーっぽい。他はもっと頼りなさげだった。

 王都の若人だろう。都の人間の華やかさや洗練さがあった。

 でも安定感はない典型的な初心者。


「何ですか?」

 笑顔で応える。ウチの村は若い冒険者を快く迎える。冒険を始めたばかりの初心者がレベル上げをするための村だから。それでいくらか潤う。よそ者だからと排除する風習はない。そこが気に入っている。


「ここは、はじまりの村ですか?」

 疲れているようだったけれど、それでも期待を込めたように言う。こういうのは珍しくない。歩いて迷ってよくやくたどり着いたのだろう。ここは大陸の南にあって、王都からわりと離れている。


「そうです。はじまりの村です。冒険初心者はこの周辺で経験値を上げてからそれぞれの目的の場所に行きます」

 お決まりのセリフ。冒険初心者にはこれを言うのがいつものことだった。

 大人が言っていたから、習慣になっていた。


「よかった。ようやくついた」

 彼らは喜んでいた。初々しい。

 十五、六で初めて冒険に出て、初めてたどり着いた場所。本当に嬉しそうにしていて、こっちも清々しい気持ちになる。


 慣れてくると、『なんだ、はじまりの村か』みたいな態度になる。

 モンスターも弱いし、目玉商品のようなダンジョンもない。モンスターが弱いから滅多に死なない。でも経験値も稼げない。

 だから初心者くらいしか来ない。でもこの地道な努力がその後の生死を決める。ここでいい加減なことをするとちょっと難しいダンジョンとかで死ぬ。


 死んだら生き返るのはゲームや物語の中だけだ。普通は死んだら死んだまま。次なんてない。だから魔力のない普通の人間は、生まれた村や町から出ないで一生を終える。不用意に村の外に出て、不用意にモンスターに遭遇したらそれで終わる。


 冒険に出ることは特別な人間にしかできないから仕方がないけれど、もうちょっとなんかこう、初心忘れるべからずみたいなモノは持ち合わせていないのか。

 初心者は可愛げがあるけど、熟練してくると可愛げがなくなる。


 この子たちもそうなってしまうのかもしれないと思いながらも笑顔で接する。そんな先のことは考えない。もしかするとこの子たちは他の冒険者と違うかもしれない。

 本当にすごい冒険者、例えば勇者がいるようなパーティはそうならないと思いたい。この子たちがそうではないとは言い切れない。


 こんなに良さそうな子たちは、後世に名を残すかもしれない。

 ……あくまでも俺の願望だったけれど。


「街道を通って来たんですか?」

 王都からこの村に来るには主に二つのお方法がある。転移ゲートを通って来るか街道を歩いて来るか。それ以外の地域から来る可能性もあるけれど、どう見ても王都で生まれ育った感じだった。


 とりあえず笑顔で。いくらほとんどの冒険者は態度が悪くなるとしても、もしかすると村人の態度も悪いからそうなってしまうのかもしれない。俺はどんな子にでも親切にしようと思っている。けれど、そうでない村人もいる。たまに人相悪いのもいるし。人は悪くなくて、話すと意外と親切だったりもする。

 とりあえず、物腰柔らかな俺は愛想を良くしておこう。


「4人でゲートを通るお金がなかったので……」

 照れくさそうに、素直な感じだった。

 転移ゲートにしては疲れていたから多分そうだろう。物々しい建物で、手続きとか面倒らしいけれど、転移ゲートを通るのは高い。

 だから若者な初心者が通るのは厳しい。親が出してくれるなら別だけど。


「王都の人ですか?」

「はい……」

 北の町や村から王都に来て、そこからゲートを使う冒険者も少なくない。ただ、王都に住んでいる人は都会暮らしに慣れているから垢ぬけているけれどひ弱な人が多い。

 ひ弱そうだからそうだと思った。


「この道をまっすぐ行けば、宿屋がありますよ。王都の宿屋より安いはずなので、今日は休んだらどうですか?」

 村から出たことがないので王都の宿屋に泊ったことはない。

 宿屋の従業員からはこう言って勧めるようにと言われているからそう言っただけだった。


「そうします。ありがとうございます」

 疲れた様子だったけれど、安堵の表情で宿屋に向かって行った。

 なんか、良いことしたかも。


 それを見送り、村の外に目を向けると、ルカがじっとこちらを見ていた。

「何?」

「ハルトがまるでNPCみたいなことを言ってるから」

「え……」


 こちらの世界では聞かない言葉だった。前世の世界でのゲーム用語。記憶が戻ったばかりだったからなのかすぐに理解できた。


 NPCはノンプレイヤーキャラクターの頭文字で、ゲームの中にいるプレイヤーが操作していないキャラクターのこと。ゲームの世界に不慣れなプレイヤーのために、いろいろと説明してくれる役割を持つ。


 言われてみればそんな気もする。

 前世の記憶がなかったからそうだと意識したことはなかったけど。


「この村で育つと、これが当たり前になるんだよ。困っている旅人が居たら、助けなきゃいけないだろ?」

 それが当たり前だと思っていた。


 異世界転生をしてNPCになるとかってあるのか?

 いやいや、俺が居るのはゲームの中ではなくて俺にとっての現実世界なわけで……。


 まさか、ゲーム内に転生とかってパターン? こんなゲーム、したことないんだけど……。背筋がヒヤっとしたけれど、それを追いやる。俺が見て触れて存在している世界がゲームであるはずがない。


「ハルト、真面目だから」

「じゃあ、ルカはさっきの疲れ果てて困った顔をした子たちを放って行けと言うのか? それに宿屋を教えただけで大したことはしてないぞ」

 宿代を出すとかしてないし。案内しただけ。


「ボクが来たから、ハルトをそんな役目から解放してあげるよ」

「だから俺はNPCじゃないし、ここはゲーム世界じゃない」

 そんなこと、あってたまるか。


「あと、俺は冒険に行かないからな」

 ルカがこっちを見て笑みを浮かべる。

 ドキッとするかわいい笑顔。


「冒険は、思っているより近くにあるんだよ。毎日のちょっとしたことも冒険と言えるから」

 そう言って、ルカが足元にいたスライムを右手で持っていた双剣で突き刺す。丸かったスライムが、デロンと平らになって地面に溶けた。

 ルカがびっくりしているのがわかった。


「スライムって、こんなになるんだ」

 切ったこと、なかったのかもしれない。

「スライムだからな」

 運よく核に当たったのだろう。保っていたが形が保てなくなって液体になったようだ。


「そか」

 双剣に着いた液体を布で拭いて鞘に戻す。

「戦闘音楽って流れないんだね」

「そんなのが流れるなんて聞いたことない」


 前世でやっていたRPG。そこでは常にゲーム音楽が流れていたけれど、俺が生きている世界にそんなBGMは流れない。


「でも、風が気持ちいいね」

 風を受け、目を閉じてルカが言う。

「そうだな」

 ルカに言われるまで気づかなかったけれど、草原を渡る風が心地よい。

 俺はこの世界で生きて来た。 


「うん。気持ちいい」

 ルカが楽しそうに空を見上げる。

 つられて自分も空を見た。


 青い空が広がっている。

 いつもの空なのに、ルカがいるからなのか違う空に見えた。


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