第7話 華
「人間じゃないってどういうことだ?」
「わたしたちは人間から『雪女』とよばれている存在です」
「ちょっと待ってくれ…」
いきなり過ぎて理解が追いつかない。
「この話をするには、わたしの生まれから説明しなくてはいけないかもしれません」
そう言うとハナちゃんは自分語りを始めた。
わたしは約500年前ほど前に『雪女』達の集落に生まれました。
わたしたちのような妖怪と呼ばれる類は、人間を見つけると必ず殺さないといけないという掟があります。
雪女の人間の殺し方は接吻をした相手を凍死させるというものでした。
人間を殺すことを善行とも悪行とも思わず、ただそういうものだと教えられたまま日々を送っていたんです。
そんなある日、集落に迷い込んだ2人の人間の親子がいました。
年老いた人間を先に殺し、もう1人も殺そうとした時、その人はわたしに向かって「美しい」と言ったんです。
その瞬間世界が違うように見えて、生まれて初めての恋をしたんだと思います。
その時咄嗟に「今日わたしと出会ったことを今後一生誰にも言わなければあなたを殺さない、でももし誰かに話した時には殺さなければいけない」
と言って、その男性を逃してしまいました。
でも人間を逃したことを同胞に見つかってしまい、掟破りを咎められ、あの時に咄嗟についた嘘にちなんだ呪いをかけられました。
それは
その人間が誰かにわたしの存在を話せば、
その人間ではなく、わたし自身が霧になって消える。
という呪いです。
わたしは人間を殺すことに耐えられなくなって、
それから1年ほど経った頃、村から逃げ出したんです。
行くあてもなく村村を転々としていたある日、
1年前に恋をした男性を見つけました。
正体を隠しながら接触し、わたしはその人の家に一緒に住むことになり、しばらくして結婚することになりました。
彼の名前は巳之吉という方でした。
結婚生活は本当に楽しくて幸せでいっぱいでした。
人間に対する感情も一変し、その村の皆さんとも仲良くさせてもらっていたんです。
どうしたら人間と妖怪が共存できる世界になるか、そんなことまで考えていました。
ですが雪女のわたしは、日や熱に弱く人間の生活を送ることでだんだんと弱っていきました。
また、わたしが彼のお父さんを殺した張本人という事実を隠し続けていることに対する想いもありました。
衰弱が進み、もう家から出ることができず、ほぼ寝たきりのわたしに彼はこう言いました。
「ワシは昔、お前さんによく似た雪女に出会ったことがある」
本当に突然の出来事でした。
約束を破った彼に対し、その事をなんで話したのかと泣きながら問い詰めると、
「お前さんが何か思い悩んでいるような気がして、もしそれがあの時のことなら、本当はワシもあの時親父と一緒に死ぬはずだったんじゃないか?」
「あの時見逃してもらったからには全力で生きなきゃと思って生きてきた、でも1年前お前さんが訪ねてきた時、とうとうお迎えがきたと思ってたんだ」
「自慢の嫁さんをもてて、この1年本当に楽しくて、でもワシが生きていることがお前さんの重荷になるくらいなら、ワシはもう充分にいい思いをさせてもろうたし、これ以上お前さんが苦しむ姿は見たくねぇ」
「今まで楽しかった、親父にべっぴんの嫁さんができたと報告にいかねばならねぇ、気にすることはねぇ、一思いにやってくれ」
「あれは嘘なの…」
「なんだって?」
「あなたに生きていてほしくて咄嗟に嘘をついたの…まさか自分で死ぬ事を選ぶなんて思わなかった」
「じゃあお前さんはどうすれば元気になる?」
「ごめんなさい、わたしはもう助からない…」
「待ってくれよ、ワシはお前さんがいないと…」
「ワシのせいでお前さんが消えちまうのか…?」
「何とかならんのか」
「何か方法はないのか」
「ごめんなさい、たぶんわたしは霧になって消えてしまう」
「でもやっぱりあなたには生きていてほしい」
「私は妖怪であなたは人間、住む場所も体もなにもかも違うけれど、確かに愛を知ることができた」
「あなたを愛してる、心からそう思った」
「華ー…」
巳之吉の叫びも虚しく
華は霧となって消えた。
わたしはなぜかそれから1年後のこの海に現れたんです。
巳之吉さんに会えると思い、急いで家に向かうともぬけの殻になっており、村の方から話を聞くと巳之吉さんはわたしが居なくなった後、みるみる衰弱していき、昨夜亡くなられたそうです。
そうです。わたしの現れた場所は彼のお墓でした。
その日から私は毎年2月20日から2月26日の7日間だけ、この世に現れる雪女の幽霊のような存在になりました。
その7日間は毎日0時になると、どこにいようとこの場所に呼び戻されます。
そして毎年2月26日が終わると次の年の2月20日へ飛ばされる。
それを約500回ほど繰り返しています。
これはきっとわたしが人間の寿命を意図的に変えてしまったことによる罰なんだろうって勝手に思ってます。
ハナちゃんは終始悲しそうな顔で真実を話してくれた。
「そんなことがあるなんて到底信じられない…」
「さっき偶然のキスでナナさん死ぬとこだったじゃないですか」
「……。」
「本当はナナさんと同じで、わたしも何回も死のうとしました」
「でも何度やってもこの場所に戻されてしまうだけでした」
「たぶん自殺回数は300を超えてますし、それについてならわたしのほうが先輩ですね!」
「変なことでマウントをとるんじゃない」
俺はいろいろなことを考えた。
この子のために残り少ない命で何が出来るか。
来年の今頃には俺はこの世にはいないだろう。
「ハナちゃんの望みはなんだい?」
「もう繰り返したくない…」
ハナちゃんの目から涙ではなく、氷の雫がこぼれた。
その姿がとても美しくもあり、尊くも思えた。
この瞬間、俺は残りの人生をこの子のために使おうと心に決めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます