第109話 「悔恨」 sideモイリア・モールド・ミャリア・ルフ
【まえがき】
どうも筆者です。
今話はsideモイリアとなっています。
これは私のこだわりというか、変な考え方なんですけど、sideは1話にまとめたいって思うんですよね。
それで、今回はsideモイリアなんですけど、書きたいことが多かったんですよ。
という事で、少々話がいつもより長くなってしまいました。ゆっくりお楽しみ下さい。
って連絡だけです。では、また何処かで。
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モイリア・モールド・ミャリア・ルフ。
ルフ村の母ミャリア、父モールドから産まれたモイリア。そういう名前の付け方がエルフの常識。
エルフは基本的に森から出ないで過ごし、精霊と共に生きることで人生を全うする。それがエルフの常識。
エルフは長命で天敵がいなく、子孫繁栄という意識があまり強くない。だから生命の誕生も生命の終焉も興味が薄い。それがエルフの日常。
でも、そんな常識に適応できないエルフも居る。少ないエルフの中でも更に少ないけど、存在する。
ワタシは森を出て街に行きたかったし、精霊と一緒に居なくても別に平気だった。
ワタシは好きな人と結婚して子供も欲しいし、仲間のエルフが産まれたら嬉しい気持ちになって死んじゃったら悲しい気持ちになる。
だからワタシはよく村の外に遊びに行ってた。お母さんに危ないって言われても、お父さんに怒られても、森の中は庭だという気分で高を括ってた。現実を見れない子供だった。
◆◆ ◆◆
あれは、ワタシがまだ幼いという言葉が似合っていた頃の私の出来事。
「お母さんおはよう」
「おはよう、モイリア。早く顔を洗いなさい」
優しいお母さんの言葉に頷き、家の外にある井戸で水を汲んで顔を洗う。井戸から水を汲むのは大変だけど、慣れてしまえばそこまで苦でもない。
私が顔を洗ってはっきりと目が覚めた所で、今日は大切な日だったと思い出す。
「お母さんちょっと出かけてくるね!」
「ちょっとモイリア朝ご飯は――」
「いらなーい!」
お母さんの静止も聞かずに、私は家から飛び出して村の外へと向かう。
今日はバリアブルアップル木に実がなる日なんだ。バリアブルアップルの木は10年に1回しか実がならなくて、しかも実がなってから24時間で腐ってしまう。
だから、実がなりだしてから大きくなるまでに8時間待って、そこからすぐに収穫して残る16時間以内に食べないといけない。
一番美味しいのは実がなりだしてから16時間らしいから、それまでにお家に持って帰ってお母さんにあげないと! 魔力に良いってお父さんが話してたもん!
私はそんな事を考えて村の外へと駆け出した。
「あそこの木は私しか知らないもんね!」
私はぐんぐんと森の奥へと進んでいって、目的地まで一直線に向かう。
小川に当たったら右に曲がって、根本が2本の足みたいに見える木に着いたら、その木を少し超えた所にある大きな岩を左に曲がる。それで……
「着いたーーー!」
村を出てから30分。全力で走ってきてようやく到着した。
「おぉ! 実がなりだしてるよ!」
眼の前にある大樹には、ピンクに近い赤色をしたりんごが実のりはじめていた。まだまだ私の拳くらいの大きさで小さいけれど、1時間くらい待てば丁度いい大きそうになりそうだ。
わくわくとした気持ちを抑えつつ、実が段々と大きくなっていってるのを観察しながら待つ。のんびり待つのはエルフは得意だ。
そんなのんびりした時間を過ごしていると、バリアブルアップルを挟んで反対側の森から、一体の魔物がゆっくりと現れた。
それは8本の脚と8個の瞳を持っている虫型の魔物で、お尻からはネバネバとした獲物を逃さない為の糸を吐き出す凶悪な魔物。だが、その糸よりも凶悪なのが、口から吐く強力な毒だ。
「なんでヌシがこんな所に――!?」
私はヌシ、
蜘蛛は耳が良い。大きな音を出したらバレてしまうのは有名だ。特に死紫蜘蛛は聴覚に優れていると村の大人たちが言っていた。
