第4話 男の過去


【4年前】


俺は広告関係の営業マンとして、

とある中小企業に勤務していた。


「以上のことからwebサイトを運営する目的は企業様によって様々ですが、保守・管理を行いながらユーザーのニーズに応えていくことが必要となってきます」


「では次回は企業様別のwebマーケティングについてお話しいたしますので、本日はこれで終わりにしたいと思います、ご清聴ありがとうございました」


この時の俺はエリマネージャーという立場で、

企業向けのセミナー講師を任されたりもしていた。


勤めて10年になるが、会社のために誠心誠意尽くしてきた甲斐あって同期の中でも出世は早い方で、プライベートにおいても結婚を約束した恋人もいたため、側からみれば順風満帆といったところだったろう。


「先輩、お疲れっす!今日この後飲みにいきませんか?」

部下が声をかけてきた。


「悪いな、今日は彼女と飯に行く予定があるんだ」


「マジっすかー、彼女さんじゃ仕方ないっすね!

ではまた今度!」


俺は部下と別れて約束の店へと向かった。


「あなた、最近ちょっと痩せたんじゃない?」

食事中に彼女が言う。


「そうかな、もうすぐ仕事がひと段落するからそれまでは頑張らないといけないんだ」


「あまり無理はしないでよ?式まであと2ヶ月なんだから」


結婚式の打ち合わせなどはほとんど彼女に任せきりだったため、悪いことをしている実感はあった。


「あぁ…任せきりですまない」


彼女とは同い年で付き合って5年、適齢期ということもあり彼女に半ば無理やり押し切られ、なし崩し的に結婚まで至った。


仕事ばかりの俺と5年間も一緒にいてくれる人だから

きっと結婚しても幸せに暮らしていけるだろうと思っていた。


食事の帰り、駅まで向かう途中に何やら人だかりが出来ている。


「何かあったんだろうか」


「なんでしょうね」


「キャーーー」悲鳴が鳴り響いた。


何が起こったのか確認しようと辺りを見渡すと

血だらけで倒れている人の様子が確認できた。


更には目出し帽を被り、大きなカバンを抱え、手には刃物を持った輩がこちらのほうへ向かって走ってきた。


俺は咄嗟に彼女を守ろうと前に出ると、その男とぶつかり、共に倒れ込んでしまった。


犯人らしき男は持っていた大きなカバンを落としてしまったため、すぐに立ち上がろうとするが、俺は反射的にそいつにまたがるように押さえつけた。


「返せーっ」


と叫びながら刃物をこちらに振り回してきたため、

手で咄嗟にガードしたが数箇所切りつけられてしまった。


恐怖と痛みでどうしようなく、尻餅をついたところに

パトカーのサイレンの音が鳴り響いた。


「くそっ、もう来たのか」


男はさっきまで持っていたカバンは諦めて、揉み合いの中で落としてしまった俺の財布だけを手に取り裏路地から逃げていった。


彼女が慌てて駆け寄って来て

「大丈夫?今すぐ救急車呼ぶから!」


あまりの出来事に俺はそこで気を失ってしまった。


目が覚めるとそこは病室だった。


横には彼女がいて

「よかった目が覚めて、今先生を呼んでくるから待ってて」


先生の話によれば切られた傷自体はそこまでの事態ではないが、検査した際に気になる点があったので、詳しく調べるために検査入院してくれとのことだった。


「ちょうど良い機会だからゆっくり休んでね」

彼女はそう言って帰っていった。


10年間仕事一筋だったこともあり、1週間仕事を休むなんて非日常の期間は、テレビや漫画に大いに世話になった。


そして検査の結果が出るという事で先生に呼び出された。


「誠に言い辛いのですが…」

医者が言うには、俺は癌なのだそうだ。


さらに進行度も高く5年後に生きている確率は10%にも満たないと言われた。

言葉に出来ない感情に、しばらく何も考えられなかった。


病室に戻り、未だに放心していると看護師から俺宛に電話が来ていると言われた。


出てみると警察からだった。


この前の事件のことでの事情聴取は事件の翌日に病室で行っていたため、聞き忘れた事でもあったのかと思っていたが、


「落ち着いて聞いてください」

「ご両親がお亡くなりになりました」


「は?」


「何者かがご自宅に侵入して、ご両親が殺害されました」


「凶器は刃物のようなもので…」


その後も何か喋っていたが、今の俺にはあまりにもキャパオーバーな内容のため頭に入ってこなかった。


後に刑事が病室に訪れて聞くところによると、実家に強盗が入って両親を殺害し、金品を盗んで逃亡した。

その時に使われていた刃物が俺を襲ったものと一致して、犯人はあの時の通り魔と同一人物ではないかとされた。

恐らく盗んだ俺の財布の中身から実家の住所を特定したのではないかとの話だった。


その日は俺の人生で1番涙を流した日となった。


そして俺は退院し、葬儀の準備にとりかかった。


彼女も協力してくれて本当に心の支えだった。


葬儀を終えて、彼女に自分の病気のことを話した。


すると彼女は

「なんであなたばっかりこんな目に…」

と泣きながら言ってくれた。


「でもごめんなさい」


「私はもうこれ以上、大切な人を見送れるほど強くない」


彼女は天涯孤独の人だった。


親も兄弟も事故で失い、大切な人を失う辛さを誰よりも知っている。


俺もそれを知っていたから、別れるしかないと考えていた。


「これ…あなたのご両親から預かっていたのだけど…」

紙袋を渡された。


「全然家に帰ってこないから、私から渡してくれとお義母さんから頼まれていたの」


中には財布が入っていた。


「誕生日と結婚のお祝いだって」

「あなた10年前から同じ財布つかってるでしょって」


俺の誕生日は2月なのだが、その日は9月の後半だった。

「俺、そんなに帰ってなかったのか」


「この前食事した日、あなたと会う前に近くに寄ったから、ご実家に顔を見せたらすごく喜んでくれたわ」


2人ともしばらく泣きながら無言の時間が続いた。


「別れよう」

俺は告げた。


すると彼女は

「ごめんなさい」

と言うと立ち上がり去っていった。


それからの俺は仕事を辞め、家も格安のアパートに引っ越し必要最低限の荷物と共に、終わりに向かっていく人生をどう生きるか考え始めた。


仕事を10年間頑張ってきたため、贅沢しなければ数年くらい生きていける貯蓄はあった。


好きだった酒もやめたが、煙草だけはやめることは出来なかった。


両親が亡くなって半月もせずに犯人は逮捕されたらしい。


実家も売りに出したが、曰く付きの物件のため大した額にはならなかった。


老後の爺さんのように毎日朝起きると少し散歩をするくらいで、1日のほとんどを家の中で過ごした。


たまに病院に行って経過を見てもらう。


そんな日々の繰り返しの中、風の噂で元婚約者が結婚したという話を耳にした。


俺は心からよかったと思った。

心の枷が外れたような気持ちがして、俺はその日に携帯を解約した。


このまま誰にも迷惑をかけず、誰にも知られず静かに終わりに向かっていこう。


そう心に決めたのだった。

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