【KAC2024】伊達コンタクト職人 川上大次郎は知っている

ポテろんぐ

第1話

「伊達政宗が好きなんです」


 彼は私に微笑みながらそう言った。


「だから、少しでも伊達政宗に関わる仕事がしたくて、この職業を選びました」


 そうニコニコした顔で言ったのは伊達コンタクト職人、川上大次郎さんだ。

 随分と伊達政宗からかけ離れてしまっているように見える。将軍でもなんでもないし、東北でもない。関係しているのは伊達政宗の『伊達』の部分だけ、商店街で言ったら客も全然来ない場末もいいところだ。彼はそれで良かったのだろうか?


「まぁ、それは半分冗談ですけどね」


 そう言って彼は軽やかに笑った。

 上質のユーモアに騙されて、私も思わず「まぁ!」と失礼しちゃうわという声が出てしまった。


 伊達メガネというのは聞いたことがあるが、伊達コンタクトとは中々耳にしない。いったい、どういうものなのだろうか?


「伊達メガネっていうのは度が入っていない眼鏡の事です。それの逆です」

「逆と言いますと?」

「要するに、伊達コンタクトというのは普段眼鏡をしている人が、コンタクトに変えたらどうなるのかを見るために嵌める度の入っていないコンタクトレンズの事です」


 彼はそう言ったが、私はそれを聞いて思わず「え?」と声が出てしまった。


 私の疑問符に反応したのか、さっきまでニコニコ伊達政宗ジョークを見せてくれていた川上さんから一瞬にして笑顔が消えた。


「何か?」

「あ、いえ。なんでもありません」


 その豹変の速さに私はライターとしての疑問を投げかけることができなかった。こわ。


「ごめんください」


 そうしていると早速、お客様がやって来て、川上さんの顔に偽りの笑顔が戻った。こわ。


「はい! いらっしゃい」


 そこに現れたのは私より少し年上のふくよかな女性とその後ろに中学生くらいのメガネをかけた女の子がいた。

 私は一瞬仕事の事を忘れ、ふと「そうか、私の歳だとこれくらいの子がいてもいいのか」といまだに独身を謳歌している自分への無意識な戒めのような事を思ってしまった。


「この子が高校に上がる時にコンタクトにしたいと言ってますので、それでどんな感じになるかを知りたくて」

「ああ、高校デビューですか。そう言う子多いんですよぉ」


 川上さんは憎めない笑顔と一緒に年頃の女の子が一番言われたくない言葉をサラッと飛ばした。そう言う感じの漫才師かと思うほどに澱みがなく、女の子は自分が切られたことにいまだ気付いていない様子だ。


「じゃあ、ちょっとこっちに座ってもらえる?」


 そう言って、川上さんはさっきまで自分が座っていた丸椅子を置いて、その向かいに奥から持って来た姿見の鏡を置いた。

 女の子は言われるがまま、鏡の前の椅子に腰掛けた。よく見るとまだ垢抜けていないが、目も大きくて可愛い子だ。この子がメガネを外したら、同級生の男子は黙っていないんじゃないか? と私は内心でほくそ笑んだ。


「じゃあ、メガネを外して」


 川上さんに促され、女の子はメガネを外した。


 鏡にはメガネを外し、裸眼になった女の子の姿が映っている。コンタクトにしたら、どんな顔になるかって? 

 その顔だよ。今、鏡に映ってる裸眼の顔。まんまそれだよ。

 私はさっきの違和感を払拭するために、お母さんと女の子に向かって念じだ。


 早く気付け、この詐欺に。


「じゃあ、ちょっと待っててね」


 しかし、私がこんな無粋な事をテレパシーで念じていると、川上さんは店の奥へ入って行った。


 私はここぞとばかりに親子に話を聞くことにした。


「あの、なんで今日はこの店に?」


 お母さんが「え?」と驚いたような顔をして、私を見た。


「いえ、なんか、このお店に行くとコンタクトをした時の感じがわかるって聞いたんで……その……」


 お母さんは首を傾げながら、言葉を捻り出した。どうやら、薄々気付いているようだ。今、椅子に座っている裸眼の娘さんの顔がそれだと言うことに。娘さんは目が悪いので、見えていないのかもしれない。だとしたら、このお母さんの罪は重い。


「コンタクトを入れるのと、メガネ外したのと感じが微妙に違うんですかね?」


 私はもう少し、このお母さんの懐に入った。


「どうなんでしょう? あんまり変わらないと思うんですけどねぇ」


 お母さんが苦笑いと一緒に言った。娘さんがピクッと振り返った。


「でも、商売されてるって事は、何かあるんだと思います。見える感じとか」


 典型的な詐欺に騙されるパターンだ。『人間は値段が安いより、高い薬の方が効果がありそうに思い込む』という深層心理を利用した、詐欺だ。


「ほら、裸眼だとこの子、眉間に皺を寄せちゃうから、普通の顔が分からないんですよ。そう言うのもわかるんじゃないですか?」


 お母さんはそう言って、自分を正当化した。

 だが、お母さん、いいですか? 今から目に入れるのは伊達コンタクトですよ? 目に入れたって、見えるようにならないから、眉間に皺よったまんまですよ? 目に入れても痛くないほど可愛い娘さんが騙されてますよ。