『ギチ、ギチチチ』
そんな死紫蜘蛛が、口にあるクワガタの様な顎をカチカチとぶつけたり擦ったりして音を出す。どこか興奮して鳴いている様にも聞こえる。
私はすぐにこの場から逃げようとした。でも死紫蜘蛛の意外な行動を見て足を止めてしまった。
脳では理解している。早く逃げたほうが良い。私なんかが敵う相手じゃないし、死紫蜘蛛が私を獲物として狙ってきたら一瞬で死んでしまう。そんな事ぐらい分かってる。
分かってる! でも、あの蜘蛛はバリアブルアップルを食べている。私が見つけて、お母さんの為にずっと待ってたバリアブルアップルを。
「駄目! それはお母さんのりんごで、絶対に手に入れなきゃいけないものなの!」
無謀にも死紫蜘蛛にそんな言葉を放つ。幼い私の脳内では1つのことしか考えられず、1回その思考に陥ってしまったら危険という考えがどこかへ言ってしまう。
愚かで現実を見れない阿呆だった。
だがこの時は、幸運だったのか、それとも寧ろそれこそが不運だったのか、死紫蜘蛛は私を無視した。明らかに刺激しているのに、私を無視してバリアブルアップルを食べ続けていた。
私はそれが異常に腹立たしかった。
「だからそれはお母さんのなの!」
私は無謀にも死紫蜘蛛へと近づき、すぐ側にあった大きなりんごを取った。一番大きくて美味しそうなりんごを取れた。
いや、何故か本来は獰猛な死紫蜘蛛が私を襲わなかったから取れてしまった。やはりそれこそが不運だった。
『ギチチチチチチチチ!!』
「ひっ」
死紫蜘蛛が激しく顎を鳴らし、私の事を威嚇してくる。
逃げなくちゃいけないのに、急に理性を取り戻して、死紫蜘蛛は危ないという事を理解して足がすくむ。眼の前の巨大な昆虫型の魔物を見て、冷静な判断が出来なくなる。
逃げないと、でもお母さんのりんご、でも、死んじゃうかも、でもさっきは襲われなかった、今も? でも威嚇してる、りんご取らないと、なくなっちゃう、お母さんの、私が見つけた、どうしよう、怖い、あぶない、どうしよう……
なんて悠長に考えているのが良くなかった。すぐに逃げるべきだった。地面を這ってでも、醜く転びながら走っても。とにかくバリアブルアップルを手放して逃げるべきだった。
そうすれば、死紫蜘蛛の興味が私が持っていたバリアブルアップルに戻ったかも知れなかったのに。
『ギヂヂヂヂヂッ!!』
「え――うぐぅっ!! 」
気づいた時には死紫蜘蛛の脚が私を吹き飛ばしていて、私は遠く離れた木に叩きつけられていた。そして、そのまま木の根元に空いていた穴に落ちていった。
毒でも糸でもなくて、脚の攻撃で吹き飛んだ。
幼い私の何倍もの大きさもある死紫蜘蛛の攻撃は、想像よりも強力だった。
小さな私を瀕死にするのは死紫蜘蛛からしたらとても容易くて、死紫蜘蛛が小虫を払うようにした一撃で私の意識は飛びかけた。
全身が痛む。頭や全身から血が出ているし、脚は変な方向に曲がっている。呼吸もしづらくて、やけに全身が熱い。
「……ぐ、うぅ……痛い……痛い痛い痛い!! うぅ……」
それでも私はバリアブルアップルを手放していなかった。
偶然か、本能か、それともただの意地か。意識が飛びかけるほどに強力な一撃を喰らったのにも関わらず、私はりんごを手放していなかった。
けれど、それもまた不運だった。
死紫蜘蛛は聴覚も優れているが、視覚も優れている。その8つの瞳からも分かるように、起こった事象を正確に視認している。
そして、あの死紫蜘蛛は異常なほどにバリアブルアップルに執着していた。本来だったら獲物を見つけて直ぐに飛びかかってくるはずなのに、私がどれだけ大きな声を出しても襲ってこなかったように。
襲ってきたのは私がりんごを取った時だけ。
つまり、死紫蜘蛛はバリアブルアップルを持っている私を探しているという事だ。
『ギチチ、ギチチチチ……』
死紫蜘蛛の鳴き声が木の下の穴まで響く。
「うぅ……どうしよう……痛い、怖い、痛いよぉ……お母さん……」
