第110話 俺は。綺麗だな満月……

「――お母さんはワタシのせいで死にゆっくりと向かっていってる。だからワタシは魂の治療という未知の領域にたどり着かなくちゃいけない。……だからお願い。君はただのテイマーじゃないよね?」


 モイリアさんの瞳が俺の事を真っ直ぐと見つめてくる。瞳は薄っすらと潤んで膜を張り、頬も少し赤い。


 ドライアドさん達は静かに俺とモイリアさんの行く末を見守っており、代表ドライアドさんからは複雑な感情が流れ込んでくる。

 特に強いのは共感と恐怖。自分たちにももしかしたら起こり得たかも知れない内容に、複雑な感情が溢れているのだろう。


 俺はそんな感情とモイリアさんの思いを受け止めて、ゆっくりと息を吸って答える。


「俺は普通のテイマーです。……すみません」


 痛いほどの沈黙が俺のことを刺してくる。この静かな空間が俺のことを避難しているように思える。

 だけど仕方ないじゃないか。俺だって出来ることなら協力してあげたい。でも俺自身が特別だと言ったら、俺の家族の身が危なくなるんだ。そんな事は勝手には出来ない。


 ……後でノワに聞いてみはするけど。


「そうか……いや、すまない、面白くない話をしたね」


 モイリアさんはパンッと手を叩いて大きく息を吸うと、ぎこちない笑顔で代表ドライアドさんを診ていた時の紙を持ち上げた。


「じゃあ話をそこのドライアドの診断に戻そうか。結論から言うと、そこのドライアドは経過観察だね。今何かをすることは何も無いよ」


 俺はその言葉に安心する。それと同時に、俺だけ願いを聞いて貰ってしまっている現状に心が痛む。


「さっきも言ったけど、ワタシの能力とこのメガネでそこのドライアドの魂にある魔力器を見たけど、修復されてるよ。シャナちゃんと何者かの魔力で」

「分かりました。ありがとうございます」

「さっき話たみたいな事情があるからさ、ワタシは魂の研究をしてるんだ。だから、テイマーの契約の仕組みも多少は知っている。魂の魔力器に魔力を送って、魂の繋がりを作るんだよね」

「そうですね。だいたいそんな感じです」


 詳しくは言語化出来ないなんか不思議な感覚があるけれど、概ねはその説明で間違っていない。俺も言語化して説明するならそういう表現をする。


「でも、今回のドライアドのテイムについては少し違うようにワタシは思うんだ」

「違う、ですか?」

「そう。さっきシャナちゃんの魂の魔力器も診せて貰ったけど、テイムをした主との繋がり方が違うように見えたんだ。言葉に表しにくいんだけど、シャナちゃんの方は多少魔力が入り込んで混じり合っているって感じだったのに、そっちのドライアドの魔力器は器自体を何者かの魔力が補っているんだよ。混じるとかのレベルじゃなくて代替してる」


 俺はその言葉にシャナと代表ドライアドさんとの間に感じる繋がりをゆっくりと比べてみるけれど、何が違うのか分からない。俺には一緒のように思える。多少は代表ドライアドさんとの繋がりの方が弱いように思えるぐらいだ。


「でも、その代替者の魔力が何かしら影響してドライアドの魂が拒絶反応を起こしてる」

「拒絶反応……」


 もしかして俺が特殊個体しかテイム出来なくて、普通の子をテイムしようとすると逃げられることを言ってるのか? これが原因ってことなのか?


「だけど今回の場合は幸いな事にシャナちゃんがいた。シャナちゃんは家族だからか、そこのドライアドと魔力の相性が良い。というか、元々魔力器を分けて貰ってるという奇跡が起こっている分、馴染み方が普通の何倍も良い。代替者とドライアドだけなら本来魂に繋がりが出来るどころか、壊れかけている魂の魔力器を完全に破壊していたかもしれないね。けど、両者に相性の良いシャナちゃんの魔力が間に入ることで魔力器の修復が出来ている。そのお陰で代替者とドライアドに繋がりが出来てる。ワタシにはそう見えるよ」

「シャナのお陰ー?」

「そうだね、シャナちゃんのお陰だ」

「やったー!」


 シャナは可愛らしくモイリアさんに向かって聞くと、モイリアさんも優しい笑顔で肯定してくれる。抱っこまでしてすっかりシャナはモイリアさんに懐いてしまった。


「まぁ、何が言いたいかって言うと、シャナちゃんの魔力をゆっくりと注いであげれば少しは気が紛れるぐらいで、何もしなくとも数日で慣れるよ。急激な変化に身体がビックリしているからぶっ倒れたって感じだね。優秀な医者かつ魂の研究をしてるワタシじゃなかったら、誤診してたよこの症例。運が良かったね」

「はい、本当にありがとうございました」

「いいよ、気にしないで。じゃあね」


 そう言うとモイリアさんはシャナの頭を撫でて部屋から出ていってしまった。悲しみとも怒りとも取れぬ、寂しそうな顔をしながら。


「すまないなヴェイル。アイツもああ見えて色々と抱えている。大目に見てやって欲しい」

「はい、大丈夫ですアイリス先輩。モイリアさんの話で不快になったりしてないです。寧ろ……なんでもないです」

「そうか……今日はもう帰れ。今回の手間賃は前回と同じで良いだろう。後日連絡をするからまた後で風紀委員として会おう」

「分かりました。おやすみなさい」

「おやすみ」


 俺は代表ドライアドさんを抱えて風紀委員会室を後にした。窓から浮かぶ満月を見て、俺は本当にあの対応をしたのが正しかったのか振り返る。


 俺がドライアドさんの魂の魔力器を治したということは診られてバレていたと思うし、ほとんど確信されていたと思う。けれど、モイリアさんは敢えて俺の口から言わせようとした。

 そこになんの意味があるのか、どうしてそんな事をしたのか。もしかしたらモイリアさんのお母さんを治す為の人員が欲しかっただけかも知れない。俺が特殊だってことを利用する気は一切なくて、本当にただお母さんを治してほしいだけかも知れない。いや、そうなのだろう。


 なんて事をぐるぐると考える。考えて考えて、歩きながら静かに満月を見つめる。


 シャナは次代表ドライアドさんの手を握って、フブキは俺の頭の上に乗っている。そんな事を確認して少し心が温まるけれど、どうしても部屋を出た時のモイリアさんの顔が忘れられない。


 俺はどうしたら良かったのだろう。


『ねぇねぇ主様~』


 俺が悩んでいるのを察したのか、こういう時はいつも静かに見守ってくれているだけのフブキが、いつもとは違う静かなトーンで俺に話しかけてきた。


『どうしたフブキ?』

『主様はさ悩んでるんだよね。モイリアさんに言うべきだったか、助けるべきだったかって』

『……そうだな』

『でもね~モイリアさんは希望で、主様は申し訳無さで重要な所を忘れてるよ~』

『重要な所?』


 そんな見逃してることなんてあったか? 俺がただ特殊なテイマーだと認めれば良かった話じゃないのか?


『主様の性質だよ~』

『俺の性質……』

『主様はさ~普通の子をテイム出来ないでしょ~? モイリアさんも言ってたけど、魔力が強烈過ぎてさ~』

『そうだったな。でも代表ドライアドさんは出来た』

『それはシャナのお陰だよ~正確にはシャナとドライアドさん達の群長の契約のお陰~。後は魔力系統障害のお陰でもあるね~』

『群長の契約……群長の契約か!』


 そうか、だから代表ドライアドさんの魔力器にシャナの魔力が存在していたのか。群長の契約としてシャナの魔力が代表ドライアドさんに渡ってたから、俺はそれを利用して魔力器を修復できた。そしてテイム出来た。


 ……あれ? って事は?


『気付いた~?』

『あ、あぁ……そっか、そうなのか。……俺にはモイリアさんのお母さんは治せないのか』

『そうだよ~。モイリアさんのお母さんは話を聞く限り普通の人だったよね~特殊個体じゃないんだよ~。だからモイリアさんのお母さんと主様を繋ぐシャナみたいな存在が必要なんだけど~そんな都合良くはいかないよね~』


 フブキの言葉が脳内に残り、俺はゆっくりとその言葉を咀嚼する。


 俺はモイリアさんのお母さんを治せない。けれど、もしシャナみたいな存在が居たら? もし、俺が特殊なテイマーだとモイリアさんに打ち明けたら? 

 そうだとしたら、俺はモイリアさんのお母さんを治せる可能性もまだ残ってるって事じゃないのか?


 俺はそんなふうに考えてしまう。フブキは俺にきっぱり諦めて貰うために言ったのかも知れないけれど、俺は逆にそこに希望を見出した。俺にも出来ることがあるかも知れないと思ってしまった。


 じゃあやることは1つだ。


『明日、ノワの所に行こうか』

『主様って本当にば……お人好しだよね~』

『馬鹿って言おうとしたろフブキ』

『何のことだろう~?』


 窓の外に見える満月が、俺に微笑んでくれているような気がした。

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