第5話 このマントはボクのためのマントである。だからボクが手にするのだ

 前日に摘んできた薬草を小分けにしてひもで縛って籠に入れて、それを背負って道具屋に来ていた。小分けはスズナとルカに手伝ってもらった。ルカは話してばかりで役に立たなかったけれど、スズナはずいぶん上達して、ルカもいるから張りきっていた。


 道具屋へ来るのは特別なことではなく、いつもの作業だった。

 いつもと変わらない木造の道具屋の建物だったけれど、そこにルカもいた。それだけで世界って、こんなにもキラキラするものなのか。


 ドアを開けると、カランカランと鈴が鳴る。

 いつものことで、大して気にもしていなかった。


「悪いがまだ開店していないんだ」

 カウンターの後ろにいる店主のクラウドさんに、いつもは言われないことを言われた。お客さんがいる時間に来ると迷惑だと思っていたからいつもこの時間に来ている。


 クラウドさんを見るとすごい壁があった。見えない壁。いつもは気さくで薬草を持ってくると歓迎してくれるのに。丁寧に扱われていて、いい薬草だって。

 なんで拒否られてる?


 ルカがいるからか? ルカは店に入るとすぐに服が置かれたところへ行っていた。あれが、ダメか? ダメなのか。

 今までそんなコーナーはなかったように思う。もしかして、いつもは置いてない物があるからクラウドさんが張りきっているのかもしれない。

 それをあんなにペタペタと触って……。しかも開店前なのに。


「ごめんなさい。止めます」

 ルカを止めようとしたけれど早い。今はフード付きのマントを手にしていた。

 声をかけるとクラウドさんが驚いた顔をした。


「ハリーなのか?」

「そうです……」

 ルカのことではなさそうだったので、立ち止ってクラウドさんのところへ行く。


「眼鏡をかけているから誰だかわからなかった」

「そんなに違う?」

「別人だ」


「いつもモサっとしているのに何かあったのか?」

 モサっと? クラウドさんは思ったことをスパっと言う。


「眼鏡は、えっと、ちょっとした感じで手に入って……」

 前世などは黙っていることにした。そうしたら言うことがなかった。


「それでかけてるのか?」

「遠くまでよく見えるので」

「ああ、そうか。そうだよな。よく見えるからかけるんだよな」

 他に何か理由があるのか?


「薬草、買い取ってもらおうと思って来たんだけど」

「そうだよな。ハリーならそれで来るよな」

 クラウドさんは何を言っているのだろう。


 背負った籠を下ろして中を見せようとしていると、

「おじさ~ん、このマントいいね、着心地サイコー!」

とルカが叫ぶ。とても明るく生き生きと。

 しかもやっぱり馴染んでいる。開店前なのに……。


 なぜだか知らないけれど、今日に限って店先に衣類が置いてあり、ちゃんと鏡も置いてあった。細い縦長の鏡。買う前に服を合わせて確認するのにちょうどいい鏡。

 道具屋だけど服も売るのか? ここのメインは冒険初心者が買う薬草とか毒消し草とか魔法回復薬とかなのに。


 ルカはマントを試着した。

 開店前なのに。

 でも似合っている。

 なんてかわいいんだ。


 元々着ていた茶系の服に、はじめからしつらえたかのように合っている。フード付きのマントはルカに最もよく似合う。ポーズをとる度、布が上がり、下の服が見える。ルカのセンスが良すぎて怖い。


「そうだろう? 見かけも若者向きだし、ちょっとしたモンスターの魔法ならはじくぞ」

 クラウドさんも身を乗り出し、嬉しそうに説明していた。


「ウチの妻が作ったんだ」

 自慢げだった。


 クラウドさんの奥さんは手先が器用で、ちょっとしたものなら手作りしてしまう。これまでも手提げバッグやそれと同じ柄の小物なども売っていた。クラウドさんが結婚してから冒険初心者グッズではない物が少しずつ増えていた。奥さんの手作り品が増え、とうとう衣装にまで広がってきたのか。

 今度はけっこう本格的かもしれない。


 でも俺は買わない。

 村で生活するならこんな可愛らしいデザインは必要ない。お祭りとかそういう時ならそういうのが好きな人、例えばレイラとその仲間たちみたいなのは買うかもしれないけど。


「すご~い。これが手作りなの? かわいいだけじゃなくて、実用的でもあるんだね」

 可愛らしい細い声でルカが言う。


「そうなんだよ」

 クラウドさんはいつになく嬉しそうだ。自慢の妻の作品が褒められて、しかもそれがルカで、あまりにも似合いすぎていて嬉しいのだろう。

 生地に丁寧につけられた刺繍とか、ルカのために作られたんじゃないかってくらいに合っている。そんな買い主が現れたら、嬉しいだろう。理想的だろう。


「村の周辺でモンスターを狩るぐらいなら、これを着ていれば安心だ」

 そんなこと言わないでほしい。こんなに似合う買い手が現れたら勧めたくもなるだろう。俺だってできることならルカに着させたい。


 これは高価なのではないか。かわいいと魔法防御が両立しているということは、ただ縫っただけではない。きっと生地も特殊な加工がしてあって、それを機械ではなく手作業で作ったのだろう。


