第108話 バレた。でも?

「君……いったい何者なの? ただのテイマーじゃないでしょう」


 モイリアさんはメガネを外して俺の瞳をまっすぐに見つめる。確信した表情で、言い逃れを許さない強い意志を込めて。


 俺はその言葉を受けて何も言えなかった。ただのテイマーじゃないですとも、ただのテイマーですとも。


 それほどまでにモイリアさんの瞳は強い意志を感じさせた。威圧感でも恐怖感でもない、ただただ強い執念の様な何かを感じたのだ。


「……黙ってるってことは、言いたくないってこと? でもそれは普通じゃないって認めてるようなものだよ」

「俺は……俺はただのテイマーですよ」


 俺は言葉に詰まりながらもそう言う。ここでそう言い出すのも怪しいとは分かっているが、俺には否定するしか道がない。

 手遅れかもしれないが、まだ手遅れじゃないかも知れない。確実なのは、俺が明言してしまえば俺の……そして家族の首が飛ぶのが確定するという事だ。


「そう。でも本当は――」

「モイリア。やめろ」

「副会長!」

「やめろと言っている」

「ッ!」


 それでもなお真実を聞こうとするモイリアさんを、アイリス先輩が止める。大きくはないが、有無を言わせない威圧感の籠もった声音で。

 一度では聞かなかったモイリア先輩も、二度目の静止で止まった。アイリス先輩が腰の剣に手を沿えたから。


「誰しも大なり小なり言えない秘密を持っているだろう。それは私も、お前だってそうだ。その秘密が風紀を乱していない以上、無理やり聞くお前の方が風紀を乱している。今回ヴェイルが言いたがらない秘密は学園の風紀に関係しているとお前は思うか?」

「……いいえ」

「それなら……お前は私の前で風紀を乱すという事だな? モイリア」

「……いいえ。すみませんでしたアイリス副会長」

「分かれば良い」


 重く苦しい空気が部屋に満ちる。誰も口を開こうとしないし、動こうともしない。あまりにも重たい空気だ。


 ――パァン!


 そんな部屋に軽快な破裂音が響いた。音の方に向くと、音の発生源はモイリアさんだった。頬が赤い。


「ごめんね、取り乱したよ。もう今のことは聞かないことにする。言いたくなった時に教えてくれれば良い。……ただ、ズルいとは思うけれど、診断結果と一緒にワタシがこうも取り乱した理由を聞いて欲しい。……それなら良いですよね副会長」

「はぁ……好きにしろ」


 モイリアさんはアイリス先輩にそう問いかけ、アイリス先輩も止めなかった。強制しなければ良いという事なのだろう。


 俺がその話を聞いて普通のテイマーじゃないと言う事はないと言い切れるが、話だけは聞いておいた方が良い。そんな気がする。


「分かりました。お願いします」

「じゃあまずは診断結果から言うね。そこの小さい子、名前はシャナちゃんだったよね。その子以外の5人のドライアド全員が『先天性魔力系統障害』っていう生まれつきの病気だった」


 モイリアさんがアイリス先輩の書いたメモ書きを見ながら、俺達全員に向かってそう言う。そして、当たり前のようにドライアドだと分かっている。まぁあそこまで詳しく診察したら分かるか。


「多分ドライアドの皆さんは身に覚えがありますよね。魔力量が少ない、魔力の回復が遅い、魔法の威力が弱い、魔力への抵抗力が低い等々……ドライアドにとっては致命的なその症状を」


 ドライアドの皆がその言葉を聞いて暗い表情で小さく頷いている。自分たちが同じドライアドに虐げられるようになった原因でもある事だ。分からない訳が無い。


「これは、魂に根付いている魔力の器が生まれつき損傷していて起こるって研究結果が出てる。少なくない犠牲を元に研究されたからこれは正しい。実際に今回見たドライアドさん達も、魂と根付いた魔力の器の一部が欠けてたしね。……1人を除いて」


 全員の視線が1人の所に集まる。ここに居る誰しもが、モイリアさんの言葉が指す人物が分かったから。


「そう、それが最初のドライアドさんなんだよ。これはおかしいんだよ、異常だ。『先天性魔力系統障害』という診断結果が出てるのに、魂に根付いた魔力の器が欠けてない。普通の形をしてるんだよ。つまり、壊れた魂の魔力器を治した誰か、治した何かがあるって事だ。これは腕を欠損した人に義手を作るなんて事とは次元が違う話だよ。この世界では現状不可能だと言われている魂の治療。全ての医療者が……私が目指している所でもある未知の領域だ。そんな神にも等しい治療を……いったい、誰がやったんだろうね」


 部屋の中が沈黙に包まれる。誰も何も答えない。アイリス先輩は何も言わずに目を瞑っており、モイリアさんも静かに俺のことを見つめてくる。

 魔力の器を治したのが俺だと確信している様子だ。でも、俺は何も言わない。言えない。


「修復の痕にはシャナちゃんともう1人の魔力が……っていうのは副会長にも怒られるから一旦置いておいておこうか。他にも面白い結果も出たしね。そこのシャナちゃんの事なんだけど」

「シャナー?」

「そう、君」


 代表ドライアドさんの魔力の器の、具体的な魔力の構成まで出てきた俺はもう言い逃れできないかと思ったが、シャナに話題が移る。

 シャナは名前を呼ばれて元気に手を上げている。緊張で締め付けられた苦しい感情も、これを見れば可愛くてほっこりする。


「さっきも言ったけど、その子だけが『先天性魔力系統障害』じゃないんだ。なんでだと思う?」


 そんな問いをモイリアさんが全員にしてくる。でも、誰も答えられない。今回はさっきみたいに答えたくないんじゃなくて、普通に分からないから。


「正解は、その子の魔力の器は他の5人の割れた部分で出来てるから。つまり、本来は『先天性魔力系統消失』って疾患だったはずのシャナちゃんは、他の5人が『先天性魔力系統障害』になったことで普通のドライアドとして産まれてこれたってことだ。特殊個体だけどね」

「つまり、ドライアドさん達のお陰でシャナが無事に産まれてきたって事ですか?」

「そういう事だね。ドライアドが損傷じゃなくて魔力器自体を失ってたら、生きていたかは分からないね。これが家族の愛ゆえか、天のいたずらか。それはワタシには分からないけれど、紛れもなく奇跡と言って良いことだと思うよ。世界中を探してもこんな事例は無いと断言できるよ」


 その言葉にドライアドさん全員の瞳から静かに涙が零れ落ちる。具合が悪い代表ドライアドさんも例外ではない。


 人によっては恨みつらみの話にもなっていたかも知れない。「お前が産まれてきたせいで私達が病気に!」なんて展開に。

 でも、この人達は違う。どれだけ同族のドライアドに虐げられても、シャナを守る為に苦しい人生を耐え抜いた人達だ。シャナにかける愛情の大きさが違う。


「魂と命って不思議だよね。今の医療じゃ到底手も届かない遥か彼方の存在なのに、産まれる前にそんな都合の良い変換みたいな事が出来ちゃうんだ。それが魔力が種としての根底に近いドライアドだから出来たのか、全てに共通した生命の神秘なのか、それはワタシにも他の全人類にも分からないけど。……でも、こういう事があるからワタシは医療職を辞められないんだ」


 モイリア先輩が花が咲いたかのような笑顔で話す。さっきまでの職に誇りを持った真面目な表情ではなく、職に憧れを持った少女の笑顔。見ていて温かい気持ちになる平和な笑顔だ。


「でも」


 そんな表情が一瞬で暗くなる。


「ワタシはそんな未知の領域に到達したい。しなくちゃいけない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る