第4話
食事が済むとレイラは帰り、ルカは客間をあてがわれ、俺は部屋にひとりでいた。
いろいろなことがありすぎて、ぼーっとしてしまった。明かりも着けづにベッドに座る。
ルカに眼鏡をかけられ、前世の記憶を思い出した。
ずっと、何かを忘れているような、それがなんだかわからない、もやもやした気持ちを抱えていた。
その理由がわかった。
驚くというよりも『やっぱりそうだったのか』という感じだった。謎が解けてすっきりもした。
大切な何か。
とても大切だったルカ。一緒に過ごした時間、一緒に過ごした思い出。
そして、自分が死んだ時のこと。
一緒に事故に遭い、ルカを助けて俺は死んだ。
その時のことを思い出す。
薄れていく意識の中、泣き叫ぶルカの姿があった。
ルカは泣き叫んでいた。可愛い顔を曇らせて。涙でぐちゃぐちゃで。
でも、俺は幸せだった。ルカがそんなに一所懸命に俺にすがっていてくれていたことが。
最愛の者の近くで最期を迎えた。
痛みも感じなかった。もちろん、それまでは痛みもあった。死ぬほどの重症だから痛い。それは痛い。痛いなんてものではない。痛くて痛くて痛くて痛い。それはそれはそれは痛い。痛すぎて意識が飛びそうになるくらい痛かった。
でもルカに抱きしめられて、体が動かなかったけれど優しい温もりに包まれていた。すると、いつの間にか痛みもなくなっていた。あんなに痛かったのがウソのように。
ルカの口が『ハルト』と動いていたけれど、声は聞こえなかった。
その景色が光の中に消えた。もっとルカを見ていたかった。声が聞きたいと思ったけれど、それは叶わなかった。
そしてハリーになった。生まれた日のことをうっすらと覚えている。笑顔の今の両親。愛されて二十歳まで生きてきた。大金持ちではなかったけれど、辺鄙な田舎の村で、不満はない。
でも、何かが足りなかった。
記憶はなかったけれど、ルカがいなかった20年は、なんと味気なかったか……。記憶はなくても、魂には刻まれていた。愛しい者の温もり……。
そんなことを思いながらベッドに入る。
明かりを消してしばらく余韻にひたっていた。
ルカが近くにいる。異世界転生。まさか自分がするとは思っていなかった。
でも手が届く、触れられる場所にルカがいる。
どうしよう。眠れそうにない。
こんな近くにルカが居る。
手が届く。
眠りたくない。
動こうかどうしようかと考えていると、ドアが開く。
月明りが入り込んできて、部屋を照らした。
「ハルト、起きてる?」
小さな、頼りない声。不安でたまらないというような声。
その声を聞いて、しばらくぼんやりとしてしまった。
きっと、ルカも同じ気持ちで、でもルカの方が早く動いた。
聞こえなかった声。唇は動いていた。けれど、聴こえなかった。耳には聞こえていたのかもしれない。でも魂には届かなかった。
必死に泣き叫ぶ姿は見えても……。
そしていつの間にか、それらも光に消えた。
「ハルト……」
小さなかわいい声。生まれ変わる前は、当たり前のように聞いていた声。
ようやく、この声がまた聞けた。
「起きてる」
そう言って身体を起こす。
体がギクシャクした。意識が死ぬ時のことを思い出していたためか、身体がその時のことに引きずられているかのようだった。
ゆっくりとベッドに座り、軽く肩をもむ。
大丈夫。俺は死んでいない。生きてる。ハリーとしての身体で。
少しの沈黙。
「行っていい?」
ドキっと心臓が跳ね上がる。
前世の頃、ルカはよくそう言っていた。甘える声で、微笑みながら。
「いいよ」
そう言うと、扉が少し開いて、その場所にルカの姿を探したが、いなかった。どこに行ったのだろうと思っていると、ドンと胸に衝撃がきた。
え? 速い?