 私は喉まで出そうになっているその言葉を渋々飲み込んだ。営業妨害である上に、ライターとして取材に来たプライドが邪魔をした。


 私は何をしているのだろう? と店の奥を覗きに行った。後ろから「まぁ、目がゴロゴロするって子もいますし」と言うお母さんの弱い声が聞こえた。まだ言い訳してたのか。



 店の奥に入り、川上さんの姿を見て、私は今までお母さんに訴えようとしていた自分の主観がただの偏見であったと思い知らされた。


「もう少し待っていてください」


 川上さんは手を洗っていた。それも入念に。


「これからあの子の目に伊達コンを入れるんですから、綺麗にしないといけないですから」


 私は川上さんに心の中で謝った。そのお客様の目を気遣う衛生への心がけ、本物のプロだ。


「よし!」


 川上さんは己の両手を見て、納得のいく綺麗さになっているのを確認した。


「じゃあ、行きましょう!」

「はい!」


 川上さんの職人な顔つきに私は思わず元気に返事をしてしまった。さながら、夫婦で切り盛りするこのお店の看板妻と言ったところか。


「よーし、じゃあやるか!」


 そう言って、川上さんは自分の手のひらに豪快に唾をかけ気合いを入れた。え?


「じゃあ、伊達コン、入れていくね。一緒に綺麗になろう」


 川上さんの真剣な眼差しに女の子は頷いた。てか、唾かけた手で、コンタクト入れるの?



「じゃあ、まず目を閉じて」


 そう言われ、女の子は目を閉じた。鼻の通った綺麗な顔をしている。この子は美人になると確信した。


「ふん!」


 すると川上さんは女の子の目の前にさっき唾をかけた手を広げて念じ始めた。まるで超能力者がサイコキネシスを送っているように、手を広げている川上さんの腕にも力がどんどん入っている。


 ついに川上さんの仕事が始まった。

 その真剣に念じる顔に、私は職人の目を見た。


「はっ!」


 二度、三度と川上さんの手から念が女の子の両目に伝わる。

 その迫力に私とお母さんの顔も、心配なものから真剣なものへと変わって行った。


「よし!」


 どうやら納得した様子の川上さんは力を弱め、壁にかかっていたタオルで汗を拭いた。


「もう目を開けてもいいよ」


 そう言われ、女の子は目を開けた。

 これからいよいよ、伊達コンタクトを両目に装着するのだ。


「どうだい? 調子は?」


 え?


 私の「え?」に合わせて、女の子も「え?」と顔を前に出した。


「伊達コンタクト、入れたけど。どんな感じ?」


 そう言って、川上さんは姿見よりも近くで見える手鏡を女の子に渡した。


「どう?」

「ああ、はい。ああ……はい」


 私とお母さんはふと目を合わせてしまった。そして、どちらが言うでもなく、すぐに目を逸らした。

 この親子は無言で五千円を払って帰って行った。



「昔は本当に伊達コンタクトを作って入れていたんですよ」


 川上さんは一仕事終えたと言う屈託のない笑顔で私にそう言った。


「でも、やっぱり伊達でもコンタクトを入れるのは危ないですし、それで『むしろ、無理にコンタクトを入れない方が、安全にお客様にコンタクトを入れた感じがわかるんじゃないか?』って思ったんです」


 要するに裸眼じゃないか、それ。


「じゃあ、今はコンタクトを入れてないんですか?」

「そちらの方が効率的で、お客様も満足していただけますからね」


 川上さんは笑いながら言った。要するに、何もしてないんじゃないか、この人。


「あの念じていたのは、なんだったんですか?」

「あれは念です。伊達コンをお客様の中に注入していたんです。あれやった方が、伊達コンを入れられた気がすると思って」


 そりゃ、店を出してる大の大人があんな一生懸命念じてたら、若い子では怖くて文句も言えなくなる。詐欺だ。


「でも、あの子、きっとコンタクトにしたら美人になりますよ。彼女が目を開けた瞬間に僕はそう確信しましたよ。僕が学生だったらほっとかないですよ!」


 そう言って川上さんは豪快に笑った。

 なんで、五千円も巻き上げておきながら「俺が育てた」みたいな顔ができるのか?


 メガネ外して、手鏡渡して五千円って……コストが何も掛かってないし。


「ああいう、垢抜けると化ける子を生み出すことが、この仕事の醍醐味なんですよ」


 そう言って彼は遠くを見ながら笑った。あなた、あの子のメガネ外しただけじゃないか。


「ていうか、コンタクトのガラスを通して見る光って嘘のひかりじゃないですか。僕はお客様にそんな偽りの光を通して世界を見てほしくないんです」


 真面目に働け。

















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