第6話 秘密

家まで向かう1時間の道のりも、

たわいもない話をしているとあっという間だった。


家に入った第一声は


「なんもなーい!」


だった。


「俺がいなくなった時に身辺整理が楽なように、必要最低限のものしか残していないんだ」


「ご飯もコンビニばかりですかー?体にわるいですよー」

ゴミ袋の方を見ながら言う。


「もう充分体は悪いから気にしていない」


「そういうブラックな冗談は嫌いです」


「すまんすまん、何か食べるものを買ってこよう、ほしいものはあるかい?」


「しいてゆうならアイスが欲しいです」


「わかった、ゆっくりしていてくれ」


コンビニから戻ると、例の猫のぬいぐるみを枕にグッスリと眠る姿が何かしらの既視感を抱かせた。


気持ちよさそうに眠る姿を見ているとこっちまで眠くなり、つられて眠ってしまった。


翌朝、口元にヒンヤリとした感覚があり目が覚めると、

こちらを覗き込んでいる人影があった。


「何をしているんだ?」


「人間観察です」


「それで、何か成果はあったのか?」


「人間は寝ながらアイスを食べられるのか実験していたのですが、無理なようです」


「それはやってみなければ分からないことだったのか」


「百聞は一食にしかずですよ、ナナさん」


「それは初耳だ」


「そんなことより、おはようございます」


「あぁ、おはよう」


誰かにおはようと言われ、

それを返すのはいつぶりだろう。


「昨日コンビニで朝ご飯を適当に買っておいたから好きに食べると良い」


「ありがとうございます」


朝ご飯を食べながら

「ナナさんって料理できないんですか?」

と尋ねてきた。


「ほとんどしないが、オムライスくらいなら作れる」


この発言の瞬間彼女の目がキラッと光ったような気がした。


「ではお昼ご飯はそのオムライスで決まりですね」


「決まらないだろ、だいたい卵も米もない」


「それならこれを食べ終わったら買い出しへ行きましょう!ついでに晩御飯の材料も…」


「自炊なんてしなくても惣菜を買ってきたほうが楽だしうまいだろう」


「ナナさんは1週間をわたしにくれたんですから、その間何を食べるかもわたしの支配下にあります」


「ちょっと待て、だんだんと横暴な内容に進化していないか?」


「それが嫌なら誘拐されたと警察に駆け込みます」


「もう好きにしてくれ」


「では準備ができたらスーパーにいきましょう」


お昼のオムライスと、ハナちゃん希望である晩御飯のハンバーグの材料を買い終え、帰り道を歩いていると、


「なんだか恋人同士みたいですね」


さらっとあざとい言葉をなげかけてきた。


「周りからは親子と見られてもおかしくないだろう、ひと回り以上歳が離れているのだから」


「ナナさんっておいくつなんですか?」


「36だが、もうすぐ37になるな」


「誕生日近いんですか?いつです?」


「2月27日」


「そうですか…わたしのもらった1週間は昨日の20日から26日までなので当日一緒に祝うことはできませんが、必ず前祝いしましょう!」


その後家に着いてオムライスを盛大に失敗してスクランブルエッグ&ケチャップライスを食べたり、

晩御飯には2人で一緒に挽肉をこねてハンバーグを作り、こちらも盛大に失敗してそぼろ丼になってしまったり、

色々あったがこんなに笑ったのは久しぶりだった。


晩御飯を食べ終えるとハナちゃんは少し神妙な面持ちで、


「もし、わたしがいなくなったら、あの海にきてくれませんか?」


と語った。


「構わないが、あの海まで自力で戻るのはかなり骨がおれるんじゃないか?」


「まぁそうなんですが、突然ホームシックになることもあるかもしれないので」


「了解した」

またいつもの冗談か何かだろうと思い特に深く考えなかった。


俺たちはテレビを見てダラダラ過ごしていたが、そろそろ12時を回りそうだった為、俺は風呂にはいった。


風呂の中で、どうせ風呂を出た時にはいつものようにハナちゃんは眠っているのだろうと予想していた。


そしていざ出てみると…


ハナちゃんの姿がない。


猫のぬいぐるみだけがポツンと寂しそうにしていた。


少し外に出ているだけかとも思ったが、1時間しても帰ってくることはなかった。


そして俺は夕食後のセリフを思い出した。


もしかして…。

いやまさか…。


そうは思ったが、居ても立っても居られず、車を走らせていた。いつもなら我慢するのだが車内で煙草を吸ってしまうほど道中俺は気が動転していたのだろう。


1時間かけていつもと同じ場所に車を止め、昨日2人で話した堤防まで走った。


その堤防の先には、美しく佇むハナちゃんの姿があった。


「なんでだ…どうやってここまで戻ってきたんだ?」


こんな田舎の、ましてや深夜だ。

バスも電車も通っていやしない。


しかもお金もほとんど持っていない子が、

このスピードでここまでの移動ができるものなのか。


「やっぱり来てくれたんですね、でもちょっと待たせすぎです」


「いや、信じられなくてしばらく帰りを待っていたんだよ」


「来てくれてありがとうございます」


「色々聞きたいことはあるが、まずは無事でよかった」

その時、俺はほとんど無意識にハナちゃんを抱きしめていた。下心など一切なく、無事でよかったという安堵感からの行動だった。


「ちょっとナナさん?」


ハナちゃんはかなりビックリした様子でバタバタと両手を振るわせていた。


そしてバランスを崩し、倒れそうになったのを庇おうとしたのがよくなかった。


「危ないっ!」


2人で地面に倒れ込んだ際に口と口が当たってしまった。


よく漫画やアニメであるやつだ。


妙に冷たく、よほど冷えていたのかと思ったが直ぐにその域ではない冷気が襲ってきた。


今朝のアイスの冷ややかさなど通り越す身の危険を感じる"パキパキ"という音とともに唇の感覚が一瞬でなくなる。


すぐにハナちゃんが離れたこともあり、

海水で慣らさせることでなんとか元に戻った。


「すみませんでしたナナさん…」


「ハナちゃん君は…」


「実はわたし…人間ではないんです…」

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