「ハルト、ハルト!」
待ちきれない感じでルカが飛び込んできた。思ってもいなかった強襲。移動が早すぎないか? そう思ったけれどルカだ。嫌なわけはない。
胸に飛び込んできた小さな体を、抱きしめる。
柔らかな手触りと温もり。
しがみついてくる恋人。
「会いたかった。ずっとずっと、会いたかった……」
こらえきれずに絞り出されるような声。
こんな声にしてしまった。いつも嬉しそうな笑みを浮かべていたのに。脳裏に浮かぶ、辛そうな泣き顔。嬉しかったけれど、そんな顔は見たくない。
笑ってほしい。
自分がしてしまったことは棚に上げて、そんなことを思った。
「俺も」
生まれる前から愛していた存在。
自分の命よりも大切だった。
ルカがいなくなるなんて、考えることもできない。
だから、自分がいなくなることを選んだ。
そして、ルカのいない異世界生活。
どうしていままで思い出さなかったのだろう。どうしてルカなしでいられたのだろう。
誰が思うか? 死んだら天国とかではなくて異世界にいるなんて。うすぼんやり何かと話したような気もする。でも、今はそんなことどうでもいい。
ルカがいる。それだけでいい。
死後の世界が異世界になるとか思っていなくて、よくわかっていなくって、いないのが当たり前になっていて、辛すぎて忘れていた。
また会えるなんて思っていなかった。ルカに会えるなんて……。
「何があっても、離さないからね」
そう言って、ルカの手がぎゅっと絞めて来た。
力任せという感じでぎゅうぎゅうと……。
やや苦しい。嬉しいけれど、苦しい。
離れないめがねはルカの魔法なのではないかと思ってしまうほど似ていた。
振っても振っても離れない……。
ルカ持ってきためがね。
ルカの想いも入り込んだのかもしれない。
「いなくならないから、そんなに力、こめなくていい」
そう言うと、ルカの力がゆるむ。
でもルカは離れない。離れようとしない。
「大丈夫……」
言い聞かせるように言い、そっと離す。離して、耳元にキスをする。
「んっ」
離れた……。
ほっとして上を向かせるとキスをする。
何度も何度も。何度してもしたりない。ルカも足りない何かをうめるようにしてきた。そっと寝かせる。ルカの顔が見えた。薄明りの中でも愛しい顔が見えた。
「だって、だって、ボクがどんな想いしてたと思うんだよ」
ぽろぽろこぼれる涙。
「ハルト、ひとりで死んじゃって、残された方はどんな気持ちになると思ってるんだよ」
そう言って、涙をぬぐう。
泣かせたくなかった。哀しい思いをさせたくなかった。
でも、俺がしたことは、ルカを泣かせてしまうことだった。
「ごめん……」
「謝って済むことじゃないんだからな」
泣いている顔を隠すように横を向く。
「うん……」
そっと頬に口をつける。
「そんなんで、誤魔化されないから」
こっちを向いて、照れたようにに言う。
「誤魔化すとか、そんなつもりはないよ」
記憶を思い出しながら、前世でそうしていたようにキスをする。
「んっ……」
ルカが身体をよじる。それを押さえようとした時……
「……お兄ちゃん、トイレ」
とドアの方からスズナの声がした。
二人でビクっとした。
心臓、飛び出るかと思った。
ルカが閉めなかったドアからスズナの姿が見えた。
「スズナ、トイレか? そうか、そうか。……ちょっと待ってろ」
明かりがついていたら、この姿が丸見えだったかもしれない。何事もなかったかのように、そっとルカに毛布をかける。
大丈夫、きっと見えていない。だって暗いから。
スズナの部屋からトイレに行くには俺の部屋の前を通ることになる。その時にスズナはトイレに付いてきてくれと頼んでくる。
オバケが出そうで怖いからとスズナは言う。トイレは家の隅の暗い場所にあった。
「早くしてね。もれる」
半分寝ているような声。
スズナはいつもと変わらない。
「それは大変だ」
わざとらしい声だと自分でも思った。でもそんな声しか出ない。
わからないように服装を整えてベッドを出る。
「お兄ちゃん、ひとりごと?」
ドアまで行って部屋を出るとスズナが言った。
眠そうな顔。半分寝ている。背筋が凍る。
「しゃべってたの、聞こえたのか?」
「うん」
こくんとうなずく。
「ひとりごとだ。ひとりごとというのは、ひとりで言うからひとりごとだ」
自分が何を言っているのかわからない。
慌てると、こんな言葉しか出てこない。でも兄としての威厳と言うかそういう物を必死でかき集めるように平静を装う。
「ふーん」
どうでもよさそうな感じでスズナはトイレに向かう。
慌ててついて行こうとして、明かりが欲しいと思ったら周囲が明るくなった。
明かりは点けていないのに。
でも光が辺りを照らす。
魔法だった。眼鏡をかけただけで魔法が使えるようになったというのは本当なのか? 呪文も唱えていないのに。
白っぽい淡いオレンジの小さな玉がゆらゆら揺れている。手を動いて欲しい方に動かすとそれに沿って光も動く。
便利だ。手足と同じように使える。
スズナの足元を照らしながらついていき、トイレの前で待っていた。
いくら、ルカと会えたからって、幼気なスズナのいるこの家でできない。父さんと母さんだっているし無理。
どうしよう。どうしたらいい?
その答えは、スズナを部屋まで送り、自室に戻ってルカが言ったことかもしれない。
「冒険に出て、いつでもどこでもできる場所、探そうよ」
ルカは達観した覚めた顔をしていた。
誰がなんと言おうと絶対に冒険になど行かないと思っていたけれど、その言葉にはかなりグラついた。
いつでもどこでもしたいなんて、思ってない。
思っていないから。
そんな理由で冒険には行かないからな。
絶対に行かない。
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