第5話 約束


「もう4年半か…」


そう呟いた時、時刻はもうすぐ12時になろうとしていた。


ちょうど昨日と同じ場所に車を止めて、

外にでて煙草をとりだそうとした瞬間


雪をまとった強風が男の顔めがけて吹いてきた。


思わず目を瞑り身が凍る思いに耐えていると。


「来てくれたんですね」


聞き覚えのある声がした。


「しかも時間ピッタリ!」


「まぁ約束だからな」

大量の雪が当たった目を腕で擦りながら答えた。


「ありがとうございます」

ニコッとした笑顔だった。


「今日は海辺を散歩しませんか?」


「あぁ、わかったよ」


2人で海辺を歩く。


「わたし、この海が好きなんです」


「とても綺麗だ、冬の海はなんだか透き通っているように見える」


「毎年…街並みは少しずつ変わっていくけど、この海だけは変わらずにわたしを見守ってくれている気がするんです」


「変わらないものなんてきっとないんだ…

海だって毎年少しずつだが海面を伸ばしていたり、

段々と汚れていたり、人がそれに気付けるかどうかなんだ」


「なんかナナさん、ポエマーっぽいですね」

ニヤッとしながら人差し指を刺してくる。


「おちょくっているのか」

少し照れて顔を背けてしまった。


「ここに座りましょう!」


堤防のようなところで並んで座り、空を見上げる。


「星、見えませんねー」


「雪が降っているからな」


「なんで雪が降っていると星はみえないんですかー?」


「星よりも下に雲があるから、隠れて見えないんだよ」


「星と雪が同時に見れたらすごくロマンチックなのに」


「でも確かその光景が見られることも稀にあると聞いたことがある、どんな条件だったかは忘れてしまったが」


「じゃあそんな光景を見られたらその日は最高の1日になりますね!」


「そうだな」


「もう見ることはないのだろうな…」

ボソッと呟いた。


「何か言いましたか?」


「いや、なんでもないよ…見られるといいな」


「はい!」


「そういえば家には帰れたのかい?」


「いえ、前と同じで1週間は帰れそうにないです」


「そうか、もし本当に困ったら警察に相談してみるといい」


「そうですね、それも考えておきます」


「俺に出来ることなら協力するから遠慮せずに言ってくれ」


「そうですね、ではナナさんには色々助けてもらったので、今度はナナさんのお話を聞かせてください」


「俺の話なんておもしろいことは何も…」


「おもしろくなくたっていいんです!少しでも恩返しする為には相手のことをよく知らなければ始まりません!」


「俺にとっては詮索されないことがありがたいことなのだが」


「話してくれないと海に飛び込みます」


「なんでそうなる」


「誰だって一つや二つの悩みくらい抱えているものです!わたしのことは色々聞いてくるのに、ナナさんだけ黙秘は不公平です!」


「どんなことを聞いても後悔しないか?」


「しません!」


俺は自分の過去や残りの命が短いこと、本当は死ぬつもりで昨日ここにきたことを、全て洗いざらい話してしまった。


こんなこと話すつもりじゃなかったんだが、

久しぶりに人と話したことで何かが緩んでしまったのだろうか、本当は誰かに聞いて欲しかったのだろうか。


話しながら俺はボロボロと泣いて、ハナちゃんの方からは鼻をすする音がスンスンと聞こえてきた。


ひとしきりの沈黙のあとハナちゃんが口を開く…


「ナナさんの1週間を私に下さい」


「どういうことだ?」


「昨日ナナさんの運命を変えてしまった、せめてもの罪滅ぼしに、きっとここにきてよかったと思える1週間にします」


今までにみたことのない真面目な顔で話を続ける。


「おそらくわたしは1週間後、家に引き戻されたら今度はしばらく外に出ることはできません」


「だから明日も明後日もこの時間に、ここに来て下さい…ナナさんの悲しみも苦しみも、わたしが半分貰います」


「なんでそんな…」

俺は呆気にとられていた。


「昨日わたしたちが出会ったのはきっとそのためなんですよ…あなたがわたしを助けてくれたように、わたしもあなたを助けたい」


俺は目から涙を溢しながら

「ありがとう」とかすれた声を漏らした。



涙も落ち着いて、来た道を戻っているときだ。


「ナナさん、今日泊めてください」


「何を言っているんだ君は」


「だって1週間をわたしにくれるんですよね」


「そうは言ったが…」


「じゃあ家に泊めるくらいいいじゃないですか」


「それとこれとは話が違う」


「こんな寒空の下で女の子を野宿させる気ですか」


「………。」


「今日だけだからな」


「わーい!やったー!猫ちゃんも持っていきますね!」


「そういえばあのぬいぐるみはどこにいったんだ?」


「コインロッカーに預けてありますっ!」意気揚々と答える。


そう言って車に乗り込み俺の家へと向かった。


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