痛みで思考が鈍るのに、死にたくない一心で外に出るのは危険だと薄っすらと判断した。嗅覚は良くないから静かにしていれば大丈夫だ。
それが不運の中で起こった唯一の幸運な判断だった。
1時間、2時間、3時間……と時間が経っていき、何時間経ったか分からくなってきた頃。
次第に意識が薄くなっていって身体も冷たくなってくるが、外からはまだ『ギチチチチ』という音が聞こえてきていた。
まだ、死紫蜘蛛は私の事を探している。異常なまでの執着心で私を血眼になって探している。
「もう…………無理なのかな……お母さん……お父さん……大好きだよ……」
私がぼんやりとした思考で、ぼそぼそとそんな事を呟いていると、外から死紫蜘蛛とは違う声が聞こえてきた。
「……リア……イリア……モイリア! どこにいるの! 居たら返事して! モイリア!」
聞き覚えのある声。私が一番聞きたくて、一番大好きな声。
「モイリア! モイリア……ってこれは、血痕? それにこの緑色のリボンは……モイリアの……」
私はその言葉を聞いて、左の頭を触る。
「あ……お母さんがくれたリボン……落としてたんだぁ……」
小さな小さな声。ほとんど出ているかも分からないその声は、死紫蜘蛛には届かなくても、私の大好きな人には届いたみたいだった。
「モイリア!? 今、声が……! どこ!? どこなの返事してモイリア!」
「おかあ、さん……ここだよぉ……」
私は精一杯の大声を出してお母さんを呼ぶ。大好きな大好きなお母さんを。もう身体はほとんど動かない。穴から出てお母さんを呼んだりは出来ない。
もしかしたら見つけて貰えない――
「モイリアッッ!!!」
――なんて心配は必要なかった。
「モイリアしっかりして! 大丈夫よ! 大丈夫だからね! すぐお母さんが治してあげるから! しっかり起きてるのよ!」
「……お母さん、ごめんねぇ……いつも我儘ばっかり言ってごめんねぇ……見つけて、くれて、ありがとう……大好きだよぉ……」
「何言ってるのよ! しっかりしなさい! すぐにお母さんが治してあげるから! 大丈夫だからそんな事を言わないで!」
お母さんがボロボロと涙を流しながら私を抱きしめる。私はそんなお母さんに泣き止んで欲しくて、バリアブルアップルを渡した。
「これはバリアブルアップル……? 私の為に、あ母さんの為にこれを取りに来たの……?」
「うん……お母さん、身体が悪いから……これで、治ると良いなぁ……って思って……。だから、泣かないで……」
「うん、うん……ありがとう……ありがとうモイリア。美味しい、美味しいよ……絶対にお母さんがモイリアを助けるからね……!」
お母さんはりんごをひとくち食べてから袋にしまい、私をゆっくりと優しく抱きかかえた。そして、物凄い速さで穴を飛び出て駆け出した。
ぼんやりとした意識でははっきりと理解は出来なかったけれど、穴を出た瞬間に死紫蜘蛛がお母さんを襲った気がする。私を倒したのと同じ様に、お母さんに凶悪な脚を振り下ろした気がする。
薄っすらと私はお母さんが死んじゃうって思った。けど、そうはならなかった。
「お前が……お前が私の娘に怪我をさせたのか!!!」
そんな怒声。今までの人生で一度も聞いたことがない、穏やかでいつもニコニコしてるお母さんが心の底から怒った時の声。
それが森に響いた瞬間、木々はざわめき、激しい爆発音と共に地面が揺れた。
そして、何かの断末魔のような音が私の耳に届いたと思えば、それをかき消すほどの大きさの爆発音が遅れて2、3回聞こえてきた。
そんな事があったのに、何事もなかったかのようにお母さんはまた走り出した。
私の意識はここで途切れた。
◆◆ ◆◆
目が覚めた。視界の先には見慣れた天井。木で出来た我が家の天井。
「起きた! モイリアが起きたぞ!」
私は強く強く抱きしめられる。まだ全身が痛くて苦しいのに、息ができないぐらい強く抱きしめられる。
「……痛いよお父さん」
「あ、ご、ごめん!」
お父さんは焦って私を離した。アワアワと私の全身を見て、怪我は大丈夫なのか、いまので悪化してないか。なんて心配をしてくる。
私は抱きしめられて泣きたいほど痛かったのに、不思議と笑みが溢れる。
「大丈夫だよ、お父さん。……そうだ、お母さんは?」
私は笑いながらそう聞いた。雑談のように、私は平気だから心配しないでっていう意味も込めながら。
でも、お父さんはその問いに笑ってくれなかった。苦しそうな悲しそうな表情をして、唇を噛むだけだった。
「……お父さん?」
私が震える声でお父さんに問いかけると、お父さんはゆっくりと私を横向きに抱き上げて部屋を出た。「こっちだよ」とだけ言って隣の部屋に移動した。
「え……お母さん? ……お母さん!」
「モイリア!」
私は全身が痛いのも足が折れてるのも忘れて、お父さんから飛び降りてお母さんに近づいた。……真っ白な顔をしたお母さんが眠っているベッドに。
息はしているけれど、一向に起きそうもない。言うなれば、生きているのに死んでいるみたいな状況。
「お母さん、お母さん! なんで!? なんで起きないの! なんでなの!?」
私は動揺してお父さんに縋り付いた。なんでお母さんが眠っているのか、なんでお母さんの血色がこんなに悪いのか。……なにがお母さんをそうしたのか。
私は全てをお父さんに聞いた。何回も何回も聞いた。お父さんが言いたく無さそうに首を横に振っても、何回も何回も聞いた。
私に原因があると思ったから。
私が必死に聞いてくることにお父さんも覚悟を決めたのか、何回聞いたのか数えるのも億劫になってきた頃にお父さんは口を開いた。お母さんが眠っている原因を教えてくれた。
「ママが身体が弱かったのは知ってるよね」
「うん」
「それはね、ママは『先天性魔力系統障害』っていう生まれつきの病気なんだ。その病気は――」
そこから私は頭が真っ白になりながらも全てを静かに聞いた。
お父さん曰く、お母さんの病気は普通よりも酷いらしく、魔力を使ったら魂にある魔力の器が自壊していくらしい。だから普段から魔力使わずに生活をして、水を汲むのにも魔法を使わないで井戸を使っているのだとか。
そんな病気についての話を詳しく聞いた。
「けど、前お母さんとお父さんがバリアブルアップルで良くなるって――」
「それは可能性だけの話なんだよ。実際には逆効果なんだ」
「……え? でも、だってお母さんは笑顔で食べて……」
「……そっか、そうだよね。ママならそうするよ。僕と一緒で、可愛い可愛いモイリアが大好きだからね。だけど――」
そこからは衝撃的で会話の光景を思い出せない。お父さんがどんな表情をしていたのか、どんな声で話していたのか。
ただただ、私は激しく取り乱して大きく泣いて、そんな私をお父さんがずっと抱きしめてくれていたということ情景だけを覚えている。
それだけお父さんの話は衝撃的だった。
『バリアブルアップル』の別名は『麻薬林檎』。
バリアブルアップルは毒を持ち、その毒は魂の魔力器を永久的に強化してくれる。そして、その余った効果として、一時的な魔力爆発のような超強化を見せる。
だが、そんな都合の良いだけの果物はこの世に存在しない。バリアブルアップルは、副作用に幻覚や高揚という麻薬と同じ症状を持ち、そして特徴的な副作用として魔力器の耐久値減少があると分かっているらしい。
『先天性魔力系統障害』の人には禁忌の副作用だ。
お母さんはそれを知っていて、バリアブルアップルを食べた。私が命がけで採取したからか、死紫蜘蛛が居る事に気づいていて余った効果の魔力爆発を期待したからか。
そのどちらなのかは定かではないけれど、確かなことが1つある。
重度の、魔力を少し扱うだけで魂の魔力器が自壊していくほどの『先天性魔力系統障害』の人が、そんな果物を口にして全力の魔法を放ったらどうなるのか。という事だ。
私が、ワタシがお母さんをこんな風にした原因という事だ。
ワタシはワタシが大嫌いだ。
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