第8話 この世で最も美しいもの




車の中での会話


「そういえば7日間を500回ということは君は約10年歳を重ねていることになって、実年齢は30をこえるんじゃないのかい?」


「いえ、わたしは2月19日生まれですので、誕生日を

1度も踏み越えてないということは実質年もとりません」


「その理屈は分かるが少し強引ではないか?」


「なんなら妖怪なので見た目にも変化はありません」


「そういうものかねぇ」


「なんですか?なんか文句ありますか?」


「文句という訳ではないが、思ったより歳が近くて安心したというか」


「そーやって女性に年齢のことを細かく聞く人はどうかと思いますし、モテないと思います」


「余生の短いおじさんの言うことだ、悪く思わないでくれよ」


「そうですね、デリカシーのなさと余命って比例するんでしょうか」


「だとしたらこの世からパワハラだとか、セクハラは撲滅されているはずだよ」


「不公平な世の中ですねまったく…」



このような会話を続けていたら一瞬で家に着いた。


「ただいま猫ロンブスー!」


「そいつにそんな名前があったのか」


「さっき車の中で思いつきました」


「今日はとりあえず寝て、起きたらあの海の近くの図書館や資料館などをまわって何か手がかりを探そう」


「ラジャー!」

「お休みなさいませ!」


「あぁおやすみ」


この日久しぶりに夢を見た。

川の向こう岸から父親と母親が俺を呼んでいる夢。

橋を渡って会いに行こうとしたら、そこで目が覚めた。

その瞬間強烈な吐き気を催し、トイレに駆け込むと真っ赤な血が混ざった吐瀉物を吐き出した。


「なるほど、もうすぐか…」


すぐそこまでタイムリミットが迫っていることに今までの自分ならやり切れない気持ちだけだったろう。

でも今はやらなければいけないことがある。

その気持ちが俺に前を向かせた。


昼前になると華も目覚め、俺たちは海へと向かうことにした。


「華はコーヒーかお茶どちらがいい?」


「水がいいです」


「了解」


ペットボトルを渡し

「それじゃあ行こうか」


「はい!お願いします!」


「そういえば妖怪ってうんこは…」

即座に被せて言う

「殺しますよ?」


「別に興味本位だよ、そんなに怒らなくても」


「ナナさん、わたしのこと呼び捨てで呼ぶようになったと思ったらデリカシーまでどこかに落っことしてきたんですか?」


「親しき仲にも礼儀ありです、以後気をつけてください」


「そうだな、悪かったよ」

親しき仲だと思ってくれているのか。


海のある街の図書館兼資料館のような建物にやってきた。


俺たちはそこで地域に伝わる昔の伝承や、妖怪についての本などありとあらゆる文献を読み倒した。


華が飽きてきたようなので、俺たちは別行動をとることにして、華には資料館のほうを任せている時のこと。あまりに長時間いたためか司書らしきおばあさんが声をかけてきた。


「さっきから熱心に、何か探し物でもあるの?」


「えぇ、この地域に伝わる伝承や怪異譚などを調べていまして」


「うーん、この地域だとやっぱり雪女かしらね」


「何か知っているんですか?」


「ここらへんでは昔、雪女がよく見かけられていたらしいから、いろんなお話しがあるけれど1番有名なのは、雪女の殺し方じゃないかしら」


「ど、どうやったら雪女を殺せるんですか?」


「それはね…恋をさせることよ…ロマンチックでしょう?」


どういうことだ?恋をすれば雪女が死ぬということは、華は500年前にとっくに死んでいるはずではないだろうか。



「恋ですか…他には何か雪女について知っていることはありませんか?」


「そうねぇ…あっ、なんでも雪女が死んだ日はとっても星が綺麗なんですって」」


「資料に載っていないようなことはこのくらいかしら」


「ありがとうございます、参考になりました」


そして数分後華と合流した。


「そっちは何か収穫はあったかい?」


「うーん、いまいちですねー…」


「ナナさんの方はどうでしたか?」


「こちらも役に立ちそうな情報は得られなかったよ」


「では次はこの街をドライブがてら見てまわりませんか?」


「あぁ、そうだな」


車の中でここらへんの昔話をたくさん聞いた。

あの一帯は昔森だったとか、あの神社には天狗が住んでいたとか、あそこの木から落ちたことがあるとか…。


「君のことを知っている人間は俺の他にはいないのかい?」


「いません…」


「そうか…」


「ナナさんがわたしのこと知ってくれていれば、それだけで満足ですよ」


「…海も行ってみようか」


「はい…」


時刻は夕方、ちょうど夕日が海へ沈もうとしている頃だった。


「きれーい!」


「太陽は天敵なのではないか?」


「わかっていませんねー、敵とは言え本当の美とは終わる時に訪れるものなのですよ」


「なかなか芯をついたことを言うじゃないか」


「有終の美と言うでしょう、終わりあるからこそ人は美しいと感じることができるのです」


俺の人生が終わる時、誰かにそんなふうに思ってもらえるのだろうか。


「君はこの世で最も美しいものは何だと思う?」


「うーん、難しい質問ですね」


「俺は毎朝近所を散歩しながら、四季によって変わる風景や、人々の幸せそうな顔を見て心から美しいと思うが、それは表面上でしかないのではないのかとも思う」


「どういうことですか?」


「冬になって降る雪は見た目には綺麗だが、物質としてはとても綺麗とよべるものではないし、この海だってどれだけの生き物の亡骸の上で成り立っていることか」


「表面的には美しいけど内面的には醜いということですか?」


「もしこの世に本当に美しいものがあるとするならば、それは目に見えるものだけとは限らないんじゃないかって話かな…すまない忘れてくれ」


「わたしは…人間の世界には美しいもので溢れてると思います…」


「この風景も、人々が笑顔で行き交う街並みも、星空も、美しいと思ったのなら、それは内容がどうであれ、真実なのではないでしょうか」


「そうだな、結局当人がどう感じるかが1番大切だ」


その後飯を食べに行って、また夜の海へと戻ってきた。

車の中でお互いウトウトしながら話していた。


「今日でもう3日目が終わっちゃいます…あと4日でまた来年かぁ…」


「次の年へ向かう時は眠りから覚めるような感覚なのかい?」


「起きたという感覚より、気付いたらまた同じ場所にいたみたいな感覚ですかね…」


「……。」


オレは眠ってしまった。


目が覚めると助手席には華の姿はなく。

時計を見るとちょうど0時だった。


「やってしまった」


車を降りてまた堤防へと走って向かう。


華は堤防に腰掛けながら眠っているようだった。


俺は安堵して隣に座り、仰向けに寝転んだ。



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