 金持ちのボンボンな初心者が買ったらいいねという雰囲気の服。冒険初心者なら装備してもいいけれど、レベルが上がってもっとすごいダンジョンとか行くようになったら、もっといい装備にした方が良いからすぐに使われなくなるような物。

 冒険者ではなく、村人のちょっとした時のおしゃれ着っぽい。そっちの購買層を狙い出したのか?


「うん。いい」

 ルカは嬉しそうに鏡に映った自分を見ていた。キラキラした瞳でマントの着心地を確かめるように動く。


 かわいい。

 可愛い自分を見て、それでまた笑顔になっているルカはますますかわいい。


「冒険初心者なら、これぐらいはあった方がいいぞ」

 俺が連れてきた冒険初心者だと勘違いしているのかクラウドさんが言う。 冒険初心者向に勧めるマントなのか? これが?

 すると、ルカがじっと俺を見る。


「冒険には行かないから……いらない」

 それを買う甲斐性はない。薬草を摘んだりも家計の助けで父母に渡しているし。好きな物を買っていいとも言われているけど渡している。


「これ、かわいい……。欲しい……」

 瞳を潤ませ、悲しそうに言う。哀愁漂い、なんでもしますと言ってしまいそうになる。


「冒険、行かなくてもいいから、これ欲しい」

 それを言われてしまうと……。

 冒険に行かない普通の村人が来ていても大丈夫なデザインかもしれない。冒険者が着ていても大丈夫。そう考えるとお得かもしれない。

 だがしかし、俺は行く気はないけれど、もしもルカが冒険に行くのだとしたら、もっとちゃんとした防御力抜群の装備をさせたい。

 物理防御はほとんど期待できないようなひらひらマントは買いたくない。


 でも、断れない……。

 だってこんなにかわいいルカが言うのだから。

 めちゃめちゃ似合っているし。


 意を決してクラウドさんを見る。

「……いくら?」

 もしも安かったら……と思いながら聞く。


「1500Gだよ」

 淡い期待が砕かれる。

 高い、高すぎだろう……。


「これと引き換えとかってならない?」

 籠から薬草を出す。一つ二つとかではなく全部まとめて。

「無理に決まってるだろ」

 サクッと断られた。


 楽しそうな表情で言っているのが引っかかった。でも長い付き合いなんだから、ちょっとくらい融通してくれてもいいのに。

 毎日薬草を摘んで、ひと月くらいはタダ働きになる金額だから無理はない……。


「おじさん。双剣ってある?」

 ルカが会話に入ってきて、首をちょこっと傾げて言う。

 何を言っているんだ?


「ここは道具屋だからないだろ?」

 道具屋で双剣を買うなんて聞いたことがない。そもそも武器も買ったことないからわからないけど。


 でも道具屋に双剣なんて置いていない。ほぼ毎日来ているけれど、武器はみたことがない。この世界に来たばかりでルールもへったくりもないルカだからこんなことを言うのだろう。


「あるよ」とクラウドさんが言う。こともなげにあっさりと。

「え?」


「ウチは買取もしてるから」

 そう言いながらクラウドさんが奥の部屋に入るとすぐに双剣を持って出てきた。近くにあったのを無造作に持ってきた感じだった。

 新品ではなさそうだった。いい感じに使い込まれた革製の鞘に入った二本の短い剣。それをゴトンとカウンターに置く。

 ゴトンって言ったよ。ゴトンって。重いんじゃないのか?


「借りていい?」

 満面の笑みを浮かべ、クラウドさんに向かって何の躊躇もなく言う。

「買い取った物を借りるとかって無理だろ……」

 そんな制度があるはずないと思っていると、


「いいぞ」

 ニヤっとしたクラウドさんがあっさりと答えた。

「いいの?」

 驚いて聞くとクラウドさんがうなずく。


「初心者だった冒険者パーティが経験を積んで、そろそろ次の町に行くってことで装備を整えるためにウチで初期装備を大量に売ってったんだよ」

 そういうことは珍しくない。この村はそういう村だから。

 初心者が命の危険もなく経験値を上げることができる村。


 そこそこモンスターを倒せば、レベルが上がって次の町へと向かう。その時、冒険者は道具屋や他の店でそれまでの武器や装備品を売ってよい物を揃えて旅立つ。

 この村は冒険初心者のための村だった。


「新品なら貸せないけど、これから点検して調整する中古品だし」

「道具屋なのに武器を売ってもいいわけ?」

「だから貸すだけだ。不具合があるようなら教えてもらいたいし」


「壊したら買い取れよ」と言われた。

 直して中古品として売る前に貸してくれるということだろう。


「1500Gくらい、ボクがモンスターを倒してサクッと手に入れてくるから」

 こともなげに、喜々としてルカが言う。そして双剣を装備する。1500Gがどれくらいの価値だかわかっているのか?


 薬草を毎日摘んで毎日ここへ持ってきて1カ月くらいかかるんだぞ。一家で生活するのはムリかもしれないけど、ひとりだったらケチってケチって生活できそうな金額だぞ。


 話しながらもルカは双剣を装備している。

 もたついていたけど、それなりに様になっていた。

 マントで身体が隠れると、ルカはそれなりの冒険者になった。


「ひとりで行かせるのか?」

 クラウドさんが聞いてきたから

「俺が使えるような武器とか防具とかもある?」

と言うと、少し驚いたような顔をして、

「あるぞ」と答えるとクラウドさんがまた裏の部屋へ行く。

 革製の胸当てやすね当てや盾や、そこそこな剣が出てきた。


「これも借りるでいい?」

「いいけど……」

 意外そうな顔をしているクラウドさんから装備品を受け取り、嫌々しかたなく装備する。

 重い。なんか物々しいし、思っていたのと違う。


「他の冒険者に頼むのかと思ったんだが」

 居酒屋に行けば、そういうクエストを申し込むこともできる。

「そうしてもいいんだけど……」

 そうなると、こんなに小さくてかわいいルカを俺の目の届かないところへ行かせることになる。この辺りでは見ない、上品な雰囲気のルカをチラっと見る。


 そんなの絶対にダメだ。

 こんなか弱いルカをムサイ冒険者に任せるなんて、以ての外だ。


「他の人に頼むと、出費がかさむから」

ということにした。

 そしてルカを先に行かせ、店を出たのを確認するとクラウドさんのところへ行き、


「言い出したら聞かないから、とりあえず初心者のコースに行ってモンスターの怖さを教えて帰ってくるよ」

と小さく言う。


「だから代金は今まで通り、薬草と武器の整備とかで支払うでいい?」

「それでもいいけど……」

 ほっとしていると、

「けっこうタダ働きになるぞ」

と、言われた。

 まあ、そうだろう。ある程度の覚悟はした。


 だって、ルカが可愛すぎる……。

 それに、ルカは遊び半分でここにいるのかもしれない。

 異世界転移なんて、ルカにとってはゲームの世界の延長線かもしれない。


 クラウドさんが俺の顔を見ている。

「なに?」

「眼鏡があるから行くのか?」

「これがあるから、俺でも少しくらいなら冒険に行けるかなと……」

「ふーん」

「少しなら魔法も使えるようになったし」

「ほう」


「それならこれをやる」

 クラウドさんがペラペラな冊子を持ってきた。

「初心者に渡す簡単な魔法書だ。誰にでも渡す物だから大したことは書いてない。でも魔法のことは一番分かり易い」

 そう言ってクラウドさんが冊子を差し出してくる。


 いままでその冊子は見たことはあった。クラウドさんは道具を買った初心者に渡していた。道具は買っていなかったからもらったことはなかった。だから内容は知らない。


 初心者は持っていたけれど、それを見せてもらうことはなかった。必要がなかったから。

 意味がないと思っていた。冒険は自分とは縁のないものだから。

 本を読むのは好きだったけれど、冒険関連は読んでいなかった。魔力もないのに魔法書なんて読んでもしかたないし。


「へー」

 受け取って中を見る。薄いけれど紙はしっかりしていて、魔法の簡単な説明と基本的な呪文が書いてある。一応、風火水土雷、それと光と闇の呪文だった。

 どことなく、ゲームの取扱説明書を思い出した。茶色な色合いが似ている。あれよりは異世界な冊子の雰囲気はあったけど……。


 薄くてペラペラな魔導書。

 本当に簡単な魔法しか書いてなかった。


「ちゃんとした魔法書は教会で神父様に適正をみてもらってからもらえ」

 クラウドさんに言われて、不思議な気持ちになった。

 俺、魔法、使えるようになったんだ。


「ありがとう」

 薄い魔法書をもらってそう言った